第4話 厄災令嬢、注目されるッ!
屋敷の壁面にはいたるところに彫刻がほどこされ、パーティー会場らしき中庭に続く大きな石のアーチには、伝統を感じる神秘的な紋様が彫り込まれている。
それだけなら熱心な宗教家が作った聖堂のようにも見えるが、それらを台無しにするように、奇抜な布や飾りがあちらこちらに取り付けられていた。
恐らく、ここで入学パーティーを行うと決めた何者かが、パーティー用として余計な装飾を手配したのだろう。
そんな惨憺たる有様を見上げながら、ルファはぽつりと呟いた。
「なんというか……趣味が悪いですね」
「だ、ダメですよルファさん! 本当のこと言っちゃ!」
即座にアステルが大声で追い打ちをかけ、周囲にいた新入生たちが一斉に顔を背けて噴き出す。どうやらまともな感性の学生も多いらしい。
「わたくしは良いと思うわよ~。例えばほら、このピンクのしましまの布でルファを包んだら可愛いでしょう?」
「ソフィア様ダメです、木に成ったりんごを取るような気軽さで、装飾を剥がしては」
「ほーらくるくる~」
「う゛う゛ーーー」
大蜘蛛に糸を巻き付けられたかのように一瞬で布に拘束され、ルファはうめき声を上げる。
そんな騒ぎを聞きつけたのか、受付のあるアーチを守っていた騎士たちが二名歩み寄ってきた。
「失礼! そこのご令嬢、何をされているのですか! 破壊行為はお止めください!」
「あら? わたくしのこと?」
ソフィアは簀巻きにされたままのルファを地面へと下ろし、騎士たちへと振り返る。
「ル、ルファさぁーん! 今助けますからねー!」
アステルが大慌てでルファを救出している間に、ソフィアは騎士たちの前へと歩み寄っていく。
「ごめんなさいね。小さな方。何か御用かしら?」
ここで不幸だったのは、二人の騎士が騎士としては見習いであったことと、身長160センチ半ばしかない比較的小柄な人間であったことだった。
つまりその騎士たちは――身長2メートル越えのソフィアの豊満な胸を真下から見上げる形になったのである。
「うお、でっか……」
思わず騎士の片割れがそう漏らしてしまったのも、仕方ないといえば仕方ない反応である。だがこの場には、その発言を決して許さない男が存在していた。
「――今、ソフィア様の胸を見て言いましたか」
「ひっ!?」
気配もなく近づいていたルファは、ソフィアと騎士たちの間に割って入り、殺意に満ちた目を騎士たちに向ける。
「もう一度聞きます。今、ソフィア様の胸を見て言いましたか」
「い、いえいえまさかそんなことは」
「女性の胸を見たぐらいで騎士見習いの僕たちがそんなこと言うはず」
「はあ? ソフィア様の胸には感嘆するほどの魅力が無いと?」
「ど、どうしろと言うんですか……!?」
今にも食いかかりそうな番犬じみた視線で、ルファは騎士たちを問い詰め続ける。何を言っても地雷を踏む袋小路の状況で、騎士たちは半泣きになっていた。
遠くで様子をうかがっていたアステルもまた、あわあわと何かしなければと介入する機会をうかがっていたが――その時、アステルの横を甘ったるい香水をつけた青年が通り過ぎていった。
「まあ!」
「あれって……」
居合わせた令嬢たちが、その青年を目にした途端、うっとりと頬を染める。
その容貌を形容するとしたら、色男という言葉が最も相応しいだろう。緩やかにセットされた金色の長髪に、気怠そうな垂れ目。身に纏っているのは奇抜さすら感じる洒落た式典服だが、不思議と彼が着ているだけでそれこそが流行の最先端なのだと錯覚してしまいそうな感覚に陥る。
彼はルファと騎士の前にやってくると、軽い笑顔で彼らを仲裁した。
「まあまあ、そのぐらいにしたまえ。そちらの青年も本気で滅茶苦茶な論理で喧嘩を売っているわけではないんだろう?」
突然現れた男に図星を突かれ、ルファはぐっと黙り込む。
それによってルファの攻勢が一旦止まり、騎士達は安堵の息を吐く。色男はそんな騎士たちを厳しくにらみつけた。
「君たち、尊い立場の令嬢に下卑た視線を向けるのは、騎士として最低の行いであり、重い処罰を受ける罪だ。それは分かるな?」
「ひ、ひゃい!」
「その通りです!」
自分たちがしてしまった失態を改めて突きつけられ、若き騎士たちは寿命が縮む思いをしながら最敬礼をした。
しかし色男はすぐに表情を和らげると、ルファのことを腕で示してみせた。
「……だがここで、こちらの小さな彼に理不尽に噛みつかれれば、むしろ君たちへの同情が集まって、無礼な行いへの処罰は減免される――かもしれない、というのも分かるかい?」
「え?」
「へ?」
きょとんとした騎士たちの視線が、ルファに注がれる。一方のルファは、確かにソフィア様よりは小さいが、こいつらよりは小さくないと言わんばかりに色男をにらみつけていた。
「じ、じゃあこちらの従者の方は、俺たちのことを思って……」
「そうとも気付かず俺たちは……!」
感激と自責の念に駆られる騎士たちに、ルファは忌々しそうな視線を返す。
「……後々で余計な問題になるのを防ぎたかっただけですよ。あなた方のような見ず知らずの人間でも、自分のせいで処罰されたと聞けばソフィア様は悲しまれるでしょうから」
突き放すように言うルファに、騎士たちは感激の目を向ける。そして、ルファの行動に感動しているのは、騎士たちだけではなかった。
「まあ、ルファはなんて優しいのかしら! わたくし、感激だわ~!」
「ぐもっ!?」
ソフィアはルファの体に手を回すと、ぎゅーっと力一杯彼を抱きしめた。ちなみにルファの身長は騎士たちよりも一回り大きい。すなわち、彼の顔面はソフィアの豊満な胸に押しつけられるような形になる。
「もが、も……」
最初、呻きながら抵抗していたルファの手足が、ぶらんと下に垂れる。
すわ圧死してしまったのかと焦ったアステルは、大慌てでソフィアへと声をかけた。
「ソ、ソフィア様! 熱烈なハグもいいですがそろそろ中に入りませんか? 私、早くパーティーを楽しみたいなぁ!」
「まあ、アステルさんは無邪気なのね~。ルファも落ち着いたみたいだし、そろそろ行きましょうか」
「う……ごほ、けほ……」
ようやく解放されたルファは、ソフィアによってハンドバッグのように小脇に抱えられて運ばれていった。
「受付をお願いできるかしら」
「ひっ、はい! どうぞお通りください!」
騒ぎを遠くで見ていた受付は、ちらりと招待状を確認しただけで、あっさりとソフィアたち三人を中に通した。恐らく巻き込まれたくなかったのだろう。
こうして無事に会場に入ったソフィアたちを待ち受けていたのは、他の生徒たちからの異様なものを見る目だった。
明日も更新があります。