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今思えば扉の向こうに更なる地獄が存在した可能性もあったのに、よく勢いのまま飛び込んだもんだと思うが、あの時の私はそれくらい余裕が無くて現世に帰りたかったのだ。
遊びに来ていたハナちゃんは買い物があると言って帰り、一人になってしんとした部屋をなんとなく見回す。
公爵令嬢に転生した時は自由なんてほとんど無くて、一般人でしかない自分にとっては窮屈で仕方なかった。
ここにはきらびやかなドレスも豪勢な食事も無いけれども、私にとって一番のお宝である自由がある。
「やっぱ現世に帰ってきてよかったわー」
大好きなスナック菓子をつまみながら私はそう独り言ちた。
♢ ♢ ♢
元転生者達もとい住人達が住むこのアパートは見た目はごく普通の3階建てアパートだ。
部屋数は1フロアにつき7部屋で、間取りは住人達が転生前に住んでいたところと同じ間取りに変化する。
ちなみに家具家電荷物諸々もほぼ同じように配置される。
エントランスには出入口用のドアとは別に木製の少し雰囲気の変わった扉がある。
その扉は普段は鍵穴がないのに鍵がかかっており押しても引いてもびくともしないが、全体が光りだすと間もなく扉が開き転生者が現世に帰って来る。
帰って来たばかりの元転生者は部屋まで導かれ、身心の疲弊具合でケアが必要だとアパートの大家という名の転生管理人が判断した場合は子供の背くらいの猫型のお手伝いさんが付く。
家賃は取られないかわりに住居期間の定めがあり、転生した世界との『縁』が完全に切れたら3か月以内に転居しなければならない。
期限を過ぎると問答無用で外に放り出されるが、今のところ期限オーバーした元住人はいない。
皆転生のきっかけとなった事故等が無かったことになっているのだが、この異世界との『縁』が切れないと再び何かのきっかけでまた別のところに転生してしまう。
アパートに住んでいる限りではそういったことは起こらないので皆安心して暮らしている。
『縁』が切れるまでには個人差はあれど結構な時間を有するため、その間現世での日常に戻っていく。
アパートのとある一室で、青年がベッドに横になっている。
その傍らでは猫型お手伝いさんが家事をしており、目の下の隈が濃く虚ろな瞳をした彼は天井を見つめ、やっと心から安堵して眠ることができると目を閉じ眠りに落ちた。
青年の名はカイ。アキとハナが話していた、新しい入居者である。