善と悪
「……もういい飽きた」
土下寝している俺の頭を踏みつけ化け物はそう呟いた。
「お前はそこでガキが殺されるのをおとなしく見ていろ。」
化け物はそう言って少女のほうへ歩き出した。
どうやら土下寝によって化け物共は白けてしまい俺への興味を失ったようだ。
「……ボクは殺されてもかまいません。でも……その人だけは見逃していただけないでしょうか?」
こいつがなぜそこまで俺を庇うのか、俺は理解できなかった。
恐らくは俺を巻き込んでしまったことに負い目を感じているのだろう。
だがこの状況の原因は俺にある。
こいつは寝て起きたら町に入っていただけなのだから。
完璧な善人なんて存在しない。
強がってはいるが所詮は子供。
いざ目の前に死が訪れた時恐らくこいつは本性を現すだろう。
「……っ!」
化け物は少女の頭を片手で掴み軽々と持ち上げた。
化け物の腕力は相当なものらしく、頭を掴まれている少女は激痛で顔を歪め泣き出してしまった。
俺は少女が今どんな気持ちなのか少し興味があった。
全てに絶望し死を受け入れるのか、それとも生にしがみつき許しを請うのか。
恐らくは後者であると俺は予想した――
――だが俺の予想は全くもって外れることになる。
化け物が今にでも少女の頭を握り潰そうとしていた直前、少女はこちらに視線を向けた。
そして今にも消えてしまいそうな声で呟いた。
「……助けて……お兄ちゃん……」
なぜか少女は俺に助けを求めてきた。
こいつは先ほどの俺の醜態を見ていなかったのだろうか?
それに俺はいつからこいつの『お兄ちゃん』になったんだ?
俺に妹はいないし弟も5年前に亡くなっている。
こいつを助けてやる理由は皆無だ――
化け物の力は強まり少女の頭はミシミシと悲鳴を上げ始めた。
俺はただその光景を眺めていた――
「……ふざけるな」
俺は今とてつもなく苛々していた。
目の前にいる少女は間違いなく弟なんかじゃない。だが俺の本能が『弟を助けろ』と訴えてくる。
俺の本能が強く訴えてくるほど俺の体は鉛のように重くなっていった。
そう……俺は今、目の前で殺されそうになっている少女を助けようとしていた。