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ノスフェラトゥ

 扉を開いた途端、騒々しい空気が出迎える。同時に、強い酒とクスリの匂いが鼻を突いた。

 思わず顔を顰めてしまう。この匂いだけは何度嗅いでも慣れはしない。


 カンに障る臭気を出来るだけ意識しないようにし、依頼の並ぶ掲示板へと歩み寄る。さて、高額な物は……あった。

 張り出された用紙を剥ぎ、酒場のカウンターへと向かう。テーブルの向こうでは、やや頭部を薄くした男……酒場のマスターが椅子に座って雑誌を読んでいた。


「……この依頼、受けるぞ」


 張り出されていた用紙をカウンターに差し出し、マスターへと渡す。ちらりとこちらを見た男はぶっきらぼうに呟いた。


「契約金は?」

「ほら」


 投げ出された現金1000G。それを確認し、マスターがOKのサインを出した。

 同時に、こちらの端末へと位置情報が送られてくる。今回の依頼の標的の情報だ。


「あんなガキがアレを受けるのか? 冗談じゃねえ」

「馬鹿抜かせ、()()()()()の連中だ。むしろ適任だろうよ」

「見かけからじゃ信じられねえがなあ」

「見かけ通りじゃないんだろうさ。よっぽど性能の良い義体でも使ってるんだろう」

「下手したら全身そうかもしれねえぞ? そうなるとわざわざあんな見た目をしてるって事になるが──」


 酒場の喧騒を振り切って店を出る。クスリとアルコールで頭をやられた連中の言葉にはうんざりする。

 とは言え、外も外で私には厳しい。色々と対策を取ってはいるが、元々この状況で生きられる体ではないのだから。

 日光を睨み、はあ、とため息を吐いて歩き出す。依頼の期限は後二日。余裕はあるが、別にだらだらやるつもりは無い。こちらも予定がある、早く済ませるに越した事はないだろう。


「場所は……HD地区、223番、武装勢力の討伐」


 内容としてはごく単純、近隣に居座った厄介者を追い出してくれと言う物。問題はその金額である。

 契約金1000G、成功報酬250000Gは内容に反した超高額だ。そして、この高額で放置されていたことから依頼の難易度が伺える。


「……裏取りはしておいた方が良さそうだ」


 端末に番号を打ち込み、仲間の一人へと電話を掛ける。直ぐに繋がった通話の向こうから、いつもの気だるげな声が聞こえた。


『……何?』

「調べて欲しいことがある」

『酒とタバコ、あとクスリ』


 ……酒は、手持ちの物が有る。が、タバコとクスリは持っていない。


「……酒は私のスペースに置いてあるのを呑んでも構わない。けど、タバコとクスリは持ち合わせがないから、後で良いか?」

『お前の薄い酒なんか呑むか。……後で良いから、60以上の買って来いよ』


 ……予想外の出費だ。まあ、コイツに私のワインを呑ませるのも癪ではある。度数だけの安酒で済むなら、むしろお得だろう。


「分かった。で、調べて欲しい事だ──例の酒場の、HD地区の討伐依頼。相手の武装勢力について調べてくれるか?」

『……HD地区の武装勢力……あー、お前アレ受けたのか』


 割と有名だぞ、アレ、とゲラゲラ笑いが聞こえてくる。電話越しなのに酒の匂いが伝わってきそうだ。


『イカレたジャンキーの集団なんだけどよー。どーも正規軍の残党が合流したらしくて、技術も装備もレベルが違う。そいつらが居着いた当時に腕利きが何人も討伐に向かって、皆殺しにされたって有名なやつだ』


 ……そんなに有名なやつだったのか。そういえば、酒場でも少し話に上っていたような……アレ、これ思いっきり無駄な出費か?


『そいつら自体30人は超える大所帯だ。さっきの事考えると、それこそどっかのでかいギルドが本腰入れて動く必要があるな』


 まーやるなら注意しろよー、と言って通話が切られ……直ぐにかけ直しが来て、頼んだの忘れんなよ、と釘を刺してきた。

 ……痛い出費だ。避けられたと言うのが腹立たしい。

 とは言え、酒場にいるようなクスリ塗れの連中と話す気にはなれないが……そう考えるとこれは避けられない出費だったのかもしれない。


「……はぁ」


 酒は兎も角、クスリとタバコが問題だ。タバコは単純に高く、クスリは安い物を買うのには伝手がいる。

 目的地に向かう傍ら、安そうなタバコとクスリを探してみるが、出てくる情報はどれもこれも裏がありそうな物ばかり。現地受け取り限定で10G! なんて、そもそも引っかかる奴がいるのだろうか。

 ……いや、寧ろ騙された体で行って強奪するのも有りか? こんな事言い出す連中が持ってないとも思えない。上手く行けばタダで全部手に入る。

 と言うか、奪う事を前提にするなら──今回の依頼で全部手に入らないか? 相手はジャンキー、クスリは間違いなく手に入る。酒やタバコも、クスリと一緒に使う奴は多い。纏めて手に入る可能性は高いだろう。


「これは……思ったより運が向いてきたか?」


 たん、と地面を蹴る。口元には自然と笑みが浮かんでいた。




「ああ……やはり運が向いている」


 市街地の外れ、荒れた大地に廃材の山で組み上げられたシェルターがそびえて居る。アレなら、内部で多少暴れても崩れない──完全に屋内で戦う事が出来るだろう。

 相手としては堅牢に作ることで外部からの襲撃に備えたのだろうが、乗り込む気満々の私からすればメリットしかない。

 とは言え、問題はある。

 まず第一に見張りが居る事。今隠れている場所から出入口まで500m程だが、そこに入る迄に間違いなく五人の見張りの誰かに見つかるだろう。

 一応見つかってもごり押しは出来るが……出来れば屋外で戦いたくは無い。この辺りは上手く屋内へ入り込む手段を考えないといけない。

 第二に、相手を取り逃がす可能性が有る事。シェルターの内部構造が分からない以上、内部で迷う可能性も脱出用の裏口が用意されている可能性もなんでもある訳だ。そもそも、地上に見えている縦横10m程の大きさで全てかも分からない。場合によっては地下に広がっている事も考えるべきだろう。


 この二つの問題を解決する手段。それは──


「超高速で襲撃を掛ければ良い」


 そう呟いて、私は()()()()()()()()()()()()



「!? 何が起きた!?」

「襲撃か!? どこから──」


 見張りの混乱が収まる前にもう一発。人間大のコンクリート片を投げつける。それは上手い事複数人の見張りを巻き込み、シェルターに突き立った。

 さて、ここからは時間との勝負だ。

 物陰から飛び出し入口へ向けて走る。途中、生き残っていた見張りを蹴り飛ばし肉塊に変える。残り100、50、0──思い切りその場を跳び退る。

 直後、目の前を巨大な何かが叩き潰した。


「襲撃だっていうから来たけども……なんだあ、女一匹かあ?」


 2mは超える長身、筋肉に覆われた太い体、そして、その体より巨大な──なんだアレ、棍棒?

 いや、もう本当に何なのか分からない。シルエット自体は棍棒と言うしかないが、鉄の塊からは大量の配線が飛び出、男の右腕と繋がっている。

 おそらくは人工筋肉の出力を引き上げる外部パーツか何かなのだろうが……まさかそれ自体を武器にするとは。流石ジャンキー、発想のネジがトんでいる。


「ちっせえなあ、使えそうに無えなあ……潰しちまうか」


 振るわれた棍棒をギリギリで回避する。見かけによらず滅茶苦茶早い。当たらずとも、風圧だけで体が持っていかれそうになる。

 そして当たれば……今棍棒の軌道にあった瓦礫と同じようになるだろう。つまり、粉々だ。


「ちょこまかすばしっこいなあ! とっとと潰れろよぉ!」


 出鱈目に振り回される棍棒を避け、距離を取る。弱った、あの男が居る限り建物の中に入れない。

 これ以上外でやりあうのは避けたいが……さて、どうするか。


 力では最悪勝てる。問題は、体の耐久性だ。アレを受け止めても身が持たないだろう。こんな外で動けなくなるのは、それこそ最悪である。

 強行突破して内部に入る、と言うのも無理そうだ。男の頭が悪いのか、それとも逆に良いのか……奴は建物の入り口から動こうとしない。あの位置だと棍棒を振るうには建物が邪魔になるだろうに。

 ……さて、どうするか。


「……上手い事手と足だけ潰せば使えるかあ? 穴は開いてるだろうからなあ」


 性欲に脳のやられた男を無視して、私は瓦礫を持ち上げる。三度、私はそれを投擲し──今度はあっさりと砕かれた。


「お? 野球か? いいぜぇ、得意なんだ。ババンバーン、プアーババンバ」


 四度、五度。投げた瓦礫は男の棍棒に砕かれる。バッター気取りなのか、奴の口ずさむ調子っぱずれな歌が鬱陶しい。

 いよいよ面倒だ。もう良い、多少のダメージは無視だ。

 タン、タンと地面を踏みしめ……思い切り蹴る。狙いは正面、男の背後にある入口──


「そうらっ!」


 振り回されていた棍棒が体を捉え……思い切り、私を()()()()()()()()()()()


「……おー、当たった。やったぜ」


 奴は棍棒を出鱈目に振り回している。上手く突っ込めば、飛ばされる先が建物内にするよう調整する事も出来る。

 代償は砕けた全身の骨。打撃だったので来ている服──ボロ布紛いの安物と、大事な黒マント──は、まあ無事だ。補修位は必要かもしれないが。


「生きてるかー? 死んでるなら使えるかー?」


 こちらへと男が近寄ってくる。クスリでトんだ性欲のはけ口にされるのなどまっぴらごめんだ。()()()()()()、私は男を睨みつけた。

 ──やっと屋内だ。


「生きてるなあ……まあ、じゃあ、右腕から──」


 男が棍棒を振りかぶる。あまり広いとは言えないこの場所で。見れば、思い切り棍棒が天井に擦っている。振り下ろせば、建物内をかなり破壊するだろう。

 ……まあ、こちらに()()が降り注ぐ程でもないだろうが。


 ズドン、と鈍い音が響く。振り下ろされた棍棒は、天井を抉り、狙い過たず私の右腕を直撃した。誤算があるとすれば……


「え? あれ? おまえ……」


 私がそれを受け止めた事だろう。動揺した男が棍棒を引き戻そうとするが──流石にもうさせん。

 

「う、動か──」

「……どうした、その程度か?」


 顔を真っ赤にして力を籠める男だが、この状況なら私の膂力の方が遥かに上だ。掴んだ棍棒をゆっくりと男へ向けて押して行く。

 徐々に、徐々に腕を傾け、男の体を押し下げて行く。

 折りたたまれるように姿勢を下げていく男の顔色が、ようやく赤から青に変わった。


「え、あ。ええ? そ、そんな、俺、死──」

「ああ、そうだな。さようなら」


 地面に膝を着き、私を見上げる形になった男へさらに力と、勢いを籠めて腕を押し込んだ。

 ぐちゃ、と肉の潰れる音が響き──直後、ドパンと破裂した。辺りにやや心地よい匂いと……それ以上に不快なクスリの匂いが充満した。


「……一体どれだけキメていたんだ。()()()()()正解だな」


 周囲一帯を覆う赤から視線を切り替え、建物の奥へと向かう。そこからは煩わしい騒ぎ声が絶え間なく響いていた。

 ここからでも匂う酒とクスリに嫌気がさすが、なに、この後の光景を思えばそれだけでも少しやる気が湧いてくる物だ。




「撃て、撃ち続けろ!」

「幻覚か……!? 畜生! 畜生!」

「どうしたどうした、その程度か!」


 銃弾が体を突き抜け、チェーンソーが体を斬り裂く。その全てが、映像を巻き戻すように癒えていった。

 

「糞、糞、糞ガッ!?」

「一人」


 クスリに染まった頭を捥ぎ取り、構える。


「何で! 何で死なねえんだよおおをッ!?」

「二人」


 それを投げつけ、二人目の頭を爆散させる。


「嫌だ、嫌だあああ──」

「三人」


 逃げ出した三人目を叩き潰した所で辺りが静まり返る。大勢が集まり混沌とした喧騒を作り上げていたホールは、今や私によって支配されていた。私を見ている瞳は一様に恐怖の色を浮かべ、この後の事を想像したと思わしき表情は蒼白に染まっている。

 ああ、気分が良い。


「さて、どうする、諸君。逃げるか、立ち向かうか、命乞いか……まあ結末は決まっている。思い思いに振る舞うといい」

 

 手近な一人の頭を握りつぶして言い放てば、その瞬間、どっと先ほどまでに倍する喧騒が沸き起こる。

 だが今回は先刻までとは明確に違う。支配者は私、中心は私。私こそがこの場の絶対者だ。

 その事実に笑みを浮かべながら手当たり次第に血飛沫を作り上げていく。上がる悲鳴、乱れる鮮血。どれを取っても素晴らしい。……血がクスリ臭いのはやや難点だが。


 はあ、と光景唯一の欠点にため息を吐き逃げ回っていた最後の一人を壁に叩きつけ染みに変える。今のでシェルターに入ってから二十人目。着かず離れず追い回していた内に、随分建物の奥まで来てしまった。

 とは言え悪い事は特に無い。大抵リーダーは奥深くに居る物だ、何ならそろそろ出てきてもおかしくない筈だが……

 そんな事を考えていると唐突に部屋の壁が開いた。バタバタと響く音を聞くに、ここ以外でも同じような事が起きているのだろう。

 そして、あっという間に辺り一帯の部屋が繋がり、一つの巨大な空間となった。


「ようこそ、無謀なる討伐者」

「……お前が親玉か?」


 空間の端には、妙に豪勢な椅子とそれに座った優男。そして、その前に跪く何人もの女……そして、男を護衛するように立つ二人の女。

 この二人、明らかに別格だ。表情の薄さ、生物的な気配の無さ……アンドロイドか? 事前の情報からすれば、軍用……外装を慰安用に変えているのだろうが。


「一応ね。ま、それも今日までさ。馬鹿な連中なりに使えたんだけど……ここまで減らされたら役に立たないし──何よりもっと優秀なのが手に入る」


 男の言葉が終わると同時、跪いていた女たちが一斉に立ち上がった。そして、こちらへと銃を向けてくる。その数、十二。


「……見かけで油断でもすると思っているのなら心外だな」


 気配からしてアンドロイドと言う訳じゃないだろう。恐らくは戦闘用のサイボーグ、それも軍の技術を用いられた。


 響いた銃声が思考を打ち切る。先ほどまでも連中が使っていた物とは比べ物にならない超高火力。一発一発が私の体を爆散させる代物が雨よりも多く降り注ぐ。流石に、これを喰らい続けるのはまずい。

 再生を足に集中し、思い切り地面を蹴る。銃を構える女達のただなかに飛び込み──直後、全員が完全に連携の取れた動きでこちらに銃を向けた。


「そうかな? まだ君は油断をし過ぎているように見えるよ」


 手近な相手から仕留めようと腕を振るえば、見た目からは想像もつかない身体能力で避けられた。私の言えた事では無いが……


「各種人工筋肉。見た目を維持したままそこまでの出力を出すのは苦労したんだ。君は門番とは戦っただろう? アレより彼女達の方がパワーもスピードも遥かに上だ」


 無理矢理に追えば、明らかにこちらを見ていない相手が的確な反撃を繰り出した。これは──


「視界共有技術。十二の視界から逃れるのは不可能さ」


 蹴りが私を吹き飛ばし、そこを銃撃が追い撃つ。バラバラにされた程度なら瞬間的に癒えるが、このままでは埒が明かない。

 面倒だ──そう呟いて私は、()()()()()


「これは……煙幕でも張るつもりかい? 生憎、彼女達はサーモセンサーも……」


 ごちゃごちゃと言う男の目の前で、一人の女が上半身と下半身を引き裂かれた。

 全員がこちらを見失っている。この状態なら仕留めるのは容易い。

 首を飛ばし、腹をぶち抜き、背骨を砕く。あっという間に十二人の女は沈黙した。……いやまあ、元々無言だったが。

 しかし困った。マントがボロボロだ。多少は私に合わせて治るようにしてあるが……これは本格的に補修が必要だろう。

 なにせ、まだ二体残っているのだから。


「……成程、対策はしてある、と。外気温に溶け込む人工皮膚でも使っているのかな?」

「それ程大層な物じゃ無い。単に体温が低いだけだ」

「……まあ何でも良いよ。この二人に小細工は通じないからね」


 男の隣で、静止していた二人の女が動き出した。……さて、軍用アンドロイド、どれ程──


「!?」


 視界から消えた二人が、次の瞬間私の体を引き裂いていた。

 速い。それも尋常でなく!


「軍から逃げる時に持ち出した二人さ。連中、技術者を道具としか見てないのか扱いも雑なら管理も雑でね。反抗なんて想定してなかったのか、思ったよりあっさり出来たよ。

 ああ、当然持ち出してから色々改造済みさ」


 銃撃……いや、最早砲撃が私の体を吹き飛ばす。幸い貫通力を重視しているのか、広範囲にダメージは無い。

 が、その分威力自体は出鱈目だ。私を貫いた弾丸がコンクリートの床に、底の見えない穴を作り上げている。

 次の瞬間、私の視界がズレていた。切断部を襲う焼けるような……いや、焼ける感覚。これは……


「兵器級レーザー照射器。人間サイズにも組み込み可能で、厚さ5cmの鋼板を0.2秒で焼き切れる出力と、最大2時間以上の連続稼働。弱点は1()k()m()程度の射程かな?」


 この場所では意味が無い物だけど、と男が言う。まあ、確かに意味が無い物だ。……色々な意味で。


「……切り傷は治りやすくて助かるがな。切断面を繋げるだけで済む」


 銃撃砲撃で吹き飛ばされるのが一番面倒だ。再生に時間がかかる。


「……ふうん。君、どういう原理で再生してるのかな」


 ……あ、余計な事言った。


 右肩が吹き飛ぶ。頭部が半分抉られ、爆弾を詰め込まれた腹部が爆散する。アンドロイド二体は私の体をあらゆる手段で破壊するのに十分な機能を持っていた。今丁度共振音波が私の頭部を爆発させている。


「……熱、冷気無効。毒も効果ナシ。ナノマシンの全身義体かと思ったけど、電撃も無効。完全生身でなんでこんなに死なないのかなあ」


 ボロボロの体がアンドロイドに持ち上げられる。振りほどきたいが、力では上回られている。腕を引きちぎればどうにかなるだろうが……そこからどうにか出来る未来は見えない。

 ええい、死にはしないがこの状況はまずい。せめて少し()()が出来れば……


「……まあそれは後で調べよう。セロ、ノーリ、そいつを完全に拘束して」


 次はどこへ行こうかな、と男が呟いた。まずい、逃げられる。と言うか、このままだと連れ去られて実験台にされる。

 ええい、どこかにクスリもタバコも……そこまでやっていない健康的な人間はいないのか。できれば美形。

 そんな事を考えていると……地面に散らばった死体達が目に入った。……死体か。


「……一つ聞くが、あのサイボーグの女達、どこまで生身だ?」

「? まだ喋る余裕があるのか、驚いた。……まあ答えてあげても良いよ。アレが生身なのは脳位だね。後はもうほぼ全部人工の強化品だよ。後、強いて言うなら血液は元のままかな? 人工品だけど、成分的にはあんまり変化無いし」

「……それは良い事を聞いた」


 そう呟いて、私は拘束された四肢を引きちぎった。

 慌てて男が再度拘束するよう──今度は胴体を貫いて──指示を出す。が、もう遅い。

 この際だ、不快なクスリが入っていないなら多少まずい人工血液でも良いだろう。なら、多少の消耗は許容範囲──

 アンドロイドの脚部が私の胴体を貫いた。だが、それでは私は止まらない。

 ()()()()()()()()()()、私は死体の中へと突撃し……


 ごくん、と喉を血が潤した。

 まずい。まずい、が、我慢は出来る。飲めない程じゃあ無い。乾いた体を癒すには十分だ。


「……体が変化した? ナノマシン? それも有機的な? セロ、ノーリ。高火力火器使用許可、何としても確保を──」


 言葉が終わらない内に、私はアンドロイドの頭部を捥ぎ取った。

 何やら物騒な事を男が言っていたが……もう私には関係ない。

 慌てた男が飛びのき、同時に途轍もない大火力が私を貫いていく。山でも抉りそうな砲撃、各種レーザー、毒煙、電磁波、高周波ブレード──そんな物で今の私は傷つかない。


「何だ、何が起きて──いや、そもそも……どこだ?」


 男は私を見失ったようだ。まあ、無理も無い。今、私は霧になっているのだから。

 バキン、と二体目のアンドロイドの首を捥ぎ取る。血を補給した今、私のパワーはこいつらさえ上回っている。

 男の前にスクラップとなった二体を投げつけてやれば、ヒイイイと気持ち良い悲鳴が上がった。


「な、な……」

「そういえば──私をどうすれば殺せるか知りたがっていたな」


 腰の抜けた男を見下ろし、アンドロイドの頭部を踏み砕く。ああ、気分が良い。


「白木の杭、銀の弾丸、十字架、聖水……まあ、この時代手に入りにくい物ばかりだろうが」

「な、何を言って……」

「私の殺し方だ。言っただろう?」


 間の抜けた顔をした男の膝を踏みつければ、ミシリと音が鳴った。グア、と零れた悲鳴が心地良い。


「生憎、あんな物じゃあ何万撃ち込まれようとも死にはしない。暇つぶしにはなったがな」


 ……決して、そこまで余裕があった訳では無いが黙っておく。


「……何なんだ。何なんだ、お前!」

「何だ、とはな。以前は少し暴れただけで名を騒ぎながら出向いてきただろうに……今や私から名乗らないと分かりもしないか?」


 恐怖に染まった男の顔を掴み、持ち上げる。笑みを浮かべた私の口元を、間抜けな人間でも見やすいように。


「吸血鬼……ノスフェラトゥ、ヴァンパイア!」


 叫び、ボールのように男の体を投げ捨てる。奴が飛んだ先は、私の殺したサイボーグ共の死体の山。


「が、あぁ……」

「……ふむ。殺すのは楽だが……ここは一つ」


 パチン、と指を鳴らす。すると、バラバラになっていた筈の死体達がゆっくりと起き上がった。


「な、あ……」

「グール、と言う奴だ。私と違って優しくは無いのでな。まあ何だ、楽には死なせてくれんだろう」


 グールが男の体に群がっていく。生前の恨みでもあるような光景だが、襲わせているのは私だし、この元サイボーグと男がどんな関係だったのかも別に分からない。

 まあ、これから死ぬ奴の事を考えても仕方ないだろう。


「う、うあ、来るな!」

「ほらほら、頑張れ。逃げないと死ぬぞ」


 まあ無理だろう。さっき奴の片膝を砕いている。そんな状態で群がってくるグールから逃げるのは不可能だ。


「ひい、ひっ、ギャアアアアアア!!」


 グールが足に噛り付いた。うーん、良い悲鳴だ。ワインが飲みたくなってくる。血もあれば最高だ。


「嫌だ、嫌だあ……死にたくない……助けてくれ」


 グールに集られ、次々と体の一部を捥ぎ取られていく男。命乞いをしてくるが……うん。

 正直全く心が動かん。別に人間がどうなってても別に気にならないし。むしろその様子に興奮さえしてきた。

 そらそら、もっと足掻け、私を楽しませ──あ。

 そういえば酒とタバコとクスリを頼まれていた。いかん、こんな事をしている場合じゃ無い。このよくわからんシェルターの中を探さんと……

 慌ててその場を去ろうとしている私に、男が手を伸ばす。だが正直付き合ってられん。グールにさっさと殺すよう指示を出して建物内の捜索に──


『オーナー、レノ・アリオスの信号消失。プロトコルデストラクション起動、自爆シーケンス作動開始……』

「自爆シーケンス?」


 なんだか不穏さしか感じない単語に思わず言葉が漏れる。え、自爆するのこの建物。

 まずい。一番まずい。酒もタバコもクスリもまだ見つけてない。このままだと自腹になる。ここまで来てそれは避けたい。

 仕方ない、あの男に自爆シーケンスとやらを停止させて……

 ……振り返った私の目に、体の半分以上を食いちぎられて動かなくなった男の姿が映った。

 

「……はああああああああ!? おま、死にたくないとか言ってたくせに……もう限界か!?」


 ええいこれだから貧弱な人間は! クソ、こうなったら急いで建物を漁って掻き集めて──うあ、とごく僅かな声が耳に入った。


「……生きるのか死ぬのかどっちかにしろ。いやまあ、もう死ぬだろうが」


 体半分食いちぎられているのだ。貧弱な人間では直ぐに死ぬだろう。ここまで生きていたのは、自分の体もサイボーグにしていたからだろうか。

 もっとやっておけとの文句が口から洩れるが、死にぞこないに構っている暇はない。さっさと漁らないと。


「……死に、たくない」

「諦めろ! あーもう、もう少しマシな事は言えんのか! 自爆シーケンスとかの停止方法とか! 気の利いた事の一つも言えん童貞か貴様は! 童貞なら生きる目もあるだろうけどな!」


 呻く男を投げ捨て辺りを漁る。コイツ無駄に健康な生活をしているのかクスリどころか酒も見つからん! ふざけんな! マジで童貞か!


「……童貞、だ」

「……え、マジで」


 カツカツと男に歩み寄る。


「え、マジで貴様童貞? その面で? あの立場で? 女侍らせてて?」

「……感情の……ある女とか……怖い」

「だからアンドロイドとサイボーグ侍らせてたのか。情けない。情けないが……お前、助かる目が出てきたな」


 ? と疑問を浮かべた男を無視し……私はその首筋に食いついた。

 じゅるり、とすすれば童貞処女特有の味が口内を満たす。ほぼ無くなっていたそれが、無くなるまで吸い上げ……同時に、私の内から注ぎ込む。

 ドクン、ドクン、と心臓が脈打つ。それはやがて動きを止め……それに反するように、血だけが巡りだした。


「……これ、は」

「喜べ。貴様、私の眷属にしてやろう」


 不死性の貸与、夜の従者。吸血鬼の眷属。500年も前なら全てを投げ打ってもそうさせてくれと頼みに来る者も居た。

 まさかこの時代になって増やす事になるとは……何が起きるか分からない物だ。

 口を離せば、目の前には傷一つ無い男の姿。うむ、顔が良い。


「あ、俺、助かって……」

「それよりも! あの! 自爆シーケンスを止める方法を教えろ!」


 急務! 眷属の最大優先!


「止める方法は……!? 止める方法は俺の生態認証しか無い。それが無い場合、五分後に起爆する」

「ならさっさと止めろ! 急げ!」


 弾かれたように男が立ち上がり、さっきまで自分の座っていた椅子に駆け寄っていく。

 これぞ眷属への強制命令! 眷属の意思等完全無視! 絶対に命令を実行させられるぞ! 死ねと言えば死ぬ! 完全な奴隷の誕生だ!


「……止まらない!? そんな、生態認証が」

「……あー。そう言えば吸血鬼なったら色々変わるな」


 具体的には心臓が止まる。後牙生えるし、日に焼かれたら死ぬ。


「……止められない。ですけど」

「……ここ、酒とかクスリ、ある?」


 直後、建物が大爆発した──






「畜生、どうしてこの私が……クソ、私の稼ぎなのに」


 酒瓶とタバコの箱、クスリの袋を持って夕暮れを歩く。合計1000G 今回の稼ぎとの差し引きで249000G

 大幅プラスではあるが……私の稼ぎが減るのは非常に腹立たしい。


「おまけにゴミも拾ったし……」

「ゴミじゃあないですよ! 俺、役に立ちますし!」

「ロボット侍らせてる奴なんてゴミみたいな物だよ……もう良いよお前、日光浴びて死んでこい」

「そ、そんな、あ、足が勝手に!?」


 いくら面が良くてもリアルの女にビビッてアンドロイドに走るような奴は眷属に要らない。何ならしたという過去も消し去りたい位だ。結局役に立たなかったし。


「待ってください! 俺役に立ちます!」

「ロボット侍らせて超上から目線でイキってた奴とか要らない……」

「機械得意です! プログラムとか組めます! 軍ではその方面で働いていました!」


 ゴミが見苦しく足掻いている。ウケる。

 機械関係で困っている事は今のところ無い。大体の機械は叩けば治るのだ。


「け、血液とか作れます! 人工血液とか……」

「そこちょっと詳しく」


 



「そら、帰ったぞ、間抜け共」

「おせえぞメノウ。俺のクスリを早く寄こせ」


 喚くアリジエルの顔面に酒瓶を投げつける。人間に当たれば爆散する程度の速さで投げられたそれはしかし、あっさりとキャッチされた。


「酒以外はどうした! タバコとクスリ!」

「チッ」


 タバコとクスリもおまけで投げつける。奴はあっさりと受け止めた。

 これこれーとクスリを決め始めた奴を意識から外し、私は私のスペース……自腹で買ったソファとテーブル、そしてクローゼットの並んだ個所へと腰を下ろした。


「メノウ、誰それ?」

「新入りだ。私の眷属のな」


 横から顔を出してきたテンに奴……今回の依頼の討伐対象であり、眷属となったレノを軽く紹介する。後でもっと自慢してやろう。


「ふーん。メノウ眷属とか作るんだ……ねえ、私にも貸してよ」

「ああ、良いぞ」


 えっ、と声を上げた眷属だが、スペースに置いた物以外は共用物がこの()()()の掟。この()()()()()の中に入れておくつもりの無いこいつは、必然ギルドの共用物となる。


「あー、それ共用物? じゃ俺にも貸せ。キメてヤルと色々トブ」

「おい眷属。アレとまぐわっても構わんがクスリを打ったなら一月は私に近寄るなよ」


 クスリ臭いのは好みじゃ無い。眷属は一定期間で血を入れないと死ぬが……正直、クスリ塗れの奴に血を入れるのは絶対に嫌だ。


 ギャーギャー騒ぎ出した二人に眷属を押し付け、私はマントをクローゼットにしまう。そして、テーブルの上に置いていたティーセットを持ち上げた。

 今日の稼ぎが有れば一月は問題ないだろう。しばらく、休暇としゃれこむのも悪くない。

 共用のポッドからお湯を注げば、ティーバッグの茶葉が匂いと味を溶かしだす。

 グイ、とそれを飲み干し、私……メノウ・ヴラディミルは一息吐くのだった。

メノウ・ヴラディミル

古い吸血鬼の末裔にして、その一族でも最強と呼ばれた伝説……なのだが、人類の発展は彼女の力さえも上回ってしまった。

それでも並大抵の兵器は相手にならず、正規軍の兵器ですら戦術級ならば凌駕しうる。

吸血鬼として可能な事は凡そ全て可能であり、ギルドでは対応能力を活かして多様な依頼を受けている。


レノ・アリオス

元正規軍技術者。優秀ではあるのだが対人面に難があり、自分より下の存在は徹底的に見下し、上の者には媚びへつらうが上辺だけであり常に下克上を狙っている。自分を重要視しない軍に見切りをつけ、複数の技術的機密と兵器を盗んで脱走した。その際、死亡を偽装しており追っ手などからは逃れている。

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