天罰
水音が響く。
テンが顔を顰め、エイレンが不機嫌を隠さず剣を研ぐ。……私も我慢の限界だ。
「ん、あぁ……おい、もっとおっ勃てろ。せっかく良い所までキてるんだ、ヘバるなよ」
アリジエルには世話になっている。各種情報の提供に怪我の治療、緊急事態の解決に各種交渉、ギルドの運営。コイツが居なければ今のこの居場所は無かったと言って良い。
だが、これは、無い。
「あぁ、っ、キタ、キタ、キタ──」
「……いい加減にしろ、アリジエル」
騎乗位で背筋を逸らせたアリジエルに声を掛ける。お楽しみの所を邪魔された奴は不機嫌そうに振り向くが……はっきり言ってこっちの方が千倍は機嫌が悪い。
「……何だよ、良い所だったのに」
「出ていけ、場所を考えろ、常識を持て」
どこの! 誰が! 共有スペースのど真ん中でおっぱじめるんだ!
「俺のスペースだ。文句あんのか」
「音が響く。光景が不快だ。クスリの匂いが酷い。出ていけ」
常識と言う物をどこかに投げ捨てたバカにも分かるよう要件を簡潔に伝えてやる。これで分からないようなら殺すしかない。
「小さい事を気にする奴だな……生理でも来たか?」
よし殺そう。
思い切り跳び奴の顔面を蹴りつける。直後、テンが崩れた奴の胴体に正拳突きをぶち込んだ。
見事な程アリジエルがぶっ飛んで行く。エイレンがそれを追撃し、止めに思い切り突きを放った。
奴はトレーラーの扉をぶち破り、水平に外まで吹き飛んでいく。暫く戻ってくるな、クソバカが。
「……で、どうする?」
アリジエルが腰を振っていた下に横たわる、クスリで頭のトンだ男を見下ろして言う。普通踏み込んだ人間は私の食料にするが……ここまでキメていると触れるのも嫌だ。
「放り出したら? ここまでなってたら記憶もないと思うしー」
「憶えていたら面倒だ、殺してしまえ」
「クスリ抜いて小間使いにでもしたら? 車椅子押して欲しいのよ」
ふむ。まあ、このまま返す選択は無いだろう。面倒にしかならない。かといって、使用人にするのも嫌だ。クスリは中々抜けないのだ。
「間をとって殺すことにしよう。テン、外で殴って爆散させろ」
「何で私がー。メノウがやったら良いじゃん」
「クスリにまみれた血の匂い等嗅ぎたく無い」
「かといって私に押し付けるなよ? 面倒毎はネオンだけで十分だ」
押し付け先筆頭だったエイレンから直々に拒否が入った。……弱ったな、全員が面倒くさがっている。ネオンに任せる手もあるが──まあ、うん。録な未来が見えない。
思案していると、トレーラーの扉が開かれた。懲りないアリジエルが戻ってきたかと振り向けば、間抜けな面をした眷属の姿が。
「何か有ったんですか? 随分騒がしかったですけど……」
「バカを叩き出しただけだ、気にするな。……お前、このゴミ処理してこい」
ちょうど良い、コイツにゴミ処理を任せよう。面倒な物は眷属に任せるに限る。
「えっと……ええ……」
トリップした意識の戻らない男を眷属に押し付け、トレーラーの扉を閉める。さて、これで暫くの間快適だ。
普段は飲まない高めのワインでも飲むとしよう──
「クソが! あのカス共人の事叩き出しやがって! 何が悪りいんだ、ボケ!」
あークソ、腹が立つ! こちとらまだイけて無かったってのに! 折角面もアレも良い男引っ張ってきたってのによ!
「これだからSEXの一つもしたことのねぇ連中は駄目なんだ!」
思いっきり蹴り飛ばした瓦礫が吹き飛んでいく。別に気分が晴れる訳では無いが、何かにあたらないとイラつき過ぎて世界でも滅ぼしそうだ! 全部アイツらの所為だ!
「人がヤってるとこ邪魔しやがってよぉ、クソが!」
辺り一帯手当たり次第にぶっ壊すが、まるで苛立ちが晴れない。クソが、タバコ……後酒だ。これを覆いつくすにはそれが要る。
……手持ちに金が無い。全部トレーラーの中だ。今から稼げってか、ふざけやがって。
あークソ、クソだ。酒場で適当な依頼でも受けるしかねえか。
「おいオヤジ、手っ取り早く終わって高額の依頼寄こせ」
「舐めてるのかお前」
酒場のオヤジに注文の依頼を訪ねてみればこの対応だ。客だぞ俺は。
「とっとと金が欲しいんだよ。そういうのねえのか」
「体でも売って来たら……ああ、その体形じゃ無理か」
「んだコラ、喧嘩なら買うぞハゲ」
人の体形にケチ付けやがって。確かにまあ背も低いし胸もケツも無えが……
ってか体売って金が貰えるならとっくにやってるよ。そういうのは大半アンドロイド連中に持ってかれてる。
「誰がハゲだ! まだしっかり植毛分が残ってるだろ!」
「地毛ゼロだろーが! ハゲに違わねえよ!」
オヤジの決して豊かとは言えない頭を見る。生えてるのは全部人工品だ。地毛が全く無い。
「違げえな、見た目がフサフサならハゲじゃあ無え。だからまだ俺はハゲてねえ」
「別にフサフサでもねーだろがよ。……で、本当にねえのか、そんな依頼」
本気で無いなら今からトレーラーに戻る事になる。確実に揉めるし最悪あの家がぶっ壊れる。
「……一件ある。ある、が、先約が入ってる」
「あ? 先約? どこの誰だ」
うちのギルドに喧嘩売るたあいい度胸だ。場合によっちゃあバラバラにして食費の足しに──
「十頭龍」
「……また面倒な連中だな」
十頭龍……文字通り十人の頭が動かすギルドだ。構成員は千人規模、正規軍の残党も抱えてる質的にも相当な連中。俺の他アホ四人のうちだとコト構えるにも面倒だ。
「悪い事は言わねえ、止めとけ。他の連中もその依頼からは手え引いてる。……どうせお前、酒とタバコ代が欲しいだけだろ?」
「確かにそうだがな……おい、依頼の内容言え。単純な物だろ」
オヤジが露骨に顔を顰めた。
「本気で横入りするつもりか? 俺も面倒ごとには関わりたく無いんだが……」
「幾らなんでも酒場に喧嘩売る程馬鹿な連中じゃねえだろ。良いから言え」
「……X地区地下で確認された大型兵器鎮圧。十頭龍が動く前に三つのギルドが受けて、壊滅してる。まともな情報の無い相手でな、連中は数に任せて無理矢理探ってるらしいが」
「地下の大型兵器ねえ……」
大戦期に作られた兵器はどれもこれもぶっ飛んだスペックばっかりだ。今の技術じゃ再現も出来やしねえ。精々正規軍がつま先に届いてるって位だろう。
そんな兵器共の中でも、地下の兵器は洒落にならん物が多い。そもそも戦場が地下だったんだから当然ではあるが。
「……ここだけの話になるが、その十頭龍も一回撤退してる。連中、かなり面子にキたようでな、相当執着してるぞ。横入りなんてしたら……間違いなく全面戦争だな」
「へえ、俺らの心配でもしてくれんのか?」
随分殊勝になった……と思ったが、どうもオヤジは別の事を心配してたらしい。
「逆だ。お前らが十頭龍に勝っちまう方を心配してる」
「あ? 俺らより相手に肩入れすんのか? 十年来だろうが」
「馬鹿抜かせ。アレだけデカいギルドになると酒場の大口顧客なんだよ。お前らのとこは実力があるだけで滅多に動かんからな。出してる利益も、まあ諸々の貢献度とかも十頭龍の方が遥かに上だ。そんな所を酒とタバコで潰されてたまるか」
文句があるならもう少し働け、とオヤジが言ってくる。余計なお世話だ。
「だったらおごるなり何なりしやがれ。安い物だろ」
「悪いが、働かざる者食うべからず、だ。そら、ちょっと時間がかかるがお前なら一日位で終わる奴だ。DFB地区で瓦礫の撤去作業だとよ」
めんどくせえ……討伐だの破壊だのの方が早く終わるし楽なんだよな。それに高額だし。
そもそも俺はちまちました作業が嫌いなんだ、ぶっ壊すのが一番良い。
「……せめて破壊行為で終わるのはねえのか。片付けだのは好みじゃねえ」
「四の五の言うな、好き嫌いで依頼を受けてちゃあ大成……」
オヤジの言葉を遮るように酒場の扉が強く開かれた。何やら急いだ様子で傷だらけの男たちが乗り込んでくる。
「お前ら、十頭龍の……」
どやどやとやって来た五人の男はどうやら例のギルドの連中らしい。様子から見るに……ははあん、討伐失敗でもしたな?
「クソ……破壊は失敗した。最悪だ……」
「……お前らで駄目か。……次の目途はあるか?」
「……無い。今のギルドの戦力でアレの破壊は不可能だ」
どうもギルドの頭の一角らしい男が苦々しい様子で伝える。そりゃまあ悔しいだろうな、一回やられてそのリベンジも失敗、おまけに根本的に不可能だって認めなけりゃなんねえんだから。
あー気分が良い。人が大失敗するところは下手な酒より酔えるぜ。
「弱ったな……十頭龍で駄目ってなると……」
ちらり、とオヤジがこっちを見てくる。俺は思いっきりいい笑顔でサムズアップを返した。
「さーて、小遣い稼ぎだ」
超音速で空をぶっ飛び目標へと向かう。この速さだ、目的地まで物の一分とかからない。
あっという間に見えてきたソレに向かって……俺は、体当たりを慣行した。
途轍もない轟音が響き、それより速く衝撃が周辺一帯を吹き飛ばす。例え地下数百メートルの核シェルターだろうとぶち抜く俺の体当たりだが……どうも、例の兵器には小突かれた程度のダメージしか無いようだ。
「はっ、そうでなくっちゃあ面白くねえ!」
兵器の見た目は……カニ?
ちょっとした小山位のサイズと、鋏の代わりに大砲が据え付けられているが……シルエットはカニだ。横に四本づつある足に、やたら四角い胴体。……見れば見るほどカニだ。
だが、カニなのは見た目だけらしい。
突如そいつが前進する。サイズに似合わない機敏な挙動は、巨体と相まって足の先端が衝撃波を発生させる程理不尽な速度だ。
厄介なのは機動力、となると──
「まあ、手っ取り早く足でももがせて貰おうか!」
振りぬいた剣がカニの足に食い込む。……硬ってえ。斬り飛ばすつもりで振ったんだが。
まあ良い、一回で駄目なら何回もやるだけだ。
幸い足先の速度は俺より遅い。回り込んで斬るだけなら大して難しくないが……流石に、それを見過ごす程間抜けな作りでも無いらしい。
こちらに照準を合わせた大砲が轟音と共に放たれた。一応注意していたのも有って防げたが……中々の威力だ。
俺の背が百四十か五十でその倍はあるから……口径三メートル。まあ大体の物は粉微塵だろう。更に言えば音速挙動をしている俺を狙い撃つ精密性と速度がある。
つまり──なんの脅威でも無い。
「どうしたどうした! その程度かあ!?」
叩きつけ続けていた剣がやっと足の一本を斬り飛ばした。とんだ鈍らだ、わざわざ上から持ち出したってのに。これじゃ鈍器と見分けがつきやしねえ。
ギャリギャリと嫌な音を響かせてカニが旋回する。足を斬り飛ばされたせいで速度に異常が出たらしい。こっからの狙いは斬り飛ばした右側に集中だ。
砲撃を弾き右足の一本へ再度斬りかかる。やたら硬い事は分かっている、なら今度は──加速も込みだ!
「おらああああああああああああああああ!!!!」
一瞬引いて加速距離を取り、速度も合わせた剣を思いっきり叩きつけた。が、これでも半分までしか食い込まない。……十分!
食い込んだままの剣に蹴りをぶち込む。一撃、二撃……三撃!
バキン、と音が響いて二本目の足が切り離れた。ったく、手間かけさせやがって。
響いていた異音が益々大きくなり、カニの旋回が加速する。足の本数差が大きくなっていよいよつり合いが取れなくなっているようだ。ただ……これ、めんどくさいな。
グルグルでけえのが回ってるせいで近寄り辛い。そのくせついてる大砲は大して変わらない様子でこっちにぶっ放してきやがる。防いじゃいるが、もろに喰らったらそれなりに効くんだ、厄介な。
速いうちに片っぽの足吹っ飛ばして動き止めねえと時間を食う。タバコもヤクもキメてねえせいでさっきから頭が痛てえんだよ!
「とっととくたばれガラクタが!」
剣に更なる力を込めて振りぬく。光を強めた剣が気持ち深く切り込んだ……のか?
ええい、役にたたねえ。素手とどう違うってんだ!
両手で握り込んだ剣を矢鱈滅多に叩きつける。相変わらず大して切り込んではくれないがもうこのポンコツに期待するのは止めだ。信頼出来るのは自力のみ。
降り注ぐ砲弾の雨を弾き、防ぎ、反らす。その度に攻撃の手を止めないといけないのが鬱陶しい。
それでも何十回と叩いていると、ようやく三本目がちぎれ飛んだ。それに合わせて、カニの旋回が不安定になる。
「更に狙うのが面倒になりやがったな……」
飛んできた砲撃を弾き、ぐわんぐわんと不規則に回るカニを見据える。こうなると追って足を斬るのも面倒だ。
「しゃーねー、疲れるが……槍にするか」
剣を収納し、長物──槍を取り出す。俺の力に反応して輝きを増すそれは、中々の体力を消耗する。
……何が聖槍だ、呪いの品じゃねえのか?
手の中で槍を回し、標的を見据えて最速で突っ込む。散々体力吸ったんだ、その分位は働きやがれ!
「っ……しゃおら!」
甲高い音を響かせて最後の右足が付け根から吹き飛ぶ。同時に、轟音を立ててカニの巨体が倒れ伏した。ガシャガシャと反対の足が動いているが、地にめり込んだ胴体を動かす事は出来ていない。
「あー、疲れた……まあ、これで後は煮るなり焼くなり──」
砲撃が飛んでくる。ええい、鬱陶しい。殴り返した弾が砲台にあたって粉砕した。……先に壊しときゃよかったな。
「どうにでもしてやらあ」
思いっきり蹴りを叩き込んで胴体にヒビを入れる。が、同時に俺の足に飛んでもない衝撃がかかった。じいんと嫌な痺れが返ってくる。
ああクソ、どんな硬さだこのガラクタ。
苛立ってそのまま何発がぶん殴るが、手が痺れるだけだ。武器を使うか加速を付けないとまともにダメージが入らん。バカだろ、この硬さは。
……まあ良い、どれだけ硬くてもこの状況ならどうにでもなる。取り合えず剣で斬りまくってスクラップだ。
「そーら、とっととぶっ壊れろ!」
手当たり次第重要そうな場所へ剣を叩きつけまくる。手が痺れる程硬いがもう槍を使う気にはならない。と言うか、この硬さだと体力の消耗に見合う成果が得られそうに無い。
あー、頭が痛い。手の振動でもっと痛くなってきた。さっさとこの鉄くず解体して依頼終わらせねえと──
右腕が付け根から吹き飛んだ。
……あ? 何だ、何が起きた?
飛んだ右腕が宙を舞う。それが落ちる前に、次の攻撃は来ていた。
「っ! 何だ何だ一体よお!!」
視界に入ったそれを剣で弾く。手ごたえが軽い、跳んで逃げられた?
「人の右手を斬り飛ばしやがって……ゴミ屑が」
拾った腕を切断面に押し当てる。一瞬で癒着するが……クソが、鉄くず風情が誰の体に傷つけてんだ。
姿を見せたそれを恨みを込めて見据える。見た目は……円盤?
どうも大戦時代の攻撃用ドローンらしいが……何だ、体当たりでもさせてたのか?
どう見ても円盤にしか見えやしねえし、その縁も剣みてえに鋭い。それで俺の右手を切断したらしいが……ふざけんなよ。
「スクラップにしてやらあああああああ!!!!」
突っ込んできた円盤に向けて思いっきり剣を叩きつける。鈍らだが、一応ゴミを止めるくらいは出来るみてえだ。なら、後はどうにでもなる。
止まった円盤に向けて抜き手を放つ。大した厚さでも無い、あっさりと貫けた。……火力と機動性はある。が、それ以外がゴミだ。こういうのは数を揃えて効果が出る物だが──
ぶっ壊しているカニの内側で何かが光った。
振り向けば、これと同じドローンが……あー、幾つだ? 千? 万? ……黒雲みてえな数がブンブン飛んでやがる。
「……上等だよ」
翼をはためかせ空へ飛ぶ。こっちを追ってふざけた数のドローンが群がって来た。
一機一機が俺の体をぶった切る威力。集中してねえと見えない速度。その代わり、耐久力はゴミ同然。……あー面倒くせえ!!
「纏めてゴミ処理だコラ!」
剣を広げる。炎をそのまま握りこんだように揺らめくそれは、意のままに広がり動き、大量のドローンを飲み込んだ。
が、今尚カニの内側からバッタの群れみたいにドローンが沸いて出てきている。おまけに、それ以外の兵器も姿を見せ始めていた。
あのカニ、兵器の格納庫かなんか……いや、機動要塞か何かか? 何をどれだけ乗せてんだ、国位なら落とせんじゃねえのか。
……だがもうどうでも良い。ゴミはゴミ箱、鉄くずはスクラップだ!
「くたばりやがれええええええええええええええ!!!!!」
薙ぎ払った剣がドローンを消し飛ばす。振るった槍が球状の戦車を貫いた。同時に、デカい攻撃の用意をする。
かなり疲れる上に面倒、時間もかかる一撃だが……もう限界だ、何が有ろうとこのゴミ共を処理して酒とタバコをキメねえと頭が割れる!
頭痛が酷い、手が震える、視界がグラグラしてきやがった! これだから禁酒は嫌なんだ!
四方八方から集ってくるドローンを焼き尽くす。なにやらこっちを狙ってきた砲撃を蹴り返しレーザーを羽で防ぐ。槍で貫き剣で焼き拳でぶっ壊し蹴りで抉り頭突きで砕き剣で殴り槍で殴り拳で殴り殴り殴り殴殴殴殴殴殴殴──!!
用意、完了。
鬱陶しいゴミ共、やかましい鉄くず、無駄に硬てえ粗大ゴミ。全部終わりだこの野郎が!
「天罰でも食らいやがれ」
光の柱を投げ落とす。正真正銘の天罰だ、地上で受けられる物は無い。
光が落ちる。
それはゴミの群れを一瞬で蒸発させ、カニ本体を消し飛ばし、更にその先のコンクリの地面を貫き、岩盤も焼き、地の底まで届く大穴を作り上げた。
……あー、スカッとした。
「おらオヤジ、終わったぞ。金寄こせ」
「ああ、それは払う。その前に……お前、何やった?」
オヤジが呆れた様子でこっちを見てくる。
「あ? 依頼の通り面倒なゴミ粉微塵にしただけだが」
「底が分からん大穴が空いてるっつう報告が入ったんだが!? 居住区も近いんだぞ! 何か起きたらどうしてくれるんだ!?」
「知るかよんなもん。また依頼出せば良いだろ」
どうでも良いことでごちゃごちゃ言いやがって。ゴミはゴミ箱にぶちこんだんだ、底が抜けようが知ったことか。
「苦情が山ほど入って来てやがる、返金騒動になりかけたぞ……」
「酒場に立て付くなら消しときゃ良いだろ。誰も文句言わねーぜ」
そう言うとどれだけ手間が掛かると思ってんだ! とオヤジが怒鳴って来やがった。うっせえな、俺が知るか。
「とりあえず規則だ、規定の料金は払うが……もう少し常識で考えろ、全く……」
「んな下らねえ物誰が気にすんだ、そら、早く寄越せ」
オヤジが嫌そうに金を渡してくる。念のため確認してみたが、しっかり規程量だ。
「人の目の前で金を数えるなよ……」
「こんなどうでも良い事気にする質じゃねーだろハゲオヤジ。イカサママナー講師かお前は」
誰がハゲだと言ってくるオヤジに手を振って酒場を出る。さーて、酒とタバコとクスリを買ってついでに男も買ってくかー!
「……で、どうしろと?」
「お前らのとこのだろ。責任位取ってくれ」
酒場のマスターがため息交じりに言ってくる。が、私だってこんな馬鹿の巻き添えはごめんだ。折角今日はゆったり出来ると思ったのに。
「……乱交騒ぎを引き起こしたクソの責任取り等したくないが」
目の前の狂った光景に嫌気がさす。安場の売春窟でもこうはならないだろう。
そこら中に服を脱ぎ捨てた男女が転がっている。中にはまだ局部同士が繋がっている物まで。様子から見て誰もかれもが酒以上にクスリをキメているようだ。
余程飲んで打ってを繰り返したのか、転がっている全員に意識は無い。……キメ過ぎて命が無いのも何人かいるようだが、どうせならアリジエルが死んで欲しかった。
で、騒ぎのきっかけになった馬鹿は肉の中央に全裸で大の字になっている。周りより遥かに酒もクスリもやっているようだが、寝ているだけでピンピンしているのは種族の特性故か。
「一応酒場の規定で禁止には成っちゃいねえがな。普通、ヤルにしても隅の方で間抜けな奴がおっぱじめる位だ。それをまあコイツ、報酬で回りに酒もクスリも奢って全員トバシやがった」
ある意味才能だな、とマスターが呆れて言ってくる。こんな才能持ち要らん。
「……事情は分かった。その上で、だ。この馬鹿をうちのギルドから除名してくれ。それでコイツとは金輪際関わり無しだ」
「悪いがその手続きにはギルドの成立手続きをした奴が必要だ。所謂ギルドマスターだな。で、お前の所のギルドマスターは……」
グイ、とマスターが親指で背後を指した。……潰れている、アリジエルを。
「……ギルドマスターが死んだ場合手続きはどうなる?」
「登録されてる次席に権限が移動する……おい、殺しなら外でやってくれ」
「心配するな、馬鹿の首を捥ぐだけだ」
やたら頑丈な奴の事だがこの状況なら十分捥ぎ取れるだろう。駄目なら最悪首をへし折る。
「それが問題なんだが……取り合えずせめてそのアホ引き取ってくれ。掃除代は素面に戻ってから請求する」
「こいつに素面の時があるのかは兎も角……まあ、そのくらいなら構わん」
ぶっ倒れたままのアリジエルを持ち上げる。同時に股座から白濁液が垂れてきた。……殺してやろうか、コイツ。
湧き上がる殺意を抑え、全裸の馬鹿を布でくるむ。大事なマントを汚されたら大変だ。
「それじゃあ、迷惑を掛けたな」
「心配するな、その分の金は取る」
掃除用のロボットに倒れた連中を運ばせながらマスターが言ってくる。……この人間も中々逞しい。
「う、あ? あー……どこだ?」
「地獄への道中だ。大人しくしていろ」
「……あ、メノウか。なんだ」
「何だとは何だ、溶鉱炉に沈めてやろうか」
布に包み袋詰めにしたままのアリジエルを揺らす。これ以上私の神経を逆撫でしたら本気で沈める。
「それじゃ死なねえよ……おい、もう運ばなくて良いぞ、自分で歩ける」
言うなりアリジエルが袋から飛び出した。くるりと空中で一回転し、ふわりと地面に着地する。
相変わらず背中の翼は純白に光り、頭上の光輪も輝いている。……納得いかん。
「貴様、そんなでもまだ資格があるのか?」
「生憎、そう簡単に堕天なんてするものじゃねえよ。クソッタレな事にな」
心底嫌そうにアリジエルが言い放つ。そんなに天使である事が嫌なのか。
「別にわざわざ堕ちる必要も無いと思うが」
「気分の問題だ。俺は二度と天界なんぞに戻りたくねえ」
そう言ってアリジエルは唾を吐き捨てた。汚い。少し奴から距離を取る。
「何でも良いが……いい加減にしろよ、本気でな」
「あー分かった分かった、小せえ事でいつまでもぐちゃぐちゃ言うな」
「ぐちゃぐちゃにしてやろうか?」
駄目だ、コイツとは性が合わん。と言うか、コイツはコイツ以外の誰とも合わん。……何なら自分同士で対面しても仲が悪そうだ。
兎も角、そろそろ拠点のトレーラーだ。それで馬鹿のお守りからも解放……何だあの煙は。
「あん? 煙?……なんかあったか?」
「火の不始末……は無いな。あの二人は火を嫌う。そもそも滅多に着けん」
じゃあ何だ、と急いで向かう私たちの目に飛び込んだのは……何やら煙を吐き続ける巨大な装置であった。これは……焼却炉か?
「あ、帰って来た」
「遅かったな」
「馬鹿のお守りに手間が掛かった」
何やら焼却炉の前に残っていた三人が全員集合している。何なら眷属も居た。
「何だこりゃ。何に使うんだ?」
「んー、眷属君が渡されたやつの処理に困っててさー。色々やってたんだけど、他の事にも使うゴミ捨て場が欲しいって事になって、複合型の焼却炉を作ってたの。で、今さっき完成した」
「聞いて無いぞ……」
「言っていないからな。まあ、言っていたとしてもワイン飲んでたお前には届かなかっただろうが」
……まあ、そうだろうな。ワインを飲んでいる時に外野から話しかけられたら間違いなくキレる。
「凄いのよこれ。何でも燃えるわ。見て、ガラスも鉄も全部蒸気に変わっちゃうんだから」
ネオンが燃え盛る焼却炉へ向けて、ガラス片や鉄の塊を投げ入れる。瞬間、水の蒸発するような音と共にそれらが掻き消えた。
……成程、便利だ。人間もこれなら優に処理できるだろう。
「皆さん不要な物とかありますか? こっちで全部燃やしておくので……」
「お前、と言いたいが……まあ、ゴミ処理は行ったんだな? ……なら最低限生かしておいてやる。有用で無いなら直ぐ処分するが」
ペコペコとやたら腰の低い眷属を脅していると、トレーラーの中から色々と持ち出されて来た。
エイレンが大量のインスタントフードの空、テンが防腐液を入れていた点滴、ネオンが……なんだあのガラス玉。
各々がスペースに溜め込んでいたゴミを焼却炉へと放り込んでいく。私も、割れたボトルやグラスが幾つかあった筈だ。この機会に全部──
「せい」
アリジエルが何かを放り込んだ直後、辺り一帯に嫌な匂いが立ち込めた。
「おい、お前今何を入れた?」
「あ? 使ったけど微妙だったクスリとか注射器の余りとかだが」
「あれ、その位なら成分までしっかり燃やす筈なんですけど……水に浸けたりしました?」
眷属が焼却炉を弄りながら聞いてくる。おい、速くなんとかしろ、私はこの匂いが大嫌いだ。
「浸けたも何も、俺は基本注射で打つからな。微妙だったのは大抵液体のままだぜ」
「……あー、だとしたら暫く成分の残った煙が出そうですね」
ふざけるな。こんな匂いを暫く嗅ぐだと?
「何とかしろ、眷属」
「すみません構造上無理です」
「別に良いだろ、この程度。いっそお前もキメたらどうだ?」
アリジエルがけらけら笑いながら言ってくる。そもそも誰のせいだと……
「そーら追加だ!」
「ふざけるな死ね!」
焼却炉に更なる量のクスリをぶちこんだ奴を背後から蹴り飛ばし、焼却炉へと突き入れる。同時に直ぐさま蓋を閉じた。
「おい眷属、今すぐ温度を上げろ! 最大火力だ!」
「え、ええ!? 良いんですか!?」
「やれ!」
轟々と炎が燃え盛る。鉄もガラスも蒸気に変える温度だ、焼かれて反省しろ。
燃やされるアリジエルを見てテンがばか笑いを響かせる。つられてネオンも笑っていた。その様子に、エイレンが抱えた頭から溜め息を吐く。
とりあえず、私も奴を迎え撃つ準備はしておこう。
アリジエル
かつて天界を脱走した天使。元々は人類の救済等を担当していたが、身内での争いを繰り返し何度となく自滅を繰り返そうとする人類その物に嫌気が指し地上へ逃走。以後、完全にやさぐれてあらゆる悪徳行為へと耽るようになる。
ギルド、Apocalypse. Monstersの創設者にしてギルド最強戦力。単純な戦闘力であれば彼女以外の全員を合わせても尚上回っている。
各種交渉や情報収集は行える人員が居ない為、現状彼女一人が行っている状況。ただ、彼女は余りその状態を苦にしていない。
酒場
文明崩壊後の現在、正規軍と並んで秩序を保つための組織。
各種ギルドの認可、依頼の管理及び整理、正規軍との交渉等、人類が生きる為の多大な役割を担っている。
酒場自体は中立を謳っているが、実際の所現在地球に存在する戦力としては最大級の物を有している。最も、正規軍や乱立するギルド類と交渉する為には必要な物だが。
TT-000 キャンサー
大戦期に建造された戦略級多脚起動要塞。
スパイダーの運用方針を更に徹底化しており、極めて頑強な装甲と音速を超える速度により敵防御線を突破、敵首都や重要拠点へ大規模な戦力を投射する運用をされていた。
内部には攻撃型ドローンや戦車、爆撃機、戦闘機等自立兵器が多数搭載されており、確実に目標の完全制圧を行えるようになっている。
Apocalypse. Monsters
アリジエルが主導し打ち立てたギルド。構成員五名と極少数ながら、最大級のギルドですら二の足を踏む高難易度依頼を達していく実力を有する。
一人一人の圧倒的な戦闘力は酒場や大手のギルドでは有名であり、そこまでの力を手に入れた手段を探る者も多い。
実態は全員が人外の規格外存在。ギルドそのものが時代の進歩で居場所を無くした人外の為に創られている。




