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カイがグレンとして転生した記憶はところどころノイズがかっている。
人間側と魔族側の争いが絶えない世界。グレンがいた国もご多分に漏れず争いが激しく、ある程度の年齢になったら戦力として数えられる。
孤児だったグレンは人より少し強力な魔法が使えたため、最前線に出されることが多かった。
常に生きるか死ぬかの緊迫した空気がまとい、体もだがそれ以上に心が疲弊していく。
戦場に派遣される者は皆『勇者』と呼ばれ、自ら名乗るよう命令され個人名は捨てさせられた。
この呪縛のような名前で戦い、本当の名前もわからないまま散っていった者は数えきれない程だった。
昨日まで共に戦っていた仲間が今日には冷たくなっている。いつまでこの地獄は続くのかと誰もが思っていた中、突然争いに終結が訪れた。
異世界より召喚された『勇者』が強大な力をもって魔王を打ち破ったのである。
ああ、終わったのかと摩耗された心では事実だけを受け入れ、戦地から帰る。
争いを終わらせた異世界の『勇者』を国を挙げて称え、口々に賞賛の言葉を浴びせた。
「勇者様万歳!」
「あなたこそ真の勇者様だ!」
命がけで戦い、死んでいった者たちへの手向けの言葉もないのだろうか。
やっと魔族との戦いが終わり、辛く苦しい日々を過ごすことも無くなったことに喜ぶ気持ちはわかる。
だが平和を皆に届ける為に戦った『勇者』達に何かないのか?
平和を取り戻した『勇者』を一目見ようと押しかける人にドンと押され、グレンはふらつきながら、近くにあった民家の壁を背にしてもたれる。
何のために戦っていたんだろう。
別に栄誉も賞賛も欲しくない。異世界の『勇者』には感謝している。
でも、一言だけでもいいから仲間たちへの労いの言葉が欲しかった。
「生きづらくても、俺にとっては前世の方がずっと生きやすかったよ」
グレンの目の前に扉が現れる。
考えることも億劫になっていたグレンはためらいも無くその扉を開けた。
(夢……)
眠りから覚めたカイが体を起こそうとするとお手伝い猫がすぐさま気付き、支えるように背中に手を当てた。
「ありがとう、猫さん」
言葉を発することは無いが、何となくお手伝い猫が伝えたい事は不思議な事にこちらに伝わるので、今は少し顔色の良くなったカイの様子にほっとしたようである。
今は夕方くらいだろうか。カーテンの隙間から夕陽の光が差し込んでくる。
窓から外を眺めると何てことない現世の風景が広がっていた。
自然とカイの目元から涙が流れ、しばらくすると嗚咽が混じり始める。
お手伝い猫は彼のそばにそっとティッシュ箱を置いて、食べやすい料理を作り始めた。