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第2話 厄災令嬢、パーティーに向かうッ!

 入学パーティー当日、ソフィアとルファは突貫工事で魔改造された馬車に揺られていた。


「ねぇルファ。わたくし、おかしなところは無いかしら? 失敗したらどうしましょう」


 襟ぐりが大きく開いた萌葱色のドレスに身を包んだソフィアは、不安そうにルファに問いかける。ちなみに彼女が頭をぶつけることがないように、馬車内にはルファによって空間拡張魔法がかけられている。


「大丈夫ですよ、ソフィア様。服装はリブラ王国風に整えましたし、礼儀もしっかり頭に入れたではないですか」


「うう、でも……」


 ルファに宥められても、ソフィアの内心は落ち着かないままだ。


 二人が入学するフルール王立学園は、リブラ王国の最高教育機関だ。


 学園には各分野の最先端の研究者が教師として在籍しており、「知識で身を立てたければフルール王立学園に入れ」と国内外で言われるほど、近隣各国でも屈指の評価を受けている。


 それゆえに学園に通うのは教養のある貴族とその護衛がほとんどであり、入学の式典も貴族の令息令嬢の顔合わせを兼ねた社交パーティーの形式だ。


 社交パーティーとは相手を値踏みして人間関係を構築するもの。このパーティーでの立ち振る舞いによって、今後の学園での立場が決まるのは想像に難くない。


 支配する側になるか、支配される側になるか、はたまた孤独な一匹狼となるか。


 ソフィアとルファが向かっているのは、そんな絶対に失敗できない決戦の地なのだ。


「はぁ、心の準備が追いつかないわ。この留学の目的である、あなたへの試練の内容も思いついていないのに……」


「王から提示されたのは、卒業までにあなたの試練を三つクリアできれば結婚を認める、という条件です。初日ですしどうか焦らないでください」


 ルファは落ち着いてソフィアを宥めたが、彼女の浮かない顔は変わらなかった。王族として数多のパーティーに出席してきたルファとは違い、ソフィアは幼い頃に参加したパーティーで騒動を起こしてから、あまり自分からパーティーに参加することもなかったので無理もない。


 やがてゆっくりと馬車は減速して、会場の前に止まる。ルファは御者によって開かれた扉から流れるような所作で降りると、馬車内のソフィアへと恭しく手を差し伸べた。


「ゆっくりでいいんですよ。今日は俺がしっかりエスコートしますから。そんな暗い顔をせず、どうか隣で微笑んでいてくれませんか?」


「ルファ……。分かったわ、勇気を出して頑張ってみるわね!」


「ええ、その意気です」


 ソフィアはルファの手に指先を重ね、ゆっくりと段を踏んで地面へと降り立つ。


 すると、会場である屋敷の門近くで起きている騒動がソフィアの視界に入った。


「貴様のような平民が伝統ある我が校に入学できるわけがない! 部外者はとっとと帰るんだな!」


 不躾に相手を指差して声を荒げているのは、いかにも貴族然とした青年だった。青年の隣には意地悪そうな令嬢が寄り添い、くすくすと笑っている。


「ルファ、あれって……」


「勝ち誇っている二人の服には、胸元に貴族の紋章が入っていますね。どこの貴族かまでは分かりませんが」


「まあ、じゃあ笑われているあの子は、紋章がない平民だという理由で馬鹿にされているのね」


 ソフィアたちの視線の先で嘲りを受けているのは、サイズの合っていない簡素なドレスに身を包んだ小柄な少女だった。彼女のまだ幼さの残る顔には、精一杯背伸びをしたのであろう大人びたメイクが施されている。


 そんなちぐはぐで洗練されていない印象を受ける彼女は、不当な扱いに負けてたまるかとまるで毛を逆立てる猫のように精一杯相手に立ち向かっていた。


「ぶ、部外者じゃありません! この通り、招待状もあります!」


「招待状ぉ? 本物かよそれ?」


「ちょっと貸してみなさいよ。わたくしが確認してあげるわ」


「え? はい、どうぞ!」


 平民の少女は馬鹿正直に自分の招待状を相手に差し出す。次の瞬間、意地悪令嬢は受け取った招待状をビリビリに破り去ってしまった。


「ああっ! 私の招待状! どうしてこんなことするんですかぁ!」


「はあ? そんなの決まってるでしょう? あなたみたいな泥臭い平民を学園に迎え入れたくないからよ!」


「ぷぷっ同感だな! 招待状なしじゃ会場に入れないだろうし、パーティーで友人関係を築くこともできない! 明るい学園生活は望めないだろうなぁ! アッハッハッハ!」


「ウフフ! 残念だったわねぇ!」


 貴族二人は高笑いをしながら会場の方へと消えていく。残されたのは、地面に散らばる招待状の残骸を前に絶望する少女だけであった。


「そんなぁ……これじゃパーティーに参加できない……」


 もし少女が地位のある貴族なら、受付に申し出れば招待状なしでもパーティー会場に入れただろう。だが、平民である彼女にそのような特別な配慮がしてもらえるとは思えない。


 一方、目の前で嵐のように巻き起こった蛮行を見守っていたソフィアは、ルファへとちらりと視線を向けた。


「ねぇ、ルファ」


「ダメですよ」


 ルファはソフィアの言葉を遮って、端的に否定する。そしてソフィアがさらに何か言おうとするのを無視して、厳しい目つきで彼女を牽制した。


「相手がどこの貴族かも分からないんですよ? 下手に手出しをしてこの国の貴族に睨まれたら国際問題になります。ソフィア様もご自分の立場はお分かりでしょう?」


「うっ……」


 暴走しそうになるソフィアを、ルファは軽く睨みつけて咎める。


 ソフィアは一旦黙り込んで納得したかに見えたが、すぐに決意に満ちた表情でルファに向き直った。


「ルファ、我が祖国の皇国法にはこうあるわ。『身内を害されたら、相手を思いっきり叩き潰せ』ってね」


「意訳にもほどがありますが……それがどうかしたんですか?」


「皇国法にあるようにわたくしは身内を守るために動くということよ。彼女をわたくしの付き人ということにするの!」


 ふふんっとやけに幼い仕草で、ソフィアは自慢げに胸を張る。


「招待状に書いてあったでしょう? 新入生の付き人や親族はパーティーに参加できるって。一時的にわたくしの付き人ということにすれば、あの子はパーティー会場に入れるわ。それにね、会場に平然とあの平民の子がいれば、それだけでさっきの貴族たちへの意趣返しになるんじゃないかしら? ね、それで万事解決でしょう?」


 流れるように明るく主張するソフィアを、ルファは冷たく責める目で見つめて咎める。


「ソフィア様」


「うう……」


 その視線に耐えかねて、ソフィアは肩を落として縮こまった。


「お願いよ、ルファ。わたくしを、弱き者を見捨てる卑怯者にさせないでちょうだい」


 消え入りそうな声で、ソフィアは言う。


 ずるい言い方だ、とルファは思う。だが同時に、それこそが今の彼女を駆り立てる動機の根幹であると、ルファにはしっかりと伝わっていた。


 ルファは内臓ごと吐き出してしまいそうなほど大きなため息を吐く。


 ここで彼女の行動を許せば厄介ごとは避けられないだろう。だがソフィアのそういうところを、ルファは嫌いになれなかった。


 もし万が一のことがあったら、何とかしよう。本当は、折角の異国の地でのパーティーを、ソフィアと二人きりで過ごせないのは気に食わないが。


 ルファは人知れず覚悟を決めると、ソフィアに正面から向かい合った。


「……分かりました。でも暴力沙汰は絶対にダメですからね。大騒動になって本国に送還されたくないでしょう?」


「ええ、もちろんよ! ありがとう、ルファ! 愛してる!」


 ぱあっと花が咲くような明るい笑顔になったソフィアは、ルファの体に覆い被さるように両腕を回して力一杯抱きしめた。


「うぎぎぎ……」


 溢れ出る感激のままに全身を締め付けられ、彼の骨が何本か音を立てて折れる。瞬時に治癒魔法が発動して骨は繋ぎ直された。


「ふふ、そうと決まれば早速行動ね! 行きましょ、ルファ!」


「ソ、ソフィア様! 俺を解放してから向かってくださ……うぐっ……!?」


 一気に上機嫌になったソフィアは、抱きしめられたダメージで青白い顔色のルファを片腕に抱えたまま、平民の少女のもとへと突進する。


「ごはっ……」


 瞬間的にかかった重力加速度によってルファの意識は刈り取られ、まるで嵐の日の洗濯物のようにくたりと脱力した状態で手足を風になびかせた。


 そんな暴れ牛か重戦車のような存在が接近していることにも気づかず、平民の少女は地面に膝をついて茫然自失としていた。


 破られた招待状は拾い集めても繋ぎ直されるわけもなく、深い絶望が彼女の胸のうちに満ちる。


 その時、ふわりと吹き抜ける春風のような温かい声が、少女の頭上から降ってきた。


「お嬢さん、どうか顔を上げて?」


「……え?」


 同時に陽の光が遮られて、少女の体はすっぽりと何者かの影に入る。


 恐る恐る少女が見上げると、そこには麗しい女性が微笑んでいた。


 腰ほどまである翡翠色の髪は陽光を受けて不可思議に揺らめき、見るものを全てを蕩けさせてしまいそうな蜂蜜色の瞳は、心配そうな色を含んでこちらを見下ろしている。


 真上から覗き込まれているという姿勢のせいで、少女の目にはソフィアが後光を背負っているように見えた。


 遠い昔に異国の大教会で見た絵画からそのまま飛び出してきたかのような絶対的な存在を前にして、少女は思わずといった様子で口を動かす。


「せ、聖母様……?」


 カラカラに乾いた喉から何とか紡がれたその呼び名に、ソフィアは軽く目を見開いた後、むず痒そうに微笑んだ。


「ふふ。わたくしは聖母ではないわ。少なくとも今はね?」


 意味深なことを言うソフィアに、少女は目を白黒とさせる。ソフィアは少女に手を差し伸べた。


「わたくしはソフィア。隣国からの留学生よ。あなたは?」


「あ、えっ、アステルです! えーとそれであの……そちらの方は大丈夫なんですか?」


 言及してもいいのかという控えめなアステルの視線を、ソフィアはきょとんとたどる。


 そして視線を向けられている先にあった己の腕の中で、くったりと気絶しているルファにようやく気づき、悲鳴じみた声を上げた。


「まあルファ! どうしたの? 誰にやられたの!?」

次の更新は明日です。

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