二十一〜二十三 荒れ狂う天秤 源平の英雄
――二十一周目――
平知盛に変わって入った敦盛は、二度連続で、知盛よりもさらに前の、一の谷で討たれる。その次の周、同じように、一ノ谷、とある山の上で兵馬を休める義経と、梶原景時。この二人は勝敗がやや不安定だが、主君や周囲から詳細な記録を共有している。畠山重忠も同道だが、今は見張りに出ている。
特に、壇ノ浦での義経の無茶に対する注意は、二人揃って頼朝や政子から、強く言い含められている。そんな中、今回は記憶を引き継げていない景時が、義経に対してある懸念を相談する。
「九郎様、少しよろしいでしょうか」
「どうした景時? 戦の段取りは済んでいるぞ。これまでも、多少は手こずるが、正面から打ち破ってい不要だから、心配は無用だろう。それに、壇ノ浦はまだ先ぞ」
「戦は大事ありません。畠山殿が、様子を持ち帰ってくれば盤石かと。壇ノ浦に関しても、その時で良いと存じます。
お話ししたいのは、鎌倉のことでございます」
「鎌倉? 兄上がどうかしたか?」
「鎌倉殿も然り、そして御台様や、義時殿、三浦殿もそうやもしれません。
……皆様、この呪いが始まってから、すこし人が変わったように感じられるのです」
義経は、少しだけ記憶があった。だがそれゆえに、この呪いが始まる前の記憶に関しては、少しだけ薄弱なところがあった。
「なるほどな……確かに、兄上や義姉上は、数多くの記憶を重ねておいでだ。それゆえに、呪いが始まる前の記憶や、なされようが、かえって薄弱になっておいでやもしれん」
「それだけではありません。もともと鎌倉殿は、人の心に敏きところはありましたが、思い切った決断をなされるお方。それが、少し慎重さが加わり、やや疑り深さすら感じられます。
御台様は、鷹揚にして、やや殆うさすら感じられるご仁でしたが、近ごろは何をなすにも、過去を読み解きながら、より適した動きを探るそぶりをお見せのように思えます」
義経と景時、やや見方が異なる。ただこれは、当人の性格に起因するものというよりは、記憶の有り無しによるものかもしれない。もし逆であれば、義経こそ鋭敏にその違和感を察したであろうことは、容易に想像がつく。景時に相談したかどうかは別だが。
「そうか。二人とも、のう……義時や三浦も、多かれ少なかれ似たようなところがありそうだな。だが、それは悪いことではないのではないか? 源氏が優位を保ちながら、良きところで呪いを解く機を見つけられれば」
「そこが引っかかり、なのやもしれません。記録を拝見いたしましたが、誠にこれまで、呪いを解く機はなかったのでしょうか?」
「民が勝ちを収めた回は、多くはないが幾度かあるようだな。だがそのいずれも、幾人かは許容し難き犠牲が……む? 犠牲? 許容し難き?」
「……左様。今は戦乱の世にして、未だ定まらざる世。誤解を恐れずに申し上げますと、勝ちを得るためならば、許容し難き犠牲、など付き物にございましょう。かような呪いならざるとも、源氏の世が安んずるまでに、幾人の犠牲があるかはわからぬものです」
「ああ。仮に兄上か儂のどちらが果てようと、鎌倉はどうにか前に進める。極端なことを申せば、どちらも生き残らずとも、義姉上や義時、三浦やそなたらの誰かが、この呪いに囚われておらぬ比企や大江、北条時政らと共に、幼き嫡子の頼家を支え、先へ進むことも悪いことではない。
儂も兄上も本来であれば、この悪き呪いを解くために、人柱になる覚悟などとうにできておる」
「そこが、今の鎌倉のお姿との乖離でございますね。よもや、あまりにこの呪いが当たり前になりすぎ、前へ進むのを第一となすことを忘れたのではないか、と」
「かもしれん。だとすると、何か策を考えねばならんな。景時、このたやすき戦の後、頼むぞ」
しかしここで、話が中断されてしまう。
「申し上げます! 畠山重忠殿、一ノ谷にて敵兵に囲まれております!」
「「何!?」」
「景時すまぬ。重忠を救いに行くぞ! 迂回しては間に合わぬか?」
「厳しいかと!」
「致し方ない。このひよどり越え、鹿で下れる坂を、馬で下れぬはずもなし。直ちに馬を引け! まっすぐに向かう!」
「九郎様! それは無理でございます!」
「景時、そなたは回り込んで、退路を絶つのだ!」
そして、無理に坂を駆け降りようとした義経は、落馬して命を落とす。そのときすでに、畠山重忠は、平敦盛をどうにか討ち取るも、多数の兵に討たれた後であった。亡き義経率いる兵の突撃と、裏に回った景時の挟撃によって平氏は大敗し、壇ノ浦でその命運を絶たれる。
――そして、その裏では、人狼たる平宗盛、後白河法皇が、やや活躍の目立ちすぎる義経を討つ選択をしていたのが、この事故の真相である。
――刑者 平敦盛 共者――
――死者 畠山重忠 共者――
――死者 源義経――
凶報を聞いた頼朝、政子らはやや焦燥し、なんとか人狼を廃するも、次周以降、義経が前線に出ることを躊躇うようになる。
勝者 源頼朝、巴、梶原景時、北条政子、和田義盛、北条義時
――二十二周目――
この週、平敦盛は一ノ谷で討たれる歴史が固定され、変わって入るのは藤原秀衡の子、泰衡。そして、頼朝や政子が、頑なに義経抜きで平氏討伐を進めんとし、やや混乱が生じる。
――刑者 北条義時 近衛――
――死者 三浦義村 占師――
――刑者 和田義盛 民――
――死者 藤原秀衡 共者――
――死者 巴 共者――
勝者 平宗盛、後白河法皇、藤原泰衡、源義経(狂人)
――二十三周目――
頑なに慎重だった頼朝、政子の二人も、流石に前回の体たらくが響き、しぶしぶ義経を戦場に送り出す。
そして一ノ谷。ここにはすでに、呪いに囚われた人物はいない。
そして、義経や畠山重忠は、梶原景時や北条義時の反対を押し切り、崖の上から馬で駆け下りて奇襲をかける策に出る。これが奏功し、大きな被害を出さずに平氏を西国に追い込むことに成功する。
すなわち、前々回の事故と、義経の生存が、矛盾なく描かれるようになった結果こそ、『ひよどり越の逆落とし』である。
そして壇ノ浦で毎回同じように『八艘飛び』をなしつつ平氏を討ち滅ぼし、後白河法皇のいる京へと凱旋する。
そして京で、後白河法皇と源義経が対面する。
「見事な腕であるの九郎義経。そなたには伊予守を授ける」
「ありがたき幸せ。つきましては、検非違使、左衛門尉を返上いたし、ありがたくお受けつかまつります」
そう、これは史実と異なり、鎌倉において問題の起こらぬ選択肢である。義経の知識不足を予想した罠をかわされた後白河法皇。やや不満も、それを表には出さず、雑談に興じ始める。
「して、そなたの兄や義姉は息災かの? 近頃は、そなたの出陣を執拗に拒んでおるようであったが、そなたの功高きを憂えてのことかの?」
「いえ、単に無茶の多き私に憂慮する親心かと」
「であるか。たしかに、かの二人は、数多く記憶を保つゆえ、得点が安定せず低さを保つそなたを心配するのも頷けるわい」
ここで義経、すこしばかり違和感を覚えるが、どこになのかは、少し先まで分からない。
「得点で思い出したが、そなたと共にあることの多い者、なんと申したかの?」
「梶原景時でございましょうか?」
「そうじゃ、梶原じゃ。あれも、いささか朕の見込み違いじゃったわ」
「はあ……」
ここで義経、やや舌の軽い法皇の様子から、この得体の知れない怪人の趣向をさぐらんと、頭を切り替える。
「あやつ、源氏の猪武者の中では、やや公家よりの権謀を持つように見えたゆえ、少し目をかけんとしておったのじゃが。しかしそれがかえって、あやつの立ち位置を殆うくし、何度となく選びを間違え、サイの目にも嫌われておるようじゃ。あれでは早晩消え行くのが見えておる」
「左様ですか……」
「其方も気をつけるがいい。あの陣営、今や着実に点を伸ばし始めておるゆえの。置いていかれると、いつか切り捨てられるやもしれんぞ」
「ご忠告、痛み入ります」
そう、ここで義経、その違和感の原因を理解する。この男、この呪いの遊戯に関して、あまりにも知りすぎている。義経らの知る限り、共有する限り、後白河法皇は大きく負け越している。その割には周回ごとの焦りも少ない。勝ち負け問わず、双六遊びの駒の成り行きの如く、状況を楽しんでいるように感じられるのである。
その違和感を頭に入れつつ、景時とともに鎌倉へ帰る道中。
――刑者 平宗盛――
――死者 藤原泰衡――
京の周りで話すと後白河院に悟られる可能性があるため、話を始めるのは尾張を越えたあたり。景時は記憶が安定しないが、だからこそ、その趣向がぶれずに保たれている。それゆえ、義経に対して毎回、似たような相談を繰り返す。そして義経も真摯に応える。
「先般の戦の途中でも話しておりました内容の続きですが、前回の一ノ谷のことがありました関係で、少々動きづらくなりましたな。鎌倉殿や、御台様は、誠にご心配をしておいでなだけに見えます。しかし、呪いが始まる前とは明らかに異なるご性格やご言動。それを含めましても、今の状況が正常とは思えぬのです」
「そうだな景時。それに、記憶の積み重ねが悪さをしているとはいえ、なければないで、持続的に策を練りあげることは叶わないからな。いかにすれば良いのか」
「長期的に均衡を保つ、またはずらすにしても、それができるのは、数に勝る源氏の力あってこそ、ですからな……」
ここで、考えの煮詰まった彼らには、僥倖とも言える出会いを果たす。
「もし、お二方は、源九郎様と、梶原様? でしょうか?」
「は、はい。どなた様で?」
「巴殿!」
「九郎様。お久しゅうございます。とはいえ会うたのが戦場ゆえ、この申しようが正しきかはわかりかねますが」
そう、巴は何周にもわたり、義仲の言いつけに従い鎌倉に辿り着こうとするが、何者かに阻まれてなし得ずにいた。ここでも東に向かおうとして、三河から一度諦めて引き返している道中であった。
「巴殿は、もしや鎌倉に辿り着こうとなされておいででしたか?」
「はい、九郎様。しかし何者か、否。まず間違いなく院の手の者でしょう。彼らに阻まれておりました。察しますに、お二人もある程度院に対しては警戒のご念を抱いておいででしょう。しかし義仲様は、あのお方を明確に敵と、そしてこの呪いの権化と見定めておいでです」
「権化、ですか……」
「もしかしたらある程度ご察しかもしれませんが、義仲様は、私たちがこの呪いに当てられる幾度も前、具体的には少なくとも三十回ほど前から参加しておいでとのことです」
景時、流石に驚きを隠せない。
「さ、三十回ですか!? という事は、我が君や九郎様がご参加になってからを合わせると、ゆうに五十を超えていることになりますな」
「そして、院は、その頃から、今ほどではないが、相当に慣れた様子であった、との事です。それゆえ、最初の口上もおそらく演技。もはや院は、崇徳院、もしくは呪いそのものと、相当な深さで重なり合っておいでと見ております」
「三十以上、そしてその頃から雰囲気変わらず、とすると、さらに十や二十と増えてもおかしくありません」
それを聞いた義経、あの男の持つ、他者と異なる行動の理由に思い至る。
「それがあの、自らの勝敗をさほど憂えず、半ば呪いを楽しむような、あのお方のなされようの根源ですか」
「おそらく。そして、あの男は、人同士の争いや、組織の中のいさかいを助長するような動きをすると」
「それが、巴殿が一度、木曽殿を護ったにも関わらず、結局源氏や平氏を差し向けて争わせたことにもつながるわけですね」
「ご存知でしたか。その時の私の絶望は深く、狂気の中にいたと聞き及んでおります」
「はい。義姉上からも些細を聞いております。あれは何らかの呪いの強制力であったのかとお考えでしたが……まさか!?」
そこで義経が気づいたのが、すでに義仲らが結論づけていた、あまりにも業深き、院のやり口である。その様子に気付き、巴も応える。
「……左様。あれは呪いそのものと申すより、単に院がその方向に導きたかっただけという結論です。呪いであれば、そもそも私に義仲様を護るすべを与えなければ良いだけのこと、と」
義経、そして景時、ここへ来てこの二人も、真の敵をしかと見定める。
「それほどまでとは……これまで長きにわたり、自らの権勢を守るためにあらゆる手管を尽くしてきた御仁。その業が染み付き、この呪いの中にまで持ち込んでおいででしたか……」
「はい梶原殿。そして、その権勢争いすらも、この崇徳院の呪いが成立してからは、呪いの枠組みの中で育まれ、洗練されてきたものであろうと、義仲様はお察しです」
さらに義経、院の張り巡らした罠、その蜘蛛の糸にも考えを巡らす。
「もしや院は、この呪いに囚われし者の特典を平らかに保つ事で、少しでも長きにわたり、人と人の争いを続けさせるように仕組んでおいでなのか? 院が自らの勝ち負けを置いて、執着するとしたら、そんなものくらいしか思い当たらないが……」
景時も、思考をめぐらしつつ同意する。
「九郎様、まさにその通りやもしれません。確かに源氏の数は多く、さほど労せずに点を伸ばすことはできましょう。しかし、もし院が、勝ち負けの方に執着するのであれば、もう少し一門の点数がばらけ、そして院の星取もあれほど負けに傾くことも考えにくいかと」
そして、それを聞いた義経。先頃の、やや軽さを見せた後白河法皇の言、最後の違和感にたどりつく。
「なるほど……あれはそういうことであったか」
「「??」」
「儂が院に呼ばれ、しばし話をしていたとき、私や景時の点が伸びぬことに言及をしていたのだ。私に関しては、兄上や義姉上もご心配だろう、くらいの言及だったので、さほど意味はなかったように聞こえたのだが。
なぜかそこで、景時に関して言及があったのだ。見込み違い、と」
不意に貶される景時。問いたださざるを得ない。
「見込み違い、ですか?」
「そう。そなたの坂東武者には珍しき、賢しさや慎重さ。それは院の好みに合っていたのだろう。一度は目をかけんとしていたらしい。しかし、その性がかえって命を縮め、さらに、やや運の無さも手伝って、思うように点が伸びない。そんなそなたを見て、呆れておったのよ」
「なるほど……確かに坂東のなかで、私のようなものは浮いた存在にはなりますからな。それに三浦殿のような器用な立ち回りはできておりません」
ここで、黙って聞いていた巴、突然何かに気づく。
「……あっ! これは!?」
「いかがなされましたか巴殿?」
「もしや……これは、これこそは、院の巧みな策謀に対する、一つの突破口になるやもしれません」
「むむっ?」
「ほう……確かに」
「九郎様はお気づきになられましたか。さすがでございます。左様。この呪いの輪の中で権勢を奮い続け、様々な人々の思惑を見てきた院にとって、多くの方々の動きや心持ちは、手に取るようにわかるのやも」
「でしょうな」
「それに、武門の者の考え方も、もはや何十年、何百人も見てきた故、慣れたものかと。そのような方が、『思うたほどではない』という意味。それは翻ってみれば、梶原殿の動きこそ、院の思い当たる範囲の外にあるということでは?」
「!!」
「であれば、その予想できぬ動きのまま、大きな警戒を避けつつ、鎌倉殿や政子様まで届くような策を打てれば……」
梶原景時、策の具体的な形は未だ朧げながら、その考え方については、まさに目の前の霧が晴れたかのような面持ち。
「なるほどなるほど。まさに巴殿の仰せの通りやもしれません。ならば、いかにしてそれをなすか、この道中にて些細に見定めるを、九郎様、巴殿、御助力賜りたく存じます」
「あいわかった」
「承知いたしました」
そしてその道中、詳細な策を品定めし、おおよそ出揃ったところで、難所たる大井川の手前まで辿り着く。
五月雨の影響でやや増水し、流れ早まる大井川。
そこで、これは、まことに偶然の悲劇か、あるいは人狼たる院のなしたる策であったか。共者たる義経と巴はともに命を落とし、その詳細な考察や綿密な施策も、次周に残るのはその断片のみ。
――刑者 源義経――
――死者 巴――
――そして、その報を聞いた頼朝や政子は、その後の周回で、平氏を打倒した義経が鎌倉に戻るのをためらい始める――
一命を取り留め、流れ着いた梶原景時。さらなる追撃を逃れんと身を潜めつつ、この事実だけは誰かに伝えんと、ただひたすら目立たぬよう、特に院の魔の手にかからぬ様、最大限警戒しながら鎌倉へと足を運ぶ。そして、口伝では伝え切れぬと考え、微に細に書き起こしたものも用意する。
そして、疲労の極致に至る中、なんとかたどり着いた鎌倉。そこで、すでに呪いに心を囚われかけていると見定めていた頼朝や政子、三浦義村ではなく、景時が選んだのは……
「は、畠山殿、畠山殿はおいでか?」
そう。その性格の違いに起因して、幾度となく諍いを起こしていた畠山重忠。なればこそ、かえって景時にとって、このような時には最も信頼できる男であった。
「梶原殿!? いかがなされ……」
「もはやこれまで。これを、しかとご自身の目でお読――みいただき、ご判断を……」
「梶原殿! 駄目か……承り申した」
――刑者 梶原景時――
――死者 藤原秀衡――
畠山重忠、この周回に残された時が限られているのを察する。そしてこの愚直なる坂東武者は、景時の書き置きを、余計な考察を交えずに、ただひたすら暗記することに注力する。
そして、この周回は、人狼の勝利で幕を閉じる。
勝者 後白河法皇 源頼朝 畠山重忠 三浦義村(狂人)
お読みいただきありがとうございます。




