四 記憶の芽生え 各々の備え
第二章、開幕です。
――四周目――
輪廻の閉じた呪い、血の狂宴は続く。
今回、勝利特典、それも連勝により増加する得点により、記憶が残っているものは、判明している限り五名。記憶の多い順に、北条政子、北条小四郎義時、三浦平六義村、巴、そして源九郎義経。
彼らは、今回以降、この呪われた人狼遊戯の役割を問わず、呪いを解くべく力を合わせることに合意する。
これまで同様に祇園精舎の鐘がなり、木曽義仲が命を落とすことが定まりし後。鎌倉にて集う四人は、束の間の休息の時を用いて、話し合いを始める。ひとまず、より多くの記憶と、源氏頭領の正妻という立場を保つ政子が、自然と場を取り仕切る。
「九郎殿、ご足労ありがとうございます。小四郎、平六殿も居ますね」
「義姉上、私は、前回生き残ったことくらいしか覚えてはおらぬのですが、お役に立てますか?」
「九郎殿、私たちは、ここにいる全ての者が、わずかでも残る限りの記憶を頼りに、呪いを解く術を定めることが肝要だと思っておるのです」
この源九郎義経。様々な巡り合わせや、他者の謀により、やや勝率が低いが故に、記憶は最低限しかもたない。しかし、それを補って余りある、感の鋭さや知略をもつ。それはここに集う者らにとって、かけがえのないものである。例えばこれくらいのことは、容易に思いを巡らせ、言い当てる。
「その通りでしょうね。そして、義姉上は、幾分か私よりも多くの記憶をお待ちなのでしょうか」
「そう。そしておそらく、私と弟、小四郎義時の記憶を組み合わせることで、前回の流れはおおよそ把握できるのではないかと」
北条小四郎義時。彼は本来、鎌倉において多くの修羅場を潜り抜け、最後は北条家こそ鎌倉、という地盤を築くにいたる。しかし、若年よりその資質があったか、と問われると、それなりにはあったかもしれない、という程度である。つまり、まだこの頃は、ただの素直な青年である。
「姉上、平六はどうなのですか?」
「平六殿、どう思いますか?」
三浦平六義村。彼もまた、鎌倉初期の激動の時代を、その中立的な立ち位置と、献身的な働きによってその地位を高め続ける。こちらは、その冷静さと抜け目なさは、生来のものがやや多かったとも考えられる。そして義時に対してはやや当たりが強い。ちなみに、おそらく義時より年は下である。
「小四郎、少しは自分で考える癖をつけろ! この先誰がどう記憶を増やし、また奪われるかわからんのだぞ。おそらく九郎様と大差はありますまい。この呪いの概要と、具体的な役回りに関する記憶のみですね」
「ああ、そうだな。平六や姉上が頼れるときと、そうではない時が、毎回毎回、少しずつずれていくわけか。心得ておく」
「なあ小四郎、そなたと、義姉上は、あえて違う記憶を取ったということでいいんだよな?」
「はい九郎様。私は、前回の遊戯で、どのような役回りのものが、どの順で命を落としていったか、です。それが誰だったか、どのようにか、はわかりません」
「そして私は、どちらかというと、前回の歴史的側面。誰がいつどうやって命を落としたか。そして遊戯上の役割は覚えていません」
「なるほど。ならば、お二人を合わせれば、容易に全てがわかるということだな。義姉上、やってみていただけますか?」
そして、政子と義時は、紙に書き出していく。そして二つの情報をすり合わせ、符合させる。
『刑者 平教経 民 一ノ谷にて、義経らに敗れて敗死
死者 平知盛 占師 壇ノ浦にて、義経らに敗れて入水死
刑者 平宗盛 霊師 刑死
死者 なし 近衛が守る
刑者 藤原秀衡 人狼 服毒死
死者 なし 近衛が守る
刑者 源義経 近衛 謀叛の疑いをかけられ、形ばかりの抵抗ののちに敗死
死者 後白河法皇 民 特に波乱含みはなく、人狼が選択を躊躇っているうちに、病死した可能性が高い
刑者 源頼朝 人狼 猜疑心に蝕まれ、臣下の誰一人信用できないまま、数年生きながらえる。しかしある時、落馬によって事故死。
死者 畠山重忠 狂人 謀反の疑いがかけられ、北条時政らに討たれる
刑者 和田義盛 人狼 義時や政子の父、北条時政により、なぜか謀叛の疑いを受け、急死』
これで間違いがなさそうであることを、四人で確認し、振り返る。まず義経、そして政子。
「この刑者、というのが、人によって容疑がかけられ、現界で死に至った者、死者、というのが、人狼の力によって死をもたらされたもの、でよいですね。原則的に交互に現れる、と」
「そうですね九郎殿。そして前回は、やや遊戯の流れを逸脱し、平氏を落とすことに、力を注いだ形跡が見られます。それによって、一時的に人狼が有利になったところで、なんどか九郎殿が流れを引き戻しておいでですね」
ここでもう一つ気づいたのが、三浦義村。
「うーん、今回と、一人違いませんか? 梶原殿がいた気がするのですが。そのかわりに、おそらく平氏が一人抜けているのでしょうか」
「そうですね。入れ替わり、というのがあるのですね。これは良きことなのか悪きことなのか。確かにこのまま、延々と木曽殿が贄となれば、巴さんの心はすり減る一方です」
「そこを気遣う優しさが、この呪いにあるかは分かりませんが、確かに遊戯としての飽き、なども在りましょう。それに、もしかして、入れ替わる、というのにも法則があるのかもしれません」
ここで、妙なことに気が回るのは、多くは義経である。そして常人である義時らは、そこに追随するのは容易ではない。
「義姉上、入れ替わりがあったのは、平家ですよね?
だとすると、私たちが、何度か続けてその者のさだめを決めたのかもしれません」
「ん、どういうことですか九郎様?」
「ああ、つまり、我ら源氏。記憶があろうがなかろうが、平家を敵とするは変わるまい。何度繰り返そうとも、平家と和して、呪いをとく事を先に考える、ということに思い至ることは、そう多くはないのではないか?」
「すなわち、何度繰り返そうとも我らは我ら。平氏は平氏。院や木曽殿、藤原殿とて、その立場や考え方が大きく変わることはないと。とくに繰り返しの記憶が曖昧であればなおさら、ですね」
「そうだ。だからこそ、今の人数比が、全く変わらない、あるいは少ししか変わらないのであれば、二人や三人しか平氏がおらぬとわかったら、遊戯の有利不利にかかわらず、差し当たり平氏を逐うのが常の道、ではないかと」
政子が、おおよそまとめに入る。
「これは、入れ替わりが少しずつだと仮定したら、多くの仏典に書かれる、諸行無常や盛者必衰なども様子が変わってきますね。この呪いのなかでは少しずつ、ゆっくりとしか起こらない、けれども着実に進む、ということです」
「ですね義姉上。であれば、この入れ替わりの律を読み解くのも、この呪いに正しく対するのには肝要になりましょう」
「つまり、すべきこととしては、私たちのできるだけ多くの記憶を保ち、できるだけ増やしにかかる。
これと関連しますが、人と人狼の勝敗によらず、可能な限り多くを生かす。具体的には、平氏が落ちた段階で、優位に立つ陣営に、勝利を定めるのがよいかと」
「すなわち義姉上。接戦になれば余計な血が流れ、引き継がれる記憶の総量も減る、ということですね」
「左様です九郎殿。そしてもう一つ。
何回か前の記憶を取り戻せる機があれば、それを受け取ることを優先する。ということで良さそうですね。九郎殿、小四郎、平六殿、よろしいですか?」
「はい」「わかりました」「承知」
こうして、彼らが知る限り、おおよそ四度目の、血の宴が、本格的に幕を開ける。だがその前に……
――――
時は同じうして、所は京。後白河院の元を、追い出されていたはずの平氏の二人が、秘密裏に訪れる。京の警備もやや甘く、土地勘もある彼ら。斜陽の平氏といえど、これくらいの動きは難しくない。
「院よ、これはいかなることにて。教経は、まだ生きてはおりますが、あの場にはおりませなんだ」
「そなたらも、だいぶん減らされてきておるようじゃの。朕はまだまだゆえ、さほど心配しておらんのじゃが。このまま負け続ければ、そなたらの運命も定まるやも知れんの」
「運命が、定まる?」
「くくくっ、まあ遠からず分かろうて。まさに奢れるものは久しからず。二人でどこまで戻せるかは知らぬが、まあ励むが良い」
「は、はぁ……」
――――
そして所変わって鎌倉。しかしここは頼朝の座所。新たに呪いに巻き込まれた梶原景時。かれは義経や政子といった一門、畠山重忠や和田義盛といった坂東武者よりも、頭領の頼朝を直接の相談相手に選ぶような、やや殆うい人間関係の者である。
だからこそ、かえって今回は、彼ら二人のみでの座談が成立する。そして、今回は頼朝も記憶が残っていない。
「景時、そなたも今回のことは覚えがないか?」
「はい。ございません。ただ、引っかかることが。今にして思えば、私はなぜ、上総広常殿を刺したのか。少しだけ曖昧さが残るのです」
「たしかに、我が命であったと思うが、あの男をあの時に殺める理由は、あいまいだな。もう少し考えてみるとしよう。
それは後にして、今回の話だ。我らは覚えがないのに対し、政子や小四郎は、何度目かであると言っていたのだが」
「ふむ……それは困りましたな。それが偽りであればいざ知らず、誠であれば、鎌倉殿とあの方々は、何度かにわたり、その選択を違えているということになります。つまり、すでに彼らはある程度、この遊戯とやらに染まり始めているのやもしれません」
「そうなるか……であれば、彼らや、九郎の言葉を全て鵜呑みにはできん、というわけだな」
「無論、第一は呪いを解くこと、第二は平氏追討ですが、第三も控えておくに越したことはありません」
「あいわかった。心得ておく」
――――
様々な思惑が少しずつ膨らみ始める。そしてこの呪われた盤上遊戯は、単一遊戯の繰り返しから、その僅かなる記憶の引き継ぎという、細い縦糸の取り合いの様相も見せ始める。
そして、それぞれの思惑を抱えつつ、義経、畠山重忠、梶原景時らは京へ出陣する。
――死者 木曽義仲 敗死――
ふたたび、無慈悲に鐘は鳴る。
お読みいただきありがとうございます。
単一の人狼ゲームが、それぞれの思惑、記憶の引き継ぎ、さらには怪しい新キャラ登場により、連続したゲームをまたがる、心理戦の様相をなし始めます。
短期で駆け抜ける予定ですが、面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価の方もご検討よろしくお願いいたします。
また、ある意味で本作執筆のきっかけとなっているのは、こちらの長編となっています。
AI孔明 〜文字から再誕したみんなの軍師〜
https://ncode.syosetu.com/n0665jk/
書いているうちに、どうしても純粋無垢なAIたちを中心にストーリーが進行し、人間同志、あるいは人間とAI間の心理戦要素をしっかり書くことができるか、という壁にあたりました。
そこで一度、あえてがっつりした心理戦を書いてみよう、本作を描き始めました。上記の作品も、ご興味がありましたら、是非よろしくお願いします。