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第5話 厄災令嬢、牽制するッ!

 ソフィアたちが事前に聞いていた通り、学生のほとんどは貴族の子弟のようだった。慣れた様子で式典服を着こなす彼らは、男女それぞれで寄り集まって、ひそひそと囁きあっている。


「まあご覧になって? あの平民、さっき門の近くで騒ぎを起こしていた……」


「あんな風に、はしゃいではしたない……」


「これだから平民は……」


 視線を注がれているのは、珍しい平民の新入生であるアステルだ。


 騒ぎのどさくさでアステルが付き人だというのを疑われなかったのは幸いだったが、ソフィアのような見るからに貴族である華やかな女性の隣に並んだ時、アステルが見劣りするのは当然のこと。


「あんな平民をそばに置いているなんて、どこのご令嬢かしら」


「胸の紋章も見たことがないわ」


「隣の地味な付き人は貴族の血が入っていそうだが、何者なんだ?」


 興味と嫌悪の眼差しに晒され、アステルはしゅんと肩を落とす。


 自分が貶されるのはまだいい。この学園に入学を決めた時点でその覚悟はできている。でも、自分が隣にいるせいで、見ず知らずの自分に声をかけてくれた優しい二人の評判まで落ちているのではないか。


 そんな罪悪感から俯くアステルの横に、ソフィアはすっと静かに並んだ。


「大丈夫よ、アステルさん。何も後ろめたく思うことはないわ」


「背筋を伸ばして歩きなさい。今のあなたはソフィア様の付き人なのですから、もっと堂々と振る舞ってもらわないと困ります」


 逆側からルファにも激励され、アステルは顔を上げて二人を見る。


 ソフィアとルファは、周囲からの視線など物ともせずに、ほのぼのと会話を始めていた。


「あらあらうふふ、ルファはわたくし以外には本当に素直じゃない言い方をするのね。そこも愛おしいのだけど」


「事実として、ソフィア様以外の全員を警戒しているだけです。俺は、貴女さえいれば他の奴らはどうでも……」


「まあまあ、熱烈ね~。思わずぎゅってしたくなっちゃったわ」


「うっ、今は遠慮します。あとでいくらでも受け入れますので――」


「そんなに照れなくてもいいのよ? はい、ぎゅーっ」


「ぎっ……」


 抱擁とともに骨が粉砕される音が会場に響き、噂話をしていた新入生たちはドン引きして距離を取る。


 他人からの目など気にしない二人の関係に、アステルはぽかんとそれを見つめた後、自然と笑顔になってしまっていた。


「ふふっ」


「はあ? 何を笑っているんですか。俺たちの関係に何か文句でも?」


「えへへ、本当にお二人はお似合いのカップルなんだなと思っただけですっ。相思相愛なのが初対面の私にも伝わってきますもん!」


 満面の笑みで宣言され、ルファは咄嗟に嫌味を言うこともできずにぐっと押し黙る。


 アステルはそれを見てまたくすくすと笑っていたが、ふとあることに気付いて首をひねった。


「……あれ? でもお二人はお嬢様と従者なのに、相思相愛なのって――」


 まずい、とルファは冷や汗をかく。


 三年も他国に留学するとなれば、ソフィアとルファの何気ないやり取りから正体にたどり着く者も出てくるだろう。だから二人には、皇帝お抱えの魔術師によってあらかじめ、正体に関わる項目を正しく認識できないという認識阻害魔法をかけてもらっている。


 その中には、自分たちが恋仲であることに違和感を覚えないようにするという内容も含まれているはずだ。なのに何故――!?


 一気に緊張した面持ちになるルファに、アステルはうーんと考え込んだ後、にこっと結論を述べた。


「禁断の愛ってやつなんですね! 分かります!」


「は?」


「大丈夫! 私は口が堅いので黙ってますよ! 応援してますね!」


「……」


 ルファは理解できないという顔で固まった後、やりにくそうに吐き捨てた。


「……あなたがバカで助かりました」


「ええっ!? どうして急に悪口言うんですかぁ!?」


「まあまあ、喧嘩はダメよ~?」


 まずい自体が起きていたことに気付かず、ソフィアはほわほわと包み込むような笑みでアステルとルファを窘める。


 その時、荒っぽい足音が三人へと近づいてきた。


「おいおい、誰かと思えば身の程知らずの平民じゃないか!」


「招待状もないのにどうやって入ってきたの? 守衛さん、この方達をつまみだしてくださる?」


「あなたたちは……!」


 にやにやと下品な笑みを浮かべているのは、アステルから招待状を奪って破り捨てたあの青年と令嬢だった。


 青年は連れてきた守衛の騎士見習いたちに向かって、偉そうに指示を出した。


「ハウリル家三男、ハンス・ハウリルの命令だ! お前ら、あいつらをさっさとつまみ出せ!」


「きゃーっ! ハンス様かっこいい! さすが私の婚約者ね!」


「げへへ、そうだろうそうだろう! マチュアのためなら野蛮な平民にも立ち向かってやるからな!」


 婚約者のマチュアに密着されて煽てられ、ハンスは鼻の下を伸ばす。


「ほら、何やってる! 騎士どもあいつらを拘束しろ!」


「えっ? し、しかし……」


 連れてこられた守衛の騎士見習いたちは、つい先ほどの胸凝視事件を間近で見ていた者ばかりであったので、ハンスにせっつかれても、なかなかソフィアたちに近づくことすらできないでいた。


「お、お前が先に行けよ」


「なんで俺が!」


「嫌だよー関わりたくないよー」


 年若い騎士見習いたちは、死地に赴くのを嫌がるかのように、互いに先陣を押しつけ合う。


 ソフィアはそれをきょとんと見守っていたが、不意に彼らが帯剣していることと、どうやらこちらを敵視しようとしていることに気がつき、困り果てた表情で騎士見習いたちへと歩み寄っていった。


「こんにちは、坊やたち」


「ひっ!?」


 遙か頭上から麗しの声をかけられ、騎士見習いたちは揃って悲鳴を上げる。慌ててそちらを見上げると、彼らはソフィアの穏やかな瞳とばっちり目が合ってしまった。


 その途端、寒気が全身を駆け抜け、彼らは呆然と口と目を開けたまま硬直する。


 直視してはいけない強大で恐ろしい何かと目が合ってしまった。そんな直感が彼らの脳で警鐘を鳴らし、ある者はその場で腰を抜かし、またある者は咄嗟に剣を抜き放ってソフィアに向ける。


 一方、少しおいたを咎めようとしていただけのソフィアは、くすくすと笑いながら自分に向けられた剣の切っ先を指先でつまんだ。


「あらまあ、争い事はお止めなさい? わたくしに勝てるわけがないんだから、無意味に命を散らすだけよ?」

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