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鎌倉殿と十三人狼  作者: AI中毒
三章 源平の英雄
16/24

二十六 稀代の女傑 伝説の怪僧

――二十六周目――


 この回、梶原景時が、その呪いに囚われて歴史が固定化する。その影で、着実にその記憶と命数を削られてきた英雄が、その永遠とも言える呪いに、身を沈めんとしている。


 そして同時に、その横で寄り添う女傑は、ただひたすら身を潜めて全てを見定めていた前回の推移を、克明に記憶していた。そしてこの回、再び引き当てし、近衛の役目。迷わずそれを振るうと、視界が開ける。


 京の武家屋敷。ここは警備も厳しく誰も立ち入ること叶わず、盗み聞きも難しい。


「巴よ、そなた何をしたのだ?」


「長くは語れませぬが、義仲様、このままではあなた様は、歴史の輪廻の渦に飲み込まれることとなります」


「それは喜ばしからぬことだが、近頃の院や源氏宗家、それに平氏も力を取り戻しつつあるからな。そしてそこへきて『贄』ときて、最後は二刻にわたり、延々と何らかの弁論。正直話についていけていたかも分からねぇ」


「では、すべてをこの目で見て参り、そして何よりも、あなた様ご自身からお聞きしてきた事を、すべてお話しいたしましょう」


 そして、巴は義仲から聞いたこと、義経や梶原景時のこと、頼朝や政子の現状について。さらには平氏や藤原氏の動向についても。最後はかの怪人たる後白河法皇について語ると、義仲は大きなため息と共に、何やら覚悟を見定めたように頷く。


「あいわかった。であれば是非に及ばん。巴、しばしの別れぞ。そなたはこの呪いが解かれるまで、九郎殿や宗家の面々をお助けするのだ。そしてそなたにとって何十年後になるかわからんが、いつか黄泉路の案内をして進ぜようじゃねぇか」


「嫌でございます! ここでなんとしても院の妄執を打ち砕き、共に生きる道を探すのです! それが叶わなくば、すぐにあとを追わせていただきとう存じます」


「いや、それは無理だ。まず、そこまで高望みはできねぇ状況だよ。よくよく聞くに、まず九郎殿の余裕がねぇ。儂と九郎殿を両方守り抜くのはどうやっても無理だ。

 そして儂はいつやられるかわかったものじゃねぇし、九郎殿がやられては源氏そのものが崩壊する。おそらく同時に危うくなっている奥州家の嫡子と、どちらが脱落するかっていう正念場だ」


「では、九郎殿をお守りした後で、義仲様の後を」


「それこそ本末転倒ってやつだよ。二人ともに輪廻の呪いに囚われ、抜け出せなくなってみろ。来世への道筋すら断たれてるかもしれねぇぞ。ならば、ここは何年かかってもいい。儂はそなたの手でこの呪いの鎖を断ち切るまで、この獄の中で待ち続けるさ」


「義仲様」


「そうさ。これはそなたの未来、そなたの生き様だ。誰にも邪魔させずに駆け抜けて、全てをぶっ飛ばして、その両手で全てを救ってくれ。そなたが手にするのはこんな呪いなんかじゃねぇ。祝福ってやつなんだ、って、見せてくれるのを、ずっと待っているさ」


「……わかりました」


「なに。そなたは一人じゃねぇ。この呪いの中じゃ、魂とやらだって囚われっぱなしだろう。だから、儂はそなたと共にあるんだよ」


「はいっ!」


 義仲の目に映る巴の目。幸か不幸か彼は覚えていないが、それは以前同じことをした時とは、全く異なった輝きを放っていた。


 そう。全てを吹っ切ることとなった巴。ここから、この国の歴史上、最強の女武将の伝説が、幕を開ける。


「ではまず、九郎殿の目に留まるまで、二人で大暴れしようじゃねぇか。これまで何度も隠れて院の目をかいくぐろうとした結果、なかなかお会いできなかったんだろう? ならばもう逃げも隠れもしねぇで、向こうが気づいてくれるのを待とうじゃねぇか」


「承知!」




 そして、木曽義仲と巴は、まず西に向かい、力を取り戻しつつあった平氏を一度押しのける。そして院宣をしぶしぶ受けた源氏の攻め登るを聞いて、近江の地で堂々と迎え撃つ。


「我こそは木曽源氏の頭領、朝日将軍と号す、源義仲なり! 京が欲しくばくれてやる! 平氏打倒の誉とて、その力があればそなたらのものぞ! だがその前に、そなたらにその、まことの力があるのか、見せてもらおうではないか!」


「我こそは、朝日将軍の妻にて、第一の将たる、巴なるぞ! さあさあ坂東の武者どもよ! 女に蹴散らされる不名誉を厭わぬものから順に、かかって参るが良い!」


 そしてなぜか、六尺ばかりの刃なき棒を振り回し、次々に源氏の将兵を蹴散らしては置き去りにし、バラバラの方向に駆け回りつづける。


「我こそは坂東一の豪傑、和田義盛なるぞ! そこな女傑殿、大人しく止まられよ!」


「やかましい! 二十年早いわ!」


「がはっ!」


 和田義盛、あっけなく蹴散らされる。


 しかし、義仲の方は、より多くの敵に加え、おそらく法皇の手と思われる、見えない方向からの矢にも苦しみ、次第に勢いを失っていく。巴の方は、そんな義仲を守りつつも、義経を探し続ける。


 そして、やや遠くに、軽やかに舞う若武者の姿を捉える。


 巴は地面を蹴り飛ばし、兵を蹴倒し天を駆ける。


 源氏の大兵を呪いと見立てるかのように、次々にその頭を蹴り渡る。何人蹴倒したか、多くの兵が数えるのを諦めた頃、巴は九郎義経の元に辿り着く。


「我こそは源氏の嫡流にして、鎌倉殿の末弟、九郎義経である! 巴殿とお見受けする。一度お手合わせ願いたい!」


「あなたが九郎殿か! 積もる話もありますが、まずは一手ご指南いただく!」


 互いに命を取る気がないながらも、誰にも邪魔できない激しき撃ち合い。その後ろで、義仲の方はその命の炎が尽きようとしていた。


 一度蹴散らされた和田義盛は、二人に声をかける。


「巴殿! 九郎様! そろそろ打ち止めでございましょう。義仲殿が」


「義仲様!」


「九郎殿、そして源氏宗家の皆様方、巴をお頼み申し上げる!」


 そして事切れた義仲の、鮮血に染まり切った衣を取り出し、大事そうに持ち去る。共にある、という言葉を信じての事か。


 一度は京を手にした源義仲、数多の輪廻の贄となったのち、最期に最愛の者と共に盛大な花火を挙げ、ただ一人力尽きる。これ以降、周の始めはやや先となるがゆえに、彼が稀代の女傑と共に見せた盛大な立ち回りは、永遠に歴史に刻まれることとなる。

 

――刑者 木曽義仲――


 そして、本来であれば人狼は近衛たる巴を狙うのが常道なのだが、今回に関しては誰一人それをなすものはいない。それは役回りゆえか、あまりに強すぎる女傑に、呪いすらも手を出せないからか、その理由は誰にも分からない。


 そして、固定された梶原景時と義経の口論を挟みつつ、平氏追討の戦に、赤黒い衣を襟に巻いた、謎の女武将の影が見え隠れする。


 一ノ谷。


「あっ、危ない九郎殿」


「むむ、馬が足を滑らせ、私も落ちるところでしたところ、その棒さばきで整えてしまうとは……」


 壇ノ浦。


「あっ、矢が!」ガキン!


「後ろから飛ぶ矢を、見もせずに薙刀で落とすとはなんという……」


 幾度となく続く事故を防ぎつつ、源氏を勝利へと導いて行く。

 ちなみに、景時に変わって入った息子の梶原景季、全ての戦で相応の活躍をしているのだが、二人の神業に隠れて全く目立つことはない。


 そして、京に戻った義経や巴を待ち受けていたのは、厄介な固定のされ方をした景時の言と、法皇の不興である。


 しぶしぶ京を離れて宗盛を送り届けるも、頼朝や政子は、だいぶ前の二人の水難事故が頭をよぎり、彼らを途中で引き返させる。そして、平宗盛と、藤原秀衡は、共者として命を落とす。


――死者 平宗盛――

――死者 藤原秀衡――




――ここで、ある二人の大きな運命の分岐点に、全ての参加者が気づいていた――




 人狼、源義経、そして占師、藤原泰衡。彼らは共に前回の記憶がなく、おそらくどちらか負けた方が脱落するであろう。そう目論まれていた。


 頼朝や政子は、直近の事故への危惧に囚われて、義経を鎌倉に招き入れそこねている。


 後白河法皇は、裏で手を回す藤原秀衡を失いつつも、泰衡に私兵をあずけ、もはやここで脱落させてもかまわぬと、義経に狙いを定める。


 そうして、義経が圧倒的に不利な形で、平泉の戦が幕を開ける。


 十名ほどしか連れていない義経に対し、五百ほどの兵が迫る。そして同道する巴が、義経に語りかける。


「ここはこの民家に潜み、お待ち下さいませ」


「巴殿は?」


「私は、ここで立ちはだかり、彼らを食い止めます。なに、あの坂東一の豪のものに比べれば、大した者はおりますまい。なんなら藤原殿ごと、五百くらい、全て倒してしまってもよろしいのですが」


「それは流石に……」


「ふふふ、実はそうではなく、私がここで力尽きれば、九郎殿は人狼。それゆえその瞬間に、あなた様の勝ちは決まるのでございます。せいぜい、その前後の流れ矢さえお気をつけいただければ、あとは時が解決致しましょう」


「なるほど……」


「では、お次の周にてお会いしましょう」


 義経が隠れたのを見て、襟に巻かれた赤黒い衣を顔に巻き付け、怪僧か何かのふりをする巴。そして、亡き夫が乗り移ったかのような、やたらと野太い声で、でたらめな口上を上げる。


「拙僧こそは、源氏の嫡流、九郎義経の一の臣、武蔵坊弁慶なるぞ! ここは一歩たりとも倒さぬ! 通りたければ、拙僧を倒してから参るがよい!」


 なぜこんなことをしたのか。それは、泰衡がどれほどこの遊戯に精通していたのか、読めなかったからである。ここで泰衡がもし、義経以外、例えば巴を誤って討ってしまうと、人狼である義経に返り討ちにされてしまうことを認識していたら。


 だが呪いのことなど知らない兵達は、そのことを知らない。もちろん誰も、武蔵坊なにがしなど知らぬのだが、立ちはだかる何者かを無視できるものなどおらず、一斉に矢を射かける。


 泰衡は、それを見て気づく。


「止めよ! そやつは討ってはならぬ! 義経を探すのだ!」


 しかし時すでに遅し。武蔵坊、否、巴はその場に立ったまま力尽きていた。そして同時に、後方から大群が押し寄せる。


「九郎様は、巴殿は何処か? 和田義盛が助けに参りましたぞ! む、巴殿!!」


 泰衡は抗する術なく討ち果たされ、そして力尽きた巴と、どうにか一命を取り留めた義経を見つけた義盛は、やや複雑な表情を浮かべつつも、ともに鎌倉に凱旋する。


 そして、もはや義経を害することかなわなくなった、法皇の命脈は程なくして尽きる。


勝者 源義経 北条義時 梶原景季 和田義盛(狂人)



――二十七周目――


 ここで、長らく変わらずにあった開始点が、木曽義仲の歴史が固定化されたことで、大きく進む。義仲とともに、伝説とも言える武勇を見せた巴、跳ね返される坂東武者たち。そして最後は義経らの手により破れ去り、力尽きる義仲と、姿をくらます巴。


 そして、一ノ谷や壇ノ浦では、梶原景時の制止を振り切り、やや無謀ともいえる機略が後世に伝わることとなる義経。そして、そのかたわらでは、常に彼を守る守る形で控える、頭に布を巻いた僧兵の姿があった、という逸話が残されている。




 そして、祇園精舎の鐘が鳴り響くのは、義経らが今日に帰着した頃の事となる。平氏の最後の生き残りにして頭領、平宗盛を贄として。

お読みいただきありがとうございます。


 巴御前最強伝説、そして、九郎義経を常に側で守る怪僧伝説。それぞれがやや元の形からそれる形で、後世に伝わることとなります。


*戦国時代ならいざ知らず、この時代の戦いはそれぞれ数回。その期間で百戦錬磨に到達するとは思い難く。その中でなぜ、巴や義経、弁慶らの伝説が語り継がれているのか、という、完全フィクションの設定となります。

*巴の活躍の前後の描写が、とある魔女の歌に寄ってしまっているかもしれません。できるだけ離そうとはしましたが、呪いをテーマにした本作が、どうしても引きずられる傾向にありました。必要に応じて修正するかもしれません。

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