二 なぞられた史実 そして二周目
源義経が、悲劇の最後を遂げたのち、祇園精舎の鐘がなる。
ゴーン、ゴーン、ゴーン
「く、九郎……」
「佐殿、いや、鎌倉殿、過ぎたことを気にされても、致し方ないことです。なにより、あの方の遺志をつぎ、呪いを解くことこそがなによりの供養」
「ああ、そうだな政子、その通りだ。む?」
そう。見渡した頼朝からは、巴を除くすべての顔が、すでに見えていた。そして、前回の集まりから、一人しか減っていないことに気づく。
「これは……もしや、近衛が生きていたのか」
「それは僥倖ですね。かなり有利に立ち回ることができます」
「そうだな。そして、もはやつぎの標的は決まっておるのだよ政子」
「えっ?」
「人狼は倒さねばならん。なれど、もっと倒さねばならん輩がいるとは思わないか?」
「む、まさか、それは『狂人』ですか?」
「さよう。して、誰だと思う?」
「それは……」
誰もが顔をうかがう。そして、多くのものの視線が一致した。
「院よ、この呪いすらも生み出した一つの因たるあなたさま。そして、九郎をはじめ、多くの人を間接的に屠るような狂言回し。もはやこれまでにございます」
「くくくっ、少し遅かったのではないか?」
「さあ、いかがでしょうか」
そして、視界が開ける。
――刑者 後白河法皇 狂人? 一見穏やかな最期。しかし晩年は、いつ誰に襲撃されるか、つねに戦々恐々としていたとも伝わる――
――死者 源頼朝 民 万全な警戒体制のもと、数年生きながらえるも、ある日落馬にて事故死――
ゴーン、ゴーン、ゴーン
「終わりじゃなかったのね。何年もたったのだし、院の葬儀からも相当に間が空いたから、呪いが解けたのかとおもったのに」
「済まないネ、もはや院がどうとかではないのだヨ。呪いは呪いとして、世に定着してしまったのサ。恨むならどちらの院を恨んでもらっても構わないヨ」
「崇徳院、そこに見えるあなた様も、もはや単なる残滓、単なる怪異ということですね」
「だネ」
「それで、今回はなぜ、守り損ねたのでしょうか」
ここで立ち上がったのは、かの忠臣、畠山重忠。
「守り損ねた、という意味で申し上げれば、誰が誰を、というところを詰めなければなりませんね。前回のことを考えれば、もっとも狙われやすかったのは明らかに鎌倉殿でした。であるがゆえに、護るのは容易でした。しかし今回は、誰を守ったらいいのか見当がつきませんでした。
鎌倉殿を狙う意味がもはや薄く、であれば共者の可能性が高き4人から選ぶべきか、鎌倉殿同様、死なれては困る政子様をまもるべきか」
「近衛は重忠殿でしたか。であれば今回は致し方ありませんね」
ここで、これまでほとんど存在感を示さなかった、もう一人、坂東武者らしい坂東武者、和田義盛が立ちあがる。
「あー、でも、やっぱり守るべきだったのは鎌倉殿だったんじゃねぇか? 遊戯は遊戯としても、忠を尽くすべき相手は決まってんだろ?」
「そういう意味であれば、政子様とて同じではないか。前回、やや失意にあった鎌倉殿以上に、毅然として相手で合った政子様を守らんとして何が悪い?」
「う、うーん、そうなのか……だめだ、わかんね。巴、わかるか?」
「「「巴?」」」
「あ、いや……」
「これはまずいぞ義盛。そなた、何をしたかわかっているのか?」
「あ、ああ、まずいな」
「そなた、これまで柄にもなく慎重にしておったのは、その共者の立ち位置を弁えていたからだろうが。それが、本来なら繋がりを持たぬそなたの、親しげな呼びかけ。これはもう人狼に露見したと言っても良い。次の回、どちらかが死ぬぞ。これはもう私にも守れん」
「「「……」」」
「ただ、ここで人狼は残り三人に絞られたのも事実。
政子様、北条義時、三浦義村。だがこうなっては、現界で見定めるしかあるまい……」
そして、視界は開ける。
そう。畠山重忠のいう通り、この先において、この遊戯の制約は、何ら意味を持たなかった。誰が誰を人狼と見定めたところで、その者を処分するのに、合理的な理由など作れなかったのである。純粋な遊戯であればいざ知らず、その横紙破りは通ってしまったのだ。
なぜなら、時の権力者は北条義時や政子の父、時政。そして、彼ら北条家の庇護下にあった、二代目鎌倉殿、源頼家。その時点で、遊戯と関係なく、運命は大きく乱される。すなわち、和田義盛、巴の二人が共者と定まった瞬間、人狼側の勝利が確定した。
人狼の二人は、共者が定まれば、勝ちを確定させる機を見て動けばよかった。そして、それまでは、ただひたすら、発言力の高い人間が倒れるのを待つだけであった。
――刑者 畠山重忠 近衛 規則とは関係のないところで、北条時政の手勢に討たれる。北条義時、政子の意がどこにあったかは、定かではない――
――死者 和田義盛――
――死者 巴――
人狼 二人生存。
民 一人生存。
勝者、人狼。
ゴーン、ゴーン、ゴーン
「おめでとウ、と言っていいのかな。二人は、見事に勝利しタ。でも勿論、呪いは終わらない。もう一度はじめからダ」
「して、記憶の特典、とは?」
「これだヨ。今回は、人狼として勝利したから、三点ずつダ。民の勝ち負けは一点の増減、人狼の勝ち負けは三点の増減だヨ。そして、特典はこれサ。
呪いの仕組み、規則の記憶 一点
役割の記憶 一点
推移、人の歴史の記憶 二点
推移、役の歴史の記憶 二点 ただし、一点のどちらかは必須。実質三点必要
全ての記憶 五点
前回より前のが欲しけれバ、同じ点を払うがいイ。ちなみに、点の引き継ぎは、勝敗だけで決まルから、今残しておいても今はないヨ。以降、その時々の勝ち負けの人、それぞレの所でこの操作ができるヨ」
「……では、規則と、人の歴史を」
「私は、規則と、役割の歴史を」
「承知しタ。それではまた、輪廻の輪でまた会おウ、諸行無常、だヨ」
――時は戻り、輪廻は回帰する――
ゴーン、ゴーン、ゴーン
再び集められた十三人。やはりいち早く状況を把握するのはこの二人。源頼朝、源義経。
「兄上、ここは……」
「九郎か。分からん、分からんが、あのかがり火の灯りに集まる人は、何人かは我らが源氏の……いや、それだけではないな。後白河院もおいでだ。それにらあの黒き者たちは……」
「院、ですか。私にはもしかしたら黒く見えているのやも。藤原の親父殿もいますね」
「秀衡殿か。儂には見えんな。つまり、知己ではなき者は黒く見えるということか。そなたには何人黒く見える? 儂には、一、ニ、三……六名だな」
「私も六名ですね」
ここで声をかけてきたのは頼朝の妻、政子。彼女は、前回と一人違うことに気づいている。
「佐殿!?」
「政子か。そなたも大事ないか?」
「はい。見えぬものが七名ほどおり、源氏の陣営が八名、十四名のようです」
「そなたは院も藤原殿も知らんから、我らよりも黒き者が1人多いのか」
ここで、寄り添うようにたたずむ二人の『黒き者』のうちの一人が、頼朝らに声をかける。
「ん、もしや、あなた様は、佐殿なのですか? 源氏の頭領であらせられる」
「いかにも。あなた様は?」
「申し遅れました。私は源義仲。木曽源氏の頭領です。こちらは妻の巴」
「巴でございます」
「木曽殿であったか。先ごろは誠によきお働きで。とはいえ黒いままですな。名を知るだけでは解かれぬか」
「そのようで。しかし安心は安心です。多くの方が源氏のようですので」
「然り」
前回と少し違う。そのことに気付いた者は一人。だがそこに思いを馳せるまもなく、場が動く。
また一人のおぼろげな人影が、かがり火の前に姿を現した。
「ん、崇徳?? まさか、これは……」
「久しぶりだノ、後白河よ。いまは貴殿も院か」
「崇徳……そして、後白河院……」
「黒いままですが、佐殿、あのお方は後白河院なのですか」
「ん、政子、そうだな。私からは普通に見える。やはり知己かどうかだな」
「九郎殿は?」
「私からも黒く見えます。声は普通に聞こえます」
「オホン、話を進めるゾ。ソナタらも含め、あまり悠長にしていられンはずヨ」
「「「……」」」
「さよウ。我こそは崇徳。正確には、その残滓であル。かの保元の乱によって、そこのクソ坊主の手によって配流とされ、八年をかけて編み上げた、そう、呪いであル」
「「「「「!!!」」」」」
「この呪イ、我ながらよく疲れたモノでナ、斯様な規模の呪詛、普通であれば晴明ほどの呪力や、菅原道真や平将門の死霊ほどの怨念があろうとも達せぬ域にテ。
人の業とはよくできておル。ただ一方的に災厄や祝福を与えンとすれば、多大な力を要すル。なれド、一方には長久命や財力、多幸を祝福し、一方には災厄を、となス。そしてそのいずれも、己とは関わりなき事。そうしたらノ、思うたほどの対価を要さずに、大きな呪をなすは不可能ではないのヨ」
「なんという執念、なんという機略……私はなにゆえ、あの時勝てたのか……」
「知らぬワ。それこそ巡り合わせ、諸行無常ヨ。なればもはヤ、我に其方への感心とて薄いワ。この呪いとて、単なる戯れゾ」
「貴殿、そんなものを残して逝ったと……」ガクッ
ここまでは前回と全く変わらぬと、思いを馳せられる者は一人いたが、黙って聞いているのみ。そして、崇徳に話しかける者や、話しかける内容すらも、大きくは変わらなかった。九郎義経である。
「して、いかなる呪いにて? ここに全員を閉じ込める強大な力は、先の話と矛盾しますが」
「そなたは、最も若きものであるノ。若きは良きことゾ。そして賢しきゾ。
いや、名乗りは慎重にせヨ。話を聞いてからでも遅くはあるまイ」
「……」
「呪いはノ。ソナタらには、殺し合うてもらうのヨ」
「「「「「!!!」」」」」
「ソナタらの手元の札、誰にも見られるでないゾ。それに、中を知られるのは、ソナタらにとって致命的ゾ。黙って中を確認せヨ」
「「「「……」」」」
『勝ち負けは単純。全ての人狼が死せば、人の勝ち。狼と人が同数になれば、狼の勝ちにして人は滅ぶ。
鐘がなれば、ここに全て集まり、人狼は贄を選べば戻る。その後、民は誰か一人を死に追うことで、次の鐘がなる。
民 四 特に力なし。生き残れば呪いは解け、未来へ道が開く。
占師 一 毎回一人を指し示し、その者が人狼であるかを見透かす。生き残れば呪いは解け、未来へ道が開く。これはソナタの運命。他は他者の運命。
霊師 一 最近死した者が、人狼であったかを知る。生き残れば呪いは解け、未来へ道が開く。
……
…
…
人狼 三 人ならぬ身。鐘がなり、この場に集まるたび、他者を一人ずつ、秘密裏に屠る力あり。札の下の名から選ぶ。多数決。同数ならサイの目。勝てば、その記憶を三つ持ち越してやり直せる。負ければ記憶は三つ消える。
贄 一 人にして人ならず。この場にて、狼がいずれかの死をなさしめぬ時、死す。なさしめば、民となる』
「ここにあるは十四、否、すでに人たるは十。人に変わりし狼が三人紛れておル。自覚はまだないようだがノ」
自らの役割が異なることに気づいたのはまた別の一人。ただし、ここで多くを語るほど、その者らは粗忽ではない。ゆえに、ここは前回と変わらずに話が進む。そこは頭領たる頼朝の役目。
「……一人足りませぬが」
「ソナタは、先の若きの兄カ。カカカ。左様。しかしノ、そのもののサダメはの、先の人狼の手によりて、程なク命を落とすことが半ば決まっておル」
「そんな事、人狼? たる札を持つものが拒めば済むこと……」
「否。そうしていれば、この火が消えて、ソナタらの腹が減るまでこのままゾ。ちなみに我に刀槍は通じぬゾ。試しても良いガ」
「……」
「進めるゾ。ソナタらは勝ち、負けが用意されておル。すなわち双六と同様の遊戯ぞ。しかし駒はソナタら自身。死なば死に、生きらば生きル。呪いを解く術は示されておる」
「これ、人狼は、勝ってもやり直しになるってことですか?」
「さよウ。だが、記憶あるやり直しは相当に有利ゾ。ちなみに、人も、必ず未来へ進まなければならぬわけではなイ。勝ちが決まったのち、その結果に不満あるものが半数を超えた場合、やり直すことも出来ル。しかし、それによって引き継がれる記憶は一つゾ。
そして、どちらも、連勝すれば記憶は累積されル。負ければ負けた分、一つ減るのミ」
「つまり繰り返せば繰り返すほど、優位に立つ者が現れる、と……ですがこの殺戮の遊戯を繰り返すなど……」
「呪いとハ、そういうものゾ。人の心を蝕ミ、新たな呪いを生ム」
「して、人は人狼を見つけて討たねばならぬ、ですが、人狼は? 指名すればここで誰かが死ぬのですか?」
「否。それをせバ、現界に影響が大きく、呪いがたもてヌ。ゆえニ、指名したのち、その場にて最も違和感のない形で、そのモノが死ス。そして下手人は、不思議と罰せられることはなイ」
「表立っては疑問がなくなったか……」
「ちなみに、初回のみは、民の側の特典として、一人目の犠牲が出たのちすぐニ、この場に再結集し、誰が人狼かを論じてもらえるゾ」
「「「……」」」
「お、おい、これって……俺はどうすればいいんだよ?」
「「「??」」」
「なんだよ贄って!? こんなの、この場で死ぬのが決まっているんじゃねぇか!? 何が遊戯だ!」
「む、木曽殿、まさか貴殿が、贄なのか?」
「い、イヤ……イヤあ!!」
「と、巴殿、お気をたしかに!」
「否、書いてあるゾ。避け方ガ」
「いやいや、これは、誰かに死んでもらわねぇと、しかも、人狼とやらじゃなく、人間側の一人じゃねぇか。それに、人狼だって、まだためらいしかねぇんだろ? どうすんだよ?
よくみてみろ。民の中で、なんらかの強い力を持っているやつが何人かいる。そんな奴らをあれに変わって犠牲にでもしてみろ。例えば占師や近衛。それに共者とやらに牙が向ちまえば、同時に二人だ。
民だってそうだろ。そいつが俺の代わりに犠牲になって、誰がいい顔するっていうんだよ?」
「木曽殿……」
「なあ、教えてくれよ? 佐殿? せっかく先ごろ平氏を京から追い出し、源氏の世を作っていこうって時に、こんなのあるかよ? なあ、どうしたらいいんだ?」
「木曽殿、考えましょう。まだ何か可能性が……」
「可能性? そんなのあるかよ!?
……あっ! まさか! これなら……」
――闇は解かれ、視界は開ける――
――死者 木曽義仲 贄 平氏を放逐して京を手にしたものの、ある時から正気を失い始める。それを見ていた後白河法皇は、彼の討伐宣旨を、源氏と平氏にくだす。そして先に動いた、源義経らの率いる源氏よって討たれる。義経は義仲を捕らえんとしたが、流れ矢によって命を落とす――
そして何度目かわからない、祇園精舎の鐘がなる。
ゴーン、ゴーン、ゴーン
お読みいただきありがとうございます。
現実世界と、人狼遊戯が交錯するため、普通のゲームとは、時折異なる動きがおこります。今回の結末は、純粋なゲームであれば、また違った結末の可能性があり得たでしょうか。
そして、二周目が始まりました。繰り上がりが発生しています。