第1話 厄災令嬢、隣国の学園へと降り立つッ!
荘厳な空気が満ちた聖堂。エルドラク皇国における神事の中枢であるそこで、青年と令嬢は頭を垂れていた。
若き二人の前に立つのは、この国の皇帝であり最高祭祀者でもあるグルテナ・アル・エルドラクだ。彼は厳かな声色で、令嬢へと声をかける。
「ソフィア・オメガ・レムレース」
「はい」
「汝、古き竜の血を引く者として、三つの試練を課す覚悟はあるか」
「ええ、勿論ですわ」
一切の緊張を感じさせない堂々とした声色でソフィアは問いかけを肯定する。彼女に並んで跪く青年は、目前に迫った困難に怖じ気づきそうになる心を何とか押さえ込んだ。
そんな彼の様子に気付きながらも、グルテナはさらにソフィアに問いかける。
「たとえ愛する者を危険に晒す試練であっても、その決意は変わらないか」
「変わりません。だってわたくしの愛する人は、どんな試練であっても乗り越えて、わたくしの隣に立ってくださるもの。ね、レクス?」
まるで町中で雑談をするかのような気軽さで、ソフィアは隣に跪く青年、レクスへと問いかける。そのあまりの自然体な様子に、レクスは一気に緊張が吹き飛び、ソフィアへと力強く頷き返した。
今が神事の最中であることを忘れてしまうほど、熱烈な絆と愛を感じさせる視線を交わす二人に、グルテナは小さく咳払いをしてから続けた。
「レクス・アル・エルドラク」
「はい」
「汝、三つの試練を乗り越え、この国の皇帝となることを望むか」
「はい。それがソフィアと結ばれるための条件ならば、毒の川でも炎の海でも乗り越え、神々の有する財宝であっても手に入れてみせます」
覚悟を目の奥で燃やしながら、レクスは堂々と皇帝に宣言する。皇帝は厳かな表情でその視線を数秒受け止め、それからふっと小さな笑みを浮かべた。
「ならば征くがいい。汝らを知る者がいない異国の地で、試練を課し、乗り越えてみせよ!」
父としての力強い激励に、レクスとソフィアは立ち上がって堂々と答えた。
「――はい!」
■□■□■
一ヶ月後、ソフィアとその従者は馬車に揺られていた。
舗装がされていない道を行く馬車は、小石に乗り上げるたびにガタガタと不規則に振動する。
エルドラク皇国の王家が所有する御用馬車であるので、一般的な馬車よりは乗り心地に配慮された作りにはなっているが、柔らかな座席に腰掛けるソフィアの顔は浮かないものだった。
「わたくし、馬車って苦手だわ。だって狭くて首が痛くなってしまうのだもの」
「ソフィア様は、普通の人間より少々上背がありますからね。次に皇国に帰る時には、特注の品を作らせますよ」
馬車の中から聞こえるほのぼのとした会話に、馬を操る御者は思わず苦々しい笑みを浮かべた。
なぜなら少々どころではないほど、彼女は高身長な女性であったので。
ソフィアの身長は2メートルをゆうに越えている。同乗している地味な印象を受ける従者は170センチ後半ぐらいであるが、彼女の隣に並ぶとほとんど大人と子どものような身長差だ。
彼女の肉体は筋肉質ではなく、砂糖菓子のように滑らかで柔らかな肌で包まれている。だが、それによって体感としての暑苦しさや狭苦しさがマシになったとしても、そもそもそんな高身長の人間が普通の馬車を狭く感じてしまうのは仕方のないことだ。
皇国から隣国へ向かう長い旅路の暇つぶしにと、御者がそんなツッコミどころの多いやりとりに耳をそばだてていると、ふとソフィアはため息をついた。
「その『ソフィア様』って呼ばれるの落ち着かないわ。ねぇレクス、いつものようにソフィアと呼んでくれない?」
「ダメですよ。我々は隣国であるリブラ王国の学園で、身分を隠して暮らさなければならないんですから。認識阻害の魔法がかかっているとはいえ、皇国の第一王子の名前を、その婚約者と同名の女性がそのまま呼ぶのはリスクが高すぎます」
「でもレクス……」
「『ルファ』です。数ある候補の中からソフィア様が選んだ名前ですよ?」
「うう、でもでもぉ……」
幼子のように目に涙を溜めながら、ソフィアはルファに抗議をする。ルファは少し考えた後に、わざとらしく悲しそうな声を作って言った。
「そうですか……せっかくソフィア様が選んでくださった名前なのに呼んでくださらないんですね……。俺、貴女に名前をプレゼントされて嬉しかったんですが……悲しいです……」
「まあレクス! わたくしの可愛い子。どうか泣かないでちょうだい?」
「ルファです」
「うっ」
「ルファと呼んでくださるまで泣き止みません。ぐすっ」
「ううっ……」
嘘泣きをするルファを前にして、ソフィアはうんと悩み抜いた後、譲歩することに決めたようだった。
「分かったわルファ。でもその代わりに、隣国であなたと仲睦まじく過ごすのは許してくれる?」
「……俺たちは高貴な令嬢とその従者という設定なのですが」
「いいじゃない、皇国ではお互いに立場があるから公然でじゃれあうこともできなかったけれど、今から行く隣国ではわたくしたちの正体を知る者はいないんでしょう? 見張りもほとんどいないし、試練を乗り越えて戴冠するまでのモラトリアムだと思って、自由気ままに過ごしてもいいのではなくて?」
「それはそうかもしれませんが……」
提案を渋るルファを、ソフィアは軽々と抱き寄せて膝の上に座らせた。
「それともルファは、わたくしとこうやっていちゃつくのは嫌なのかしら?」
「うぐ……」
心底愛おしそうにぎゅっと抱きしめてくるソフィアに、体中の骨がミシミシと軋むのを感じながらルファは思い悩み――仕方なさそうにため息をついた。
「分かりました。でも、人前ではほどほどにしてくださいね」
「ふふ、ルファは恥ずかしがり屋さんなのね。かわいいわ~」
力加減ができていない手つきでソフィアはルファの頭をなで回す。
いつうっかり首の骨を折られてもおかしくない力をかけられながら、ルファは前途多難な学園生活に思いを馳せた。
これから卒業するまでの三年間で、何回自分は致命傷を負うことになるのだろう。自動治癒魔法は皇帝お抱えの魔術師にかけてもらっているが、骨を折られる瞬間の痛みは感じるので本音は勘弁して貰いたいところだ。
もっとも、溢れる愛情のままにソフィアが行動した結果の惨事であるので、まんざらでもないという思いがなくもないのだが。
「ソフィア様、学園ってどんなところでしょうね」
「わたくし、お友達ができるかしら? もしできたら素敵よね」
しかし、ソフィアのそんな明るい期待は、入学早々打ち砕かれる結果になるのだった。
⬛︎⬜︎⬛︎⬜︎⬛︎
二人が入学してから数日後。
「出た! 厄災令嬢だ!」
「ホントにいるんだ、厄災令嬢って……」
フルール王立学園の正門をくぐった途端、好奇の視線が注がれ、ソフィアは心底困り果てたという顔で憂鬱な息を吐く。
「一体どうしてこんなことになってしまったのかしら」
「そうですね……なんででしょうね……」
隣の彼女とは違って理由を察しているルファは、遠い目をして入学パーティーのことを思い返していた。
ネット小説コンテストがもうすぐ始まるので、『侵略的外来令嬢』を恋愛で書き直すことにしました。
同じようなエピソードがあったり、全く違う展開になったりと忙しい感じにしようと思うので、どうぞお楽しみに。
本日21時にも更新します。