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鎌倉殿と十三人狼  作者: AI中毒
四章 百八の十五夜
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百四〜百六 無垢なる祝福 呪いと化すは流れの澱み

――百四週目――


 新たに入った源氏の二人、比企能員と工藤祐経。これまでであれば、源氏一門として、ある程度安定した立ち位置が与えられた可能性もあった。しかしここへ来て、義経や義時、政子らが、この呪いから解き放たれる戦略に大きな転換があったことから、二人とも大きな動きはできない。


 次代の頭領頼家のお披露目となる、富士の鹿狩りにて起こる騒動。工藤祐経はその回の人狼に狙われるが、それが個人的な仇討ちとして、繰り返し、そして矛盾なく描かれる。


 そして、頼家の傅役として一定の地位を築きつつあった比企であったが、義時や政子、三浦のいずれかが人狼であるがゆえに、その運命は、二代目鎌倉殿である頼家の地位を危うくするような形で実現してしまう。父時政と共に、比企を騙し討ちにする義時。


「比企殿、すまぬ!」


「北条殿!? 何故このような仕打ちを? かくなる上は頼家様だけでもお守りせねば……」


「ご安心召されよ。鎌倉殿は必ずお守りいたす」


 特に政子は、呪いと関わりのない、自らの子である頼家が、このような形で巻き込まれることを悲しむ。それでも義経や義時の決意、後白河の執念深さなどを考えると、家族の行く末以上に呪いの調伏を優先せざるをえないと、悲壮なる決意をすでに固めていた。


「身勝手な呪いのために、この国の全てを犠牲にするわけには行きません。この呪いの繰り返しの中から、少しでも良き未来を見出そうとしていましたが、それこそがまやかし。それこそが院の罠にして呪いの巧み。

 もうこれ以上、私たちが迷うわけには行かないのです。もし迷えば、源氏の血が絶えるだけではすまされず、民の安寧そのものが、脅かされ続けることとなりましょう」


 そしてなにより、その活躍の期間が後白河法皇とずれているため、法皇も比企らの使い道に苦慮する。いたずらに機会を失うばかりで、かろうじて狂人として、その命数を保つのみ。


勝者 和田義盛 巴 後白河法皇(狂人)



――百五周目――


 命数が覚束なくなった後白河法皇、そしてその影響を深々と受けている藤原秀衡。だが特に秀衡の方が、その思慮の源泉ともいえたその記憶の多くを、すでに手放しつつあった。


「院よ、かようにご説明しなおしていただいたとて、すでに源氏の世は揺るぎません。もし手を打つとしたら、源氏の内紛しかございませんが……」


「であるが、驕りに驕った平氏とはことなり、その内紛すらも、この呪いから少しでも逃れんとするために使っているようにも思えるのじゃ。

 なにより、そなたも朕も何かと目をかけてきた、九郎義経が、もはやこの遊戯そのものに対して、正面から立ち向かわんとしておる。続けんとすれば、その切り札になるのは兄頼朝、そして御台たる政子しかおらんが……」


 そこで、話は中断される。梶原景季率いる軍が攻め寄せ、後白河法皇に襲いかかる。


「何をする! なんなる大逆!」


 景季は、法皇を呪いの根源たる物怪としてしか見ておらず、話しは一切通じない。


 そして、人狼が可能な限り人を減らし、わずかな民のみ残るように動き、全ての命数を着実に減らしていく。


 そう、人の命は一世にひとつ。それが輪廻するのが、本来の世の理。その方向に、急速に場は収まっていく。


勝者 巴 畠山重忠



――百六周目――


 祇園精舎の鐘がなり、集められたのは、十三人であった。工藤祐経、比企能員の姿はもうない。それを見た後白河が呟き、崇徳が応える。


「一人足りぬな……」


「補充は一人だけしかムリであったゾ。ソナタらに与える特典の総数が多ければ多いほど、この呪いは強さを増ス。であればこソ、今のなりでは容易には増えヌ」


「かような秘事、呪いの根たるそなたの口から出るとはのう、そのような粗忽も含めての力の衰えか?」


「どうだろうネ」


 あまり噛み合わない二人。それは、後白河がまだかろうじて生ある存在なのに対して、ここに現れる崇徳はもはや呪いの残滓にすぎないためであろう。すでにその残滓には執着などない。


 そして、頼朝と政子の二人は、別のところで嘆く。


「「頼家……」」


「父上、母上、これはいかなることにて?」


「後で説明します。これだけは避けたかったのですが、もはや源氏の血も、呪いに色濃く染まってしまったのかもしれません」


「承知いたしました。源氏の嫡子として、ここで動揺してはならぬのでしょう」




 この回を凌げば、後白河法皇も記憶の全てを引き継ぐことが難しくなると、宗盛や義経らは見定めていた。よって、後白河が人狼である、人であるにかかわらず、間髪を入れず仕留めること、と定めていた。


「義経、そなた、これまで目をかけてやった恩を忘れ、大逆に走るか? それほどこの呪いが憎いか?」


「あなた様はそれほどまでに人の心を失われたか……親子兄弟の縁を断ち、君臣皇民の絆を分かつ。そして再び立ち上がり、先の世へ向かわんとする若き芽を摘むその凶行。

 その全てが、あなた様を根源とした手慰みの遊戯となれば、その元を断つことこそ、我ら皇統に連なる武士の役目と心得まする!」


「待て待て待たぬか! やり直しのきく祝福とて、この呪いの裏表であるぞ! そなたとて、その繰り返す戦の中で、研ぎ澄まされしものもあろうて。惜しくはないのか?」


「本来、人の生は一方にしか進まぬが道理。なればこそ、その一筋の生き様の中に、人はかけがえなき輝きを見出すのです。まやかしの繰り返しの中で生まれた技や理など、それこそまやかしに過ぎませぬ。

 人は後々、そのまやかしに頼らずとも、己が手で、おのが理で、その繰り返しを経ることなく、他者や己が成した技を伝え、より先に進む術を見出しましょう。まさにその術の端緒こそ、書画や、盤上遊戯に現れておるのではないでしょうか」


「む、書画はともかく盤上遊戯、とな?」


 義経、ここで少し違和感をおぼえ、立ち止まる。


「む、これは……

 院はこれまで何度、双六遊戯、それに将棋や碁、様々な遊びをなされておいですか?」


「わからぬな……それぞれ千を超える頃からかの? 朕に勝てぬものはおらぬようになり、次第に飽いて言ったようにも思えるの。今様とて同じよ。歌に関しては一向に上手くならんが」


「それこそが、飽きとも取れましょうが、院の力の積み重ねそのものでございましょうや」


「難解なる遊戯や、サイの目任せの遊戯、そのようなものとて、積み重ねれば、一度の生にて匠に至る。であれば、その技が連綿とつらなれば、数人のやり直しなど、取るに足らぬほどの域にも達しよう、というわけか」


「左様でございます」


 渋々ながら、納得させられたように見える後白河法皇、しかしそれで終わらないのがこの怪人たる所以。


「くくっ、若造に諭されるとはの、朕のなしたることは無駄とは言わせぬが、これだけが道にあらず、ということは飲めたわ。

 ……それにしても、そなたのおかげで、今更ながら、ほんの少しだけ思い出せた。その繰り返しの遊戯こそが、かの平治の乱の折りに、朕なりの限られた頭で捻り出したる、この大いに乱れた世を平らかにせんとする秘策であったのよ」


「む? 秘策とな? 崇徳院に乗せられて、繰り返したる手慰みの遊戯では?」


「さにあらず。そなたが聞いたのは、清盛から宗盛へ伝え聞いた、まさに又聞きの又聞きであろう」


「!?」


「さよう。それだけは朕が、朕の意思にて、崇徳の力を借りて成したことゆえ、間違いはない。一度目の試技の終わりに、崇徳にかけられた声。

 それこそが、双六狂いたる朕にとっては、まことやり直せるなら、世にとってより良き道をえられよう、という、一筋の光明であったのよ」


「よもや、その時の院のありようは、遊戯狂いなどとは程遠き、国を憂えし無垢なる善意と、そう仰せでございますか」


「あの時は、崇徳の呪いが、この乱れし国に対する祝福にも見えておったの。朕のみならず、かの崇徳すらも、配流されし先で、世を憂えておっただけなのやもしれんぞ」


「なんという……この悍ましき呪いが生まれし元が、一つの悪意や戯れもなく、全てが無垢なる善意からであったとは……」


「信ずる信ぜずはそなたの勝手ぞ。それに、そなたの申す通りじゃ。いかに善意とはいえ、今のこの呪いのありよう、それにこの朕のなしざまは、まさに悪意と戯れの権化といえようぞ。いかなる無垢な善意も、長きに渡り、動きがなければ、いずれ腐り、捻じ曲がる。人の世にそれを避ける術は少ない」


「諸行無常、盛者必衰、万物流転……」


「そうかもしれんぞ。その淀みなき流れこそ、人の世がある程度清き流れを保つための、要諦なのやもしれんぞ」


「まことの深淵、これは義姉上らにはなんとしてでも伝えねば」


「そうせい。

 それと、二つ覚えておくが良い。一つは、そなたに諭された朕は、もはや次には繋がらぬ。そしてその境地に至りしそなたも、である」


「それは心配ご無用かと。院のなされた足跡、それに平清盛公が、あなた様と相対した傍らで取り組まれた、宋との貿易の型式。それらは皆、すでに固定された歴史の中に、確かに刻まれております」


「では多くは語らん。二つ目は、あの二人、ついに実子が巻き込まれたようじゃ。子を思う父母の心、それが執着に変わるのであれば、朕とてすぐにそれを紡ぎ直し、この呪いを元の強固な形にもどさんと図るぞ」


――後白河法皇、人の心の弱さ、そして強さをよく知っている。であればこそ、この源氏の策が成就するのは難しかろう、と確信する――


「心得ました。私は忘れましょうが、然るべき方々にお伝え申し上げます」


――だが九郎義経は、この呪いを解いて先の世へ向かわんとする想いが、もはや源氏、そして家族の想いを大きく超えたものであることを。そして、その想いを成し遂げる最後の鍵も、それまた家族ということを、また確信する――


「くくっ、うまく行くと良いの。ではしばしの別れぞ。さらばじゃ」


「否。今生の、それも、輪廻が開けし世における、今生の別れでございます」


 互いに自信に溢れる二人、先はいまだ定まらぬまま、一時道は分たれる。



勝者 和田義盛、北条義時、梶原景季(近衛)

お読みいただきありがとうございます。

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