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第6話 厄災令嬢、蹂躙するッ!

 ぐにゃり、と。


 まるで飴細工を扱うかのように軽々と、ソフィアは刃をねじ曲げる。


 魔法で金属を柔らかくしたわけではない。彼女が触れている刃部分が赤熱して融解するほどの高熱が、彼女の指先から放たれているのだ。


 呆然としていた騎士見習いは、その熱が柄まで到達してようやく己の剣に何が起きたのかを悟り、握っていた柄を取り落とす。


「あづっ!? ひ、ひぃっ……!」


 芝生に落ちた熱された剣は、青々と茂る草を焦がし、やがて炎となって渦巻き、じわじわとその範囲を広げていく。


「か、火事だ!」


「誰か消しなさいよぉ!」


「水魔法が使える人はいないのか!?」


 一気に混乱に陥った集団の中で、ソフィアの動向を黙って見守っていたルファは、片手を軽く持ち上げるとパチンと指を鳴らした。


 その瞬間、宙に生み出された大量の水の塊が一気に降り注ぎ、中庭の火は完全に消し止められた。


 水の衝撃が通り過ぎた後、炎の近くにいたハンスとマチュア、それから哀れな騎士見習いたちは全身濡れ鼠になっていた。周囲の人々も同様に、水しぶきの余波で服も髪も台無しになっている。


 だが、混乱の元凶であるソフィアは、どこからともなく取り出した傘を優雅に差して無傷だった。


 ソフィアは傘をくるりと回すと、何事もなかったかのように、軽やかにルファへと歩み寄っていく。


「ふふ、ごめんなさいね。ついうっかり熱くしすぎてしまったみたい」


「大丈夫ですよ。幸い大事には至りませんでしたし」


 非日常的な状況とは不釣り合いな穏やかさで、ソフィアとルファはほのぼのと会話する。


 そんな二人を怯えた目で見ていたハンスは、ぽつりとある言葉を口にした。


「厄災……」


 ハンスの言葉は、静まりかえった辺りにやけに大きく響き渡り、周囲の人々は口々にソフィアに向かって叫び始めた。


「厄災」


「そうだ、厄災だ」


「恐ろしい……」


「きっとあいつが厄災の悪魔だ!」


 唾を飛ばす勢いで、周囲の参加者たちはソフィアを責め立てる。ソフィアは困ったように眉を下げた。


「ねぇ、厄災って何かしら? わたくし、屋敷に引きこもっていたからこの国のことは不勉強なのよね。ルファは何か知っている?」


「……この国に伝わるどうでもいいことですよ。ソフィア様の耳を汚す必要はありません」


 ルファは目をそらしながら、忌々しそうに吐き捨てる。そうしているうちにも、周囲の罵声はヒートアップしていった。


「出ていけ!」


「失せろ!」


「悪魔を殺せ!」


「神の裁きを受けろ!」


「殺してしまえー!」


 揃って罵詈雑言を浴びせる彼らは、誰一人としてソフィアに近づこうとしていなかった。


 十分に距離を取った安全な位置から、言葉の暴力をぶつけ続ける卑怯者たちを見て――それまで呆気にとられていたアステルは、怒りのままにソフィアを庇って立ち塞がった。


「ふ、ふざけないでくださいっ! ソフィア様は確かに体は大きいし、力も強いし、なんかちょっと怖くて炎も吐きそうなオーラを纏っているかもしれませんが! それ以上に優しい方なんです!」


 褒めているのか貶しているのか微妙なラインの言葉を連ねながら、小動物の全力の威嚇めいた迫力でアステルは主張する。烈火のような彼女の勢いに、周囲の群衆はうっと一歩引いた。


「そんな方を悪魔呼ばわりして殺そうとするなんて、神が許してもこの私が許しません! 平民育ちの暴力で片っ端から叩きのめしてあげますから、文句がある方はそこに並びなさーいっ!」


 拳をぶんぶんと振り回しながら、アステルは群衆を牽制する。群衆はしばしの間、それに怯んでいたが、今度はアステルを攻撃の対象にしようと口を開きかけた。


「平民が何をっ」


「生意気だ!」


「お前もそいつらの仲間か!?」


 しかしその時、聞き覚えのある甘い声が、暴動寸前にまで高まったその場の混乱を一瞬でかき消した。


「こらこら、皆止めないか。ここはめでたい祝いの席だろう」


 ぐちゃぐちゃに乱れた地面をものともせず、優雅に歩み寄ってきたのは、騎士見習いと最初にいさかいを起こした時に助け船を出してくれた、あの金髪の貴公子だった。


 彼はソフィアの前で腰を折ると、彼女の指をそっと持ち上げて挨拶をした。


「改めてご挨拶申し上げる、ソフィア嬢。私はこの国の第二王子、ヒューベル・エル・フルールと申します」


「まあ、王子殿下だったのね。はじめまして、わたくしはエルドラク皇国のソフィアよ。よろしくね」


 まるで年下の親戚にするかのような和やかな言い方でソフィアは自己紹介をする。顔を上げたヒューベルはやりにくそうに苦笑しながら、ちらりとルファへと視線を送った。


「君たちのことを歓迎するよ。――たとえ、君たちの正体が何であろうとね」


 声を潜めて告げられた後半の言葉に、ルファは無言でヒューベルをにらみつけた。




■□■□■




 かくして入学パーティーは混乱のうちに終わり、ソフィアは厄災令嬢と呼ばれるようになったわけだが、張本人であるソフィアはその理由をあまり実感できていなかった。


「本当にどうして厄災令嬢だなんて呼ばれるようになったのかしら。ちょっとした事故でボヤ騒ぎを起こして、ルファがそれを消し止めただけなのに……」


「ソフィア様の視点ではそうでしょうね……」


 彼女という人物は、皇国において極めて重要な立ち位置である存在だ。竜の血を濃く引く人物は、皇国では王権の象徴として扱われる。


 それゆえに生まれてこの方、ソフィアは甘やかしに甘やかされてきた。その身に宿した有り余る力によって悲惨な事態を引き起こしたとしても、怪我人が出なければ周囲はそれを笑って許してくれるぐらいには。


 だが、そんな鈍感なソフィアにも一つ気がかりに思っていることがあった。


「アステルさんには悪いことをしてしまったわ。彼女、あれから一度も登校していないようだし……」


「……そうですね。あの場でソフィア様を庇った時点で、学園での立場は難しいものになるでしょうから」


「せめて二度とあの子には関わらないほうがいいわよね。咄嗟にわたくしを庇ってくれるぐらい、あんなに良い子なのだもの。わたくしたちの都合に巻き込むわけにはいかないわ」


 そう言いつつも、ソフィアの顔は浮かないものだった。しょんぼりと肩を落とし、落ち込んだ大型犬のように項垂れる。


「折角、初めてのお友達ができたかもと思ったのだけれど……仕方ないわよね……」


「ソフィア様……」


 未来の伴侶であり彼女のストッパーでもあるルファは、彼女にかける言葉を見つけることができなかった。


 ソフィアは世間知らずのお嬢様だ。祖国でも社交パーティーにほとんど参加せず、友人らしき友人もいないことはルファも知っている。


 彼女の落胆が痛いほどに伝わり、ルファはなんとか彼女を慰める言葉を探そうとする。


 しかしその時、二人の背後から軽やかに駆け寄ってくる足音がして、続いて底抜けに明るい少女の声が投げかけられた。


「おはようございます、ソフィア様! ルファさん!」


「え?」


「は?」


 二人が振り返ると、そこには向日葵のように明るい笑顔を浮かべたアステルの姿があった。


 驚愕で固まるソフィアたちに、アステルは子犬めいてきょとんと首をかしげる。


「どうしたんですか? なんだか変な顔ですよ?」


「あ”?」


 ソフィアのことを貶されたと思ったルファは、反射的に威圧の声を上げる。しかしアステルはそんなルファのことを意にも介さず、ハッと何かに気付いた顔になった。


「あっ、もしかして入学早々休んでいた私のことを気にしてくださっていたんですか!? くぅっ、すみません、実家にちょっと呼び出されて事情を聞かれていまして……私は平民ですが、実家がちょっと大きな商家なので……。でも大丈夫です! お父様もお母様もきっちり説得してきましたから! これからもソフィア様のおそばにいてもいいってお墨付きももらってますよ!」


「えっ、ええっ……?」


 自慢げにえっへんと胸を張るアステルに、ソフィアは困惑からおろおろと視線をさまよわせる。そして、しばらく逡巡した後、勇気を出してソフィアはアステルへと尋ねた。


「アステルさん、どうしてまだ私に関わってくれるの? これ以上私と一緒にいても、あなたにとっては不利益しかないのに……」


「え? だって私、ソフィア様の付き人ですよね?」


「え?」


「はあ?」


 当たり前のことを言うかのように、さらりとアステルは答える。そして、目を丸くするソフィアと、目に見えて不機嫌になるルファに向かって、堂々と宣言した。


「ソフィア様に付き人にならないか誘われた光栄を、私が蹴るわけがないじゃないですか! もちろん付き人は続けますよ! これから卒業までずーっと、誇りを持ってソフィア様にお仕えする所存ですっ! どうぞよろしくお願いしますっ!」


 アステルはぺこりと頭を下げて、人懐っこい笑顔をソフィアに向ける。


 対するソフィアはそんなアステルを驚愕の眼差しで見つめた後、恐る恐る彼女の手を取った。


 そして、壊してしまわないように細心の注意を払ってその手を握りしめ、ソフィアは感激で目を潤ませながら、穏やかに答える。


「ええ、よろしくね。アステルさん」


「はいっ!」


 二人は明るい空気を醸し出しながら、上機嫌に微笑みあう。


 ルファはそんな二人の様子をムッとしながら見ていたが、ソフィアがあまりに嬉しそうにしているのを見て、渋々と諦めの息を吐くのだった。

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