一 始まった血の宴 人と狼の遊戯
直後、祇園精舎の鐘がなる。
ゴーン、ゴーン、ゴーン。
再び集められた十四人、否、十三人。
焦燥を隠せないのが、源頼朝、和田義盛、北条義時、三浦義村、畠山重忠の五名。顔の見えない数名は、やや呆気に取られているような、速すぎて動じてすら居ないような。表情すら伺い知れない影。
ここで口火を切ったのは、統領たる頼朝。
「なぜ? 梶原殿は……居ない? どういうことですか崇徳院?」
「さァ……人狼により犠牲者が指定されれば、矛盾なきように命を落とす、ではないかナ」
「矛盾ないように、が、あれですか……」
「佐殿、どういう事ですか?」
「兄上、私も分かりません」
「政子、そして九郎か。二人はその場にいなかったか。
殺されたのだよ。上総殿が。梶原景時に」
「「なっ……」」
見回す二人に、多くの者も、似たような動きをする。だが、そう、梶原景時など、この場には存在しない。やはりここは勘の良く、肝の座った義経が話し始める。
「つまり、上総殿の死因として、その場において最も矛盾なく、人と人狼の関係すらにも影響を与えないのが、この場に無関係な者による他殺、と……」
「そうですね九郎殿。そして、そこからもう一つ示唆されるものがあるのですよ。」
「それは今いうべきなのか……いや、言わねば進めませんな義姉上。
そう。あの場におられた五名のうち、人狼がひとり以上いる可能性が高い」
五人が固まる。だがそれも数瞬。特に頼朝や畠山重忠あたりは、沈着にして豪胆。その立場すらも分かり得ないが、その人となりは簡単には変わらない。重忠が話し出す。
「九郎殿、つまり、もしあの場に一人も人狼がいなければ、特に誰彼が動こうと、上総殿に危害はあるまいから、その場ですぐに危機が訪れる謂れはない、ということでしょうか?」
「そうですね。万が一、現界のあの場にて、上総殿が暴れだすこともあり得ますが、そうなれば、この遊戯に関係なく上総殿はご成敗となりましょう。
崇徳院、もし、この遊戯に関せずそうなった場合は?」
「もし、人狼が手を下される前の、そう長くない時ニ、他の死者が出た場合、それは人狼に手を下されたとみなシテ先に進ム。そうではなく、人が手を下すベキ時ならバ、それもそうとみなス」
「……」
「仮に、あの場に人狼が1人もおらねば……」
「さァ、どちらでも、それを含めて話し合う時間を用意しタ。時は二刻(四時間)。存分に論ぜヨ」
――――
やはりここで発言力の高いのは源氏の頭領一門と、強いて言えば後白河法皇となる。しかし、その他の正体不明者の存在も、彼らにとっては多重の警戒心を生んでいる。そこに気づかぬ義経や頼朝ではない。
「九郎、そなた、知らぬものは五名と言っていたな。だが、院を知らぬのに、儂と変わらんのはなぜだろうな?」
「あ、あの方が、藤原の親父殿ですので。おひさしゅうございます」
「九郎、元気でやっておるようだの。活躍はまだのようじゃが。否、今この場にて、そなたの活躍は始まっておるの。ほほほ」
「藤原秀衡殿でしたか。弟がお世話になりました」
「これはご丁寧に佐殿。ですが、とんでもない巻き込まれ方をしてしまいましたな」
「誠に。奥州にはご迷惑をかけるまいとしていた所ですに」
そう。繰返すが、これはただの遊戯ではない。現界との交錯は、大きな意味を持つ。二人の黒き者が立ち上がる。
「あ、よろしいですか?」
「はい」
「私は、源義仲。木曽源氏の棟梁にてございます。源氏の頭領たる佐殿には、お初にお目にかかります。
こちらは妻の巴です」
「巴と申します。お見知り置きを」
「これはこれは、木曽殿と、奥方でしたか。お見知り置きを……といっても、お顔が見えぬのですね」
「あァ、現界で、確と顔を分からねば、見えヌようになっておル」
そう、現実と遊戯が混ざる。そう、どちらが表に出るのか、この時点でも、誰も予想がつかない。
「ということは、あとのお二人は」
「ああ、それよりも、九郎殿と申されたか。人狼とやらを炙り出すのが先ではないでしょうか? 少なくとも、そちらの五名の中におられる可能性が高いのでしょう?」
「あ、ああ、まあそうですが……」
源九郎義経。未だ二十に満たず。感の鋭さはあるものと、駆け引きというのにはとんと弱さがあった。
「私は、占師という役回りを持っております。これは最も強力な役割であると心得ますが、いかがでしょうか?」
「「「!!!」」」
義経、ここで力尽きる。あとは兄や義姉に任せざるを得ない。
「左様ですか。どなたか分かりませんが、それは良きご提案。して、どなたを占うのがよろしいでしょうか?」
「そうですね。この場で、人狼の誰かが、すぐに反論される可能性もあったのですが、その人狼、という方は、最低限の慎重さをお持ちのようです」
「すると、五人のうちのいずれか、でございますね」
「ここで、佐殿を選ぶのは非常に危険です。この堂々たる取り回し、もし人間であることが確定した場合、人狼の餌食となりましょう。近衛の方が、占師である私と、佐殿の何を守れば良いか、迷うてしまいますゆえ」
「なるほど。ではどなたを」
「この中で、万が一人狼であった場合、皆様の関係が大きく破綻するのはどなたですか?」
「あ、いや、どなたと言われても、彼らは全て信頼する……否。そこには明確な差がありますな。重忠、そなたよ」
「わ、私ですか?」
そう。畠山重忠。この者は、未だ二十の若者ながら、九郎義経に次ぐ武勇と、その清廉の誉高く、武士の鑑と言っても過言ではなかった。すなわち、万が一彼が人狼であった場合、誰一人信用に足らぬ、血で血を洗う、泥沼の未来が見えてしまう。頼朝の指名には、そういった意図があった。
「すまんな義時、義村、義盛。そなたらの忠を疑うではないのだが、ここは飲んでくれるか?」
「「「はっ」」」
「では決まりですな。畠山重忠殿……この方は、人でございます」
何人かの安堵。そう、それは人にとっても、人狼にとっても……
「ではもうひと方は……ん? まさか、よもや……」
「ん? いかがした九郎? 先ほどこの方に言いくるめられておったではないか」
「あ、いや、改めてこの面々を見ていると、誰一人として、今のこの寿永の時に、影響力の低いお方はおられぬのです。そして、先ほど木曽殿が名乗りを上げられたのに対し、お二人は名乗りをあげぬ。
例えば低位の者、それこそ民であっても、この場で名乗らぬいわれはありません。であれば、答えは一つ。あなた方お二人、平家でございましょう?」
「……」
「兄上、ことここに至っては、隠しても致し方ありますまい。左様。我こそは平四郎知盛、こちらは現棟梁、三郎宗盛である」
「「「!!!」」」
「よせ九郎。いま手を出しても何も生まれん」
「なれど兄上!」
「仕方なかろう。それも含めての、崇徳院の呪いだ」
「ククク」
そして、ここで現実と遊戯が交錯する。やや大人しかった木曽義仲、走り出す。
「ははは、佐殿、良いではないですか。ここでの遊戯にしたって、何人か市民が減ったところで先には進めましょうぞ。この知盛とやらも、占師かどうかすら真に足りませぬ。もともと皆様の会話を聞き、源氏である事を先に察知したのは間違いござらぬ。
であれば、源氏の内部分裂と、敵性減らしと、一石二鳥の策と考えても矛盾はなきかと」
「何を申されるか木曽殿! そなたこそ、こんな時に人と人狼の間を曖昧にし、混乱を引き起こすとは、よもやあなたこそ人狼ではありますまいな!」
「ははは、互いが互いを人狼となすなら、答えは一つぞ! 崇徳院、どうやったら現界に戻れますかな?」
「過半数が、討つべき者を定めしトキ、すなわち、今この時」
そう。十三人のうち七名が、今この瞬間、打つべき相手を見定めた。
木曽義仲、巴は、平知盛を。
平知盛、宗盛は、木曽義仲を。
まだ見ぬ人狼と、狂人は、占い師たる平知盛を。
定められた遊戯の規則が、場を取り仕切る源氏の一門を置き去りに、世の中を進めていく。そして、取り残され、猜疑の心を植え付けられた源氏も、決断を迫られる。畠山重忠と義経、彼らが動く。
「木曽か、平家か。どちらにしても、兵をととのえて京に上る必要がありますな」
「そうだね重忠殿。今は中で人狼を探したところで、いざ討つべき時に討てなくなっては本末転倒。まずはどちらにしろ陣を備えましょう」
頼朝、ここは彼らの判断の正しきを認める。そして、人狼である可能性が低い彼らを、万が一にも死なせてはならないと考え、梶原景時や、北条、三浦、和田らは控えさせる。
そして木曽義仲、平氏を逐いたてるも、平知盛、宗盛を撃ち漏らす。そして、自暴自棄になって京を乱す義仲を討たざるを得なくなった義経、重忠。
――刑者 木曽義仲 不明 源氏宗家に敗れ、討ち死に。巴は行方不明――
――死者 平知盛 占師 源義経らに一ノ谷、屋島で敗れ、壇ノ浦で敗死。義経は知盛の命を救おうとしていた素振りを見せるも、結局何者かに討たれる――
ゴーン、ゴーン、ゴーン
「九郎、如何した?」
「兄上、申し訳ございません。九郎、なんとしても知盛殿を救おうとしたのですが……」
「その強制力は致し方なさそうだな……やむを得まい。宗盛殿はどうにか生きておいでだ」
「獄中ですがな。死ねというならいつでも」
ここに集う全ての者が、敗因、死因ともに、一瞬の時もあれば、大きな戦を伴うものもあると知る。そして、厄介なことに、今回の戦では、数名を除いて、壇ノ浦に集結していたのである。その場にいなかった政子が語る。
「誰が人狼かわかったものではないですね。二人三人があの場にいる可能性すらあるので、誰と誰が共にいた、という証すら無意味です」
ここで口を挟むのは、奥州藤原氏棟梁、秀衡。
「であれば、この遊戯にかけるしかありますまいの。まずは、私の役目を果たしましょうぞ。私は霊師。ほう、わかるのは、知盛殿ではなく、木曽殿でしたか」
「当然だナ。人狼が人狼を殺すことはなイゆえ、それでは無意味。そんな不親切ではなイ」
「御意。であれば……『我こそは源義仲。人たりき。口惜しや』。占い師、そして役なしといえど民の一人が死したというのはよからぬ流れですな」
「であれば、次こそは確実に人狼を見つけたいが、占師はこの世になく……」
ここで発言するは、未だ多くの者にとって、顔の見えぬ後白河院。得体の知れなさがより際立つ。
「先の問答にて、大した発言はなかったと思うが、宗盛よ。なぜそちは、兄が、人狼かどうかもわからぬ木曽を逐うのを止めなんだ?」
「あ、あれは……むろん、あの喧嘩を止める今はありませなんだ。人狼の可能性もあった木曽を」
「人狼の可能性が高いのは源氏の幾名かであろう? まさかそなた、人を少しでも減らすか……」
「……」
そう、このときすでに彼は失意。己が生死や、遊戯の行方すらどこ吹く風。それが彼の運命を定める。
「皆は良いか? 頼朝よ、如何か?」
「ここで否やはありませんな。筋は通っているかと」
視界は開かれる。
――刑者 平宗盛 不明 実際にも刑死――
――死者 藤原秀衡 霊師 死因不明。病死と言っても違和感はなし――
ゴーン、ゴーン、ゴーン
「む、よもや、親父殿……」
「どちらであろうな。病死か、それとも、霊師ゆえ人狼に屠られたか。どうする頼朝? 義経?」
「院よ、いずれにせよ、またもや人狼ではなきものの命が取られました。宗盛殿がどちらであったか知る術が失われた以上、二人、そして狂人ふくめて三人以上残っている前提で進めるべきでしょうな」
「残っているのは、後白河院、頼朝兄上、政子義姉上、北条義時、三浦義村、畠山重忠、和田義盛、そして巴殿と義経。
うち、重忠のみが、人であることが確定しています。また、二人同時に死していないことから、共者は生き残り、近衛は不明です。いずれもここで明かす利はなきゆえ、置いておきましょう」
「見事に源氏一門が残ったな。重忠、そなたから見てなにか思い当たることはないか?」
「では……とくにこの状況で、最も慎重に動くべきは共者の二人。そして、私はそうではないとすると、ほとんど会話に参加されない、義時どの、三浦どの、和田どの、巴どののいずれかふたりの可能性は高うございます。ただ、このなかに人狼がある可能性が低くないのも事実。いかがすべきか……」
ここで再び後白河院。何かと目立つ御仁であるも、老獪すぎてなかなか抗するのが困難であった。
「もう一つは、壇ノ浦、そして藤原の件であるな。その両方に手をかけられ得るのは誰ぞ?」
「それは……」
「そんなの、九郎しかおらぬではないですか?」
「兄上!?」
「確かに、藤原殿は病で亡くなるのを待てば良いだけとは言え、そなたにも疑いがないわけではないのだ九郎よ。知盛殿や木曽殿に関しても、そなたは、重忠殿と共にとはいえ、積極的に逐っていたのは間違いない」
「そ、それは、源氏のため、そして兄上の世のため……」
「そこを疑ってはおらぬ、おらぬのだが……いかん。私にもどうすることもできん。九郎。すまぬ……」
ここで視界が晴れる。何故か。
源頼朝はまだ心を決めていなかった。
しかし、人狼二人、狂人、そして、火の粉を避けるように意思がうごいた、共者二人。つまり過半数が、その標を見定めたのである。
――刑死 源義経 不明 猜疑と、人狼側の毒牙にかかり、奥州に追われたのち、敗死――
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