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こんなことならば転生なんてしなければよかった。
現世に帰りたい。
特にすごくいい思い出があるわけではないけれど生まれ育ったところに帰りたい。
そう強く願った時、目の前に扉が現れた。
ふらふらと吸い寄せられるように近付き、扉を開くとそこには―――。
「アキちゃん、ぼーっとしているけど大丈夫?」
声をかけられてハッと気づくと友人のハナちゃんがこちらを心配そうに見ている。
現世に帰ってきた時の事をふと思い出していたらしい。
「ごめん、ごめん。大丈夫」
笑ってみせるとハナちゃんは安心したような表情になった。
その後は何事もなかったように二人でお喋りに花を咲かせる。
ハナちゃんとはアパートのお隣同士で、年齢が近い上に境遇が似ていたこともり、すぐに打ち解けてお互いの部屋を気兼ねなく行き来する程親しくなった。
彼女は優しく気配り上手で、その当時誰かの優しさに飢えていた私にとってはハナちゃんという存在がどれだけありがたかったことか。
今となってはかけがえのない大切な友人である。
「そういえばアキちゃん、ここにまた新しい人が来たよね」
「あの扉が光っていたもんね」
新しい入居者はどういうところから来たんだろう。
――――この元転生者が集まるアパートに。
前世で事務員として働いていた私はある日交通事故に遭い、その後パヴェール王国という国の公爵令嬢に転生した。
おそらく何かの作品の悪役令嬢に転生したっぽい私は乙女ゲーにライバルキャラは居れども悪役令嬢はおらんやろとツッコミつつ、前世とまるで違う生活に戸惑いながらもなんとか奮闘して日々を過ごしていた。
どうせ婚約なんて破棄してくるであろう婚約者のレヴォン王太子とは表面上は仲睦まじい婚約者同士だったが、私の内心ではうわべだけの仲の良さってこんなに虚しいものかと冷たい風が吹きすさんでいた。
学園に通う年齢になり、ひと際光り輝くオーラを放つ美少女と遭遇した。
私は直感でああ、あの子がヒロインなのだなとわかった。
悪役なんて何をすればいいのかわからない私は普通に学園生活を送り、普通に婚約破棄イベントを迎えた。
やっぱり、レヴォンって婚約破棄顔してるしなそりゃするよなとか考えているうちに続いて普通に断罪イベントを迎えた。
「貴様はここにいるアリーチェに対し悪口罵詈、暴行と他にも口にするのも憚られる悪行を行っただろう!」
いや、なんで?ヒロインもといアリーチェと話しすらしたことがないのに?
「あのー殿下、婚約破棄は別にお好きになさればいいんですけれど、アリーチェさんとは喋ったことも無いのにいじめの加害者扱いはやめてほしいです」
「黙れ!貴様の言い訳など聞かぬ!この件にて公爵家は貴様と縁を切るとのことだ!」
人の話を聞かない王太子はさておき家族に見捨てられた方がショックで、私が呆然として黙り込んでいると王太子は鼻で笑い、周りの名前も知らない攻略対象者とおぼしき男たちは私を馬鹿にするように嗤う。
私の中で何かがぷつりと切れてしまった。
「あーはいはい、そこのバカ王子との婚約なんてこっちから願い下げだからどうでもいいけど、人をいじめるなんて最低最悪な事してないから!どうせ証拠出せって言っても私の言い分なんか聞く耳持たないんでしょ?でもやってねぇから!ていうか人の事馬鹿にして嗤うってあんたらの方がよっぽどいじめの加害者じゃん!鏡見てみなよ、邪悪で醜いひっでぇ顔してるから!」
何だかどうでもよくなった私はもう令嬢の振る舞いはやめた。
ぽかんとする周りを置いてけぼりにある意味無敵になった私はさっさと学園を出て行き、行先も決めずにずんずんと歩いていく。
「こんなことなら転生なんてしなきゃよかった。帰りたい…帰して…」
あの連中の前で泣きたくなくて我慢していた涙が零れる。
いつの間にか街はずれまで歩いていたようで、民家がぽつぽつと建っているだけの場所に立っていた。
ふと何やら呼ばれているような気がしてその先に行くと壁も無いところに扉があった。
その扉の奥から呼ばれているような気配を感じ、私は扉を開けた。




