第8話 厄災令嬢、拒絶するッ!
ソフィアはアステルに誘われるままに食堂へと向かい始める。その後ろを、周囲を警戒しながらルファはついていった。
「ソフィア様は学園生活にもう慣れました? 私、中等学校までは町の小さな学校に通っていたので、この学園は少し上品すぎて落ち着かないんですよー」
「まあ、この国は平民でも学校に通える制度が整っているのね。素晴らしいわ!」
「うーん、制度ではないんです。町学校は大きな商家がお金を出し合って、平民でも学をつけられるように私的に運営してるものなんです。リブラ王国は商業が盛んな国だから、一人でも多くの人材を手に入れるための投資だ、っていうのがお父様の口癖です!」
「それでも素晴らしいわ。皇国は他国とろくに交易をしていない国だから、商業やそれに関する教育が弱いの。国に帰ったら、町学校の話を伝えてみるわね。ありがとう、アステルさん」
「えへへ、ソフィア様のお役に立てたようで嬉しいです!」
何気ない雑談の中で出てきた情報を、存在感を消して聞いていたルファは整理する。
この言い方だと、恐らくアステルは町学校に資金提供するほどの大商人の娘ということだろう。本人は気付いていないかもしれないが、ソフィア様の付き人となることを両親に許されたというのは、皇国との交易をするためにソフィア様を利用しようという目論見を彼女の両親が抱いているということだ。
警戒しなければ。清らかで騙されやすい彼女を守れるのは自分だけなのだから。
深刻な顔でそうルファが決意しているうちに、三人は食堂へとたどり着いた。
「ソフィア様は何をお食べになりますか? 私、取ってきますよ!」
「あらあら、ではアステルさんのおすすめをお願いできるかしら」
「合点承知です! すみませーん! 一番量があって一番美味しいのお願いしまーす!」
猪のように勢いよくアステルは駆けていく。ようやくソフィアと二人きりになったルファは、緊張から解き放たれて大きくため息をついた。
「まあ、ルファ。そんなに疲れた顔をしてどうしたの?」
「……ソフィア様、アステルさんとあまり深く親交を深めないほうがよろしいと思います」
「え?」
「彼女の両親は恐らく、彼女を通じてソフィア様を利用しようとしているんです。深入りしては危険です」
声を潜めて、真剣な面持ちでルファは進言する。しかしソフィアは困ったように眉を下げるばかりだ。
「でもそれは、あの子のご両親の思惑でしょう? アステルさんが私を売るようなことになるとは思えないわ」
「それは、貴女が世間知らずだからで……!」
ルファの溜まりに溜まった苛立ちが、八つ当たりのような形で噴き出しそうになる。
それを遮ったのは、両手一杯に料理を持ったアステルの声だった。
「ただ今戻りました! あれ? どうかしたんですか、お二人とも?」
「……いえ、何でもありません」
ルファは目をそらしてぼそぼそと答える。アステルは首をかしげた後、すぐにそれを気にするのを止めたようだった。
「うーん、そうなんですね! よく分からないけど、食べちゃいましょっか! はい、ソフィア様とルファさんの分です!」
どさりと二人の目の前に置かれたのは、到底三人分とは思えないほどの大量の食事だった。だが、ソフィアはその身長に相応しいほどの大食らいであるので、これぐらいが適量だ。
ソフィアは山のように積み上げられた食事を、上品に切り分けて口に運び、ふわりと幸せそうに微笑む。
「しょっぱくて美味しいわ~。欲を言うなら、もっとお肉が固いと嬉しいのだけど」
「えー? お肉が固いほど良いって不思議な考え方ですね! この国では柔らかいほど高級なんですよ!」
「ふふ、そうなのね。なんだか面白いわ~」
隣でパクパクと元気よく食べているアステルも、負けず劣らずの量を胃袋の中に収めている。
周囲の生徒たちはほとんどがドン引きしているが、あまりに美味しそうに食べているのを見た厨房の料理人は、微笑ましそうに破顔していた。
「ふう、美味しかったわ~」
「お腹いっぱいです!」
「……」
大量の料理をぺろりと平らげ、ソフィアとアステルは満足そうに息を吐く。隣に座るルファは、心労のストレスからあまり食が進んでいなかったが、ソフィアたちは気付いていないようだ。
その時、ふと思いついたような顔で、ソフィアはアステルへと問いかけた。
「そうだ! わたくし、アステルさんに聞きたいことがあるの」
「はい! 何でしょう? 私に答えられることなら何でもお任せあれ!」
笑顔で胸を張るアステルに、ソフィアは恐る恐る問いかける。
「……この国に伝わる『厄災』って何のことかしら? 教えてくださらない?」
「『厄災』ですか? いいですよ、任せてください! 『厄災』っていうのは――」
素直に答えかけたアステルに気づき、ルファは咄嗟に大声で彼女の名を呼んだ。
「アステルさん!」
「は、はいっ!?」
何を咎められたのか分からず、アステルは声を裏返して返事をする。ルファは数秒悩んだ後、作り笑いをしてアステルに告げた。
「部活動のご友人がさっきあちらで呼んでいらっしゃいましたよ。急ぎの用事らしいので、向かったほうが良いのでは?」
「えっ、そうなんですか!? 教えてくださってありがとうございます!」
アステルは立ち上がると、大慌てで食堂から走り去っていく。ソフィアはきょとんとした顔でその後ろ姿を見送っていたが、ルファへと視線を戻すと不満そうに唇を尖らせた。
「ルファ、どうしてそんな嘘をつくの? わたくし、まだアステルさんとお話ししたかったのに」
「……貴女は、知らなくてもいいことです」
珍しく不服な気持ちを表明されたというのに、ルファは頑なに何も答えない。ソフィアは年相応に拗ねた顔になると、ルファをじとりとにらみつけながら言った。
「ルファはいつもそうね。皇国にいた頃からわたくしに内緒のことばっかり」
「っ……!?」
ソフィアから嫌味を言われたことなどなかったルファは驚愕で声も出せずに固まる。そのまま石像のように動かなくなってしまったルファを、ソフィアはじっと見つめていたが、ふと明るい声で別の話題を切り出した。
「それにしてもアステルさんは部活動に入っているのね。わたくしも挑戦してみようかしら」
「えっ」
「実は密かに部活動というものに憧れていたのよね。ふふ、楽しみだわ~」
ほのぼのと言うソフィアに、ようやく正気を取り戻したルファは慌てて首を縦に振る。
「わ、分かりました。すぐに俺と一緒に入れる部活動をリストアップして――」
「あら、ルファは一緒の部活動じゃないわよ?」
「え?」
間抜けな顔で、ルファは再び硬直する。ソフィアはすっかり拗ねてしまった子どものように彼から顔を背けた。
「ルファがわたくしの行動をあれこれ定めていることに気付いていないと思って? わたくしだって一人で学園生活を過ごしたい時もあるわ。あまり子ども扱いしないでくださる?」
「あ、う……、そ、そんなつもりじゃ……」
うまく答えられず、ルファはしどろもどろになる。ソフィアはそんな彼を置き去りに席を立った。
「わたくしが一人で部活動に入るのは決定事項よ。放課後に部活動を見て回るけれど、着いてこないでちょうだいね?」
にっこりと笑いながら告げられたその言葉に、ルファはこの世の終わりのような顔をすることしかできなかった。