序 ストクのノロイ とざされしリンネ
何年か前の大河を見ていて、こんなのはありそうだな、と思っていたところで、ちょうど『秋の歴史』『分水嶺』を見かけたので、思い切って書いてみました。
ありきたりにならないよう、知恵を絞ります。
祇園精舎の鐘の声 鳴るたび消え行く命は二つ
沙羅双樹の花の色 呪いの集いを静かに表わす
奢れるものは久しからず 一つずつ削られる魂
寿永二年(一一八四年)冬
四年ほど前、その父の無念と、仇敵たる平氏の専横に耐えかねる形で、源頼朝は兵をあげた。彼の軍は初戦に大敗するも、辛くも再起し、勢いを取り戻しつつあった。そこに集うは上総広常、三浦義澄、千葉常胤、北条時政らに加え、奥州藤原氏の力を借りて、新たに奥州より駆けつけた、源義経らの姿もあった。
そしてその頃京では、不確かな情報に踊らされる平宗盛や知盛といった平氏宗家や、彼らに襲いかかる木曽源氏。そして何を思うか読み解き難き表情を浮かべる、後白河法皇らの姿があった。
物語は、そんな不安定な時代から始まる。
ゴーン、ゴーン、ゴーン
――響く音、それは祇園精舎の鐘の声か――
幾人かの視界が、強い光に遮られ、そして闇に飲み込まれる。
「ん、ここは??」
「暗い、よく見えない……」
「む、あちらに灯りが。あれは桑の木?」ざわざわ
「佐殿、何が起こったのでしょうか?」
「……上総殿か。いや、なにもわからん。あのかがり火の灯のほかは何も見えん」
この場で佐殿、すなわち源頼朝を見つけた上総広常が、声をかける。
「幾人か、黒くて顔が見えぬ。見えるのは……佐殿を合わせて七、否、我も入れると八ですか」
「あれは……我が妻の政子、そして義弟の北条義時、それに九郎義経もいるか」
「「佐殿」」「兄上」
頼朝から見える顔は、
上総広常
北条政子
北条義時
畠山重忠
和田義盛
三浦義村
源義経
そして、後白河法皇
「ん?九人……上総殿、そなたは八人、と?」
「ええ。私からは、六名が黒く見えます……」
「儂からは五名。一人だが、この違いはなんなのだ……」
その場において、顔がよく見えぬものを含め、集まったのは十四名。
そして全員が、かがり火の近くに集まったその時、また一人のおぼろげな人影が、かがり火の前に姿を現した。
「ん、崇徳?? まさか、これは……」
「久しぶりだノ、後白河よ。いまは貴殿も院か」
「崇徳院……そして、後白河院……」
「黒いままですが、佐殿、あのお方は後白河院なのですか」
「ん? 政子、そなたからは黒く見えるのか。儂からは普通に見えるが……声は聞こえるのか?」
「はい」
「九郎は?」
「私からも黒く見えます。普通に聞こえます」
「ちなみに九郎からは、何人が黒く見える?」
「院を含めて、一、ニ、三……五名です」
「儂と同じか……」
「オホン、話を進めるゾ。ソナタらも含め、あまり悠長にしていられンはずヨ」
「「「……」」」
「さよウ。我こそは崇徳。正確には、その残滓であル。かの保元の乱によって、そこのクソ坊主の手によって配流とされ、八年をかけて編み上げた、そう、呪いであル」
「「「「「!!!」」」」」
――時はやや遡る――
保元の乱、後世にはこのように伝えられている。少し先の未来から振り返ると、この、それほど大きくない事件こそが、全ての始まりだったのかもしれない。誇張? 否。本当の意味で、全てと言っても過言ではない。まさに、その前と後の、歴史と時代の分水嶺だとしか、いいようがないのである。
平安時代末期、退位を余儀なくされた崇徳上皇は、その後も権力を奪還しようと企み、後白河天皇や、背後の摂関家との対立を深めた。
保元元年(一一五六年)崇徳上皇は武士たちを集め、挙兵に踏み切るが、戦はわずか数日で決着した。上皇に付いた勢力は次々と敗北し、彼自身も捕らえられる。崇徳上皇は讃岐へと流され、絶望のうちに自らを「大魔縁」と称し、怨念をこの世に残した、とされる。
そして、勝者の後白河天皇に付いた、源氏や平氏それぞれも、一門を分けて片方が生き残れば、という保身を是としない、天皇や摂関家に見咎められた。そして、それぞれが多くの一族を失うこととなり、多方面に遺恨を残すこととなった。
保元三年(一一六四年)讃岐 崇徳上皇
「……完成でス。これなら、我が血程度の供物にて、大きな効果を見込めまショウ。
かの晴明も申していたそうナ。呪いと祝福は表裏一体。得るを望み、失うを望まぬを与えるは祝福。その対価として釣り合うことこそ、真の呪いが果たされる。多くの者がそれを解することなきが故に、呪いが大きな力を発することなく、消えることがおおいト。
ならば得と失、欲と欲、希望と失望、それらを対として組み上がったものこそ、解くを労する呪い、とならン。もはやこの世をさる身、アノ後白河への恨みも忘れつつもあるのだガ。まあ良イ。ものは試しゾ。
その十三の魂よ、それぞれが望むがままの長久の輪廻と、欲するがままの力を受け取るがよかろウ。そして、その対価は我が血肉……」
――時は元に戻る――
「この呪イ、我ながらよく作れたモノでナ、カヨウな規模の呪詛、普通であれば晴明ほどの呪力や、菅原道真や平将門の死霊ほどの怨念があろうとも、容易には達せぬ域にテ。
人の業とはよくできておル。ただ一方的に災厄や祝福を与えンとすれば、多大な力を要すル。なれド、一方には長久命や財力、多幸を祝福し、一方には災厄を、となス。そしてそのいずれも、己とは関わりなき事。そうしたらノ、思うたほどの対価を要さずに、大きな呪をなすは不可能ではないのヨ」
「なんという執念、なんという機略……朕はなにゆえ、あの時勝てたのか……」
「知らぬワ。それこそ巡り合わせ、諸行無常ヨ。なればもはヤ、我には其方への感心とて薄いワ。この呪いとて、単なる戯れゾ」
「貴殿、そんなものを残して逝ったと……」ガクッ
「して、いかなる呪いにて? ここに全員を閉じ込める強大な力は、先の話と矛盾しますが」
「そなたは、最も若きものであるノ。若きは良きことゾ。そして賢しきゾ。
いや、名乗りは慎重にせヨ。話を聞いてからでも遅くはあるまイ」
「……」
「呪いはノ。ソナタらには、殺し合うてもらうのヨ」
「「「「「!!!」」」」」
「ソナタらの手元の札、誰にも見られるでないゾ。それに、中を知られるのは、ソナタらにとって致命的ゾ。黙って中を確認せヨ」
「「「「……」」」」
『勝ち負けは単純。全ての人狼が死せば、人の勝ち。狼と人が同数になれば、狼の勝ちにして人は滅ぶ。
鐘がなれば、ここに全て集まり、民は誰か一人を死に追う。そうした後、人狼は贄を選べる。それぞれ死んだら、次の鐘がなる。
民 四 特に力なし。生き残れば呪いは解け、未来へ道が開く。これはソナタの運命。他は他者の運命。
占師 一 毎回一人を指し示し、その者が人狼であるかを見透かす。生き残れば呪いは解け、未来へ道が開く。
霊師 一 最近死した者が、人狼であったかを知る。生き残れば呪いは解け、未来へ道が開く。
近衛 一 人狼に狙われし者を当てたとき、その死を免れる。自ら死せども勝てば、呪いは解け、未来へ道は開く。
共者 二 共に生き、共に死ぬ。今一人をすぐに知り得るが、片方死せば、自らも死ぬ。生き残れば呪いは解け、未来へ道が開く。
狂者 一 人の身にて人狼に味方をなす。人狼が勝てば、その記憶を二つ持ち越してやり直せる。負ければ二つ消える。
人狼 三 人ならぬ身。鐘がなり、この場に集まるたび、他者を一人ずつ、秘密裏に屠る力あり。札の下の名から選ぶ。多数決。同数ならサイの目。勝てば、その記憶を三つ持ち越してやり直せる。負ければ記憶は三つ消える。
贄 一 人にして人ならず。この場にて、狼がいずれかの死をなさしめぬ時、死す。なさしめば、民となる』
「ここにあるは十四、否、すでに人たるは十。人に変わりし狼が三人紛れておル。自覚はまだないようだがノ」
「……一人足りませぬが」
「ソナタは、先の若きの兄カ。カカカ。左様。しかしノ、そのものの定めはの、先の人狼の手によりて、程なク命を落とすことが半ば決まっておる」
「そんな事、人狼? たる札を持つものが拒めば済むこと……」
「否。そうしていれば、この火が消えて、ソナタらの腹が減るまでこのままゾ。ちなみに我に刀槍は通じぬゾ。試しても良いガ」
「……」
「進めるゾ。ソナタらは勝ち、負けが用意されておル。すなわち双六と同様の遊戯ぞ。しかし駒はソナタら自身。死なば死に、生きらば生きル。呪いを解く術は示されておる」
「これ、人狼は、勝ってもやり直しになるってことですか?」
「さよウ。だが、記憶あるやり直しは相当に有利ゾ。ちなみに、人も、必ず未来へ進まなければならぬわけではなイ。勝ちが決まったのち、その結果に不満あるものが半数を超えた場合、やり直すことも出来ル。しかし、それによって引き継がれる記憶は一つゾ。
そして、どちらも、連勝すれば記憶は累積されル。負ければ負けた分、同数減るのミ」
「つまり繰り返せば繰り返すほど、優位に立つ者が現れる、と……ですがこの殺戮の遊戯を繰り返すなど……」
「呪いとハ、そういうものゾ。人の心を蝕ミ、新たな呪いを生ム」
「して、人は人狼を見つけて討たねばならぬ、ですが、人狼は? 指名すればここで誰かが死ぬのですか?」
「否。それをせバ、現界に影響が大きく、呪いがたもてヌ。ゆえニ、指名したのち、その場にて最も違和感のない形で、そのモノが死ス。そして下手人は、不思議と罰せられることはなイ」
「表立っては疑問がなくなったか……」
「ちなみに、初回のみは、民の側の特典として、1人目の犠牲が出たのちすぐニ、この場に再結集し、誰が人狼かを論じてもらえるゾ」
「「「……」」」
「お、おい、これって……俺はどうすればいいんだよ?」
「「「??」」」
「なんだよ贄って!? こんなの、この場で死ぬのが決まっているんじゃねぇか!? 何が遊戯だ!」
「む、上総殿、まさか貴殿が、贄なのか?」
「否、書いてあるゾ。避け方ガ」
「いやいや、これは、誰かに死んでもらわねぇと、しかも、人狼とやらじゃなく、人間側の一人じゃねぇか。それに、人狼だって、まだためらいしかねぇんだろ? どうすんだよ?
よくみてみろ。民の中で、なんらかの強い力を持っているやつが何人かいる。そんな奴らを俺に代わって犠牲にでもしてみろ。例えば占師や近衛。それに共者とやらに牙が向ちまえば、同時に二人だ。
民だってそうだろ。そいつが俺の代わりに犠牲になって、誰がいい顔するっていうんだよ?」
「上総殿……」
「なあ、教えてくれよ? 佐殿? せっかくあなた様と和解して、これからいい世の中を作っていこうって時に、こんなのあるかよ? なあ、どうしたらいいんだ?」
「上総殿、考えましょう。まだ何か可能性が……」
「可能性? そんなのあるかよ!?
……あっ! まさか! これなら……」
――そのとき、全員の視界が開けた――
その日はちょうど、戦が終わり、ひとときの憩いの場であった。ちょうど上総広常、旧知の梶原景時と双六に興じていたのだが……突如。
グサッ
「か、梶原殿、なぜ……」
――死者 上総広常 贄 双六の最中、突如相手の梶原景時による凶刃に倒れる――
お読みいただきありがとうございます。
ネタとしては、思いつく方も少なくはない組み合わせかもしれません。どうにかオリジナルっぽさを出していけたら、と思いますので、そう長くはない連載の予定ですが、評価なども含めて、よろしくお願いいたします。