始まり
――これでようやく死ねる……
俺は心の中でそう呟いた。
銃弾で撃たれた箇所からは大量の血が流れ出ている。
命が助かることはまずないだろう。
「……すまない」
微かに聞こえた声。
おそらく俺を撃った人間の声、しかも聞き覚えのある声だ。
それは、俺の部下であり友人でもありこの世で唯一信頼のおける男の声だった。
「――からこうするしかなかったんだ」
男は悲しみに声を震わせながらそう言い放った。
意識が遠のいていく。
もはや俺はその言葉の意味を考えることもできない。
「――さようなら」
その言葉を最後に俺の意識は途絶えた――
「――ここはどこだ?」
気が付けば俺は真っ白な世界にいた。
銃で撃たれた損傷は無く、むしろ体の調子はすこぶるいい。
「おそらく俺は死ねたのだろう」
俺が今の状況を考えていると、どこからか声が聞こえてきた。
「天沢拓也さん、あなたは死にました」
その声に耳を傾けていると、突如目の前で神々しい光と共に女が現れた。
女は現れるやいなや、淡々と聞いてもいないことを話し始めた。
「あなたには選択肢があります。地獄に行くか勇者として異世界に行くか、どちらかを選んでもらいます」
「選択権はあなたにあります。どちらかお好きなほうをお選びください」
――この女は何を言っているんだ。
『勇者?』『異世界?』いったい何の話をしているんだ。
俺が『地獄』に行くのは理解できるが『異世界』とはなんだ?
「色々と聞きたいことがあるがまず――お前は何者なんだ?」
「私は女神です。死んだ生物の魂を導くのが私の役目です」
――なるほど。俺は『地獄』か『異世界』とやらに導かれる訳か。
なら当然答えは決まっている。
「俺は地獄に行く」
考えるまでもないことだ。
やっと死ねたというのにどうして俺が異世界などに行かなくてはならないのか。
地獄がどんな場所なのか分からないが、少なくとも俺は地獄に行くことを受け入れている。
「わかりました。それではあなたを異世界に召喚します」
――聞き間違いだろうか。
この女今『異世界』とかほざかなかったか?
「もう一度言う。俺は地獄に行く」
「はい。地獄に――え?」
「俺は地獄に行く」
「え!?――」
どうやら女神は俺が異世界に行くと決めつけていたらしい。
俺からすれば当然の結論なのだがこいつにとっては異常事態のようだ。
表情からは若干の焦りが見て取れる。
「――なぜ、です?」
そんなに不思議なことなのだろうか?
女神は『信じられない!』と言いたげな表情で俺を見つめている。
「生きることに疲れたんだ。さっさと地獄に送ってくれ」
「――言っておきますが、地獄はあなたが思っているより過酷で辛いものですよ?」
「俺からしたら生きてた時のほうが地獄だったと思うがな」
俺は女神と会話することに苛立ちを覚えていた。
そもそも神がいるのであればなぜ俺は、弟は――
「いいから早く済ませろ」
俺はこれ以上の会話には意味が無いと判断した。
女神が何と言おうと俺の考えは変わらないからだ。
「――あなたには異世界に行ってもらいます」
「……」
どうやら初めから俺に選択権はなかったようだ。
俺は女神と会話することに更に苛立ちを覚えていた。
「あなたには勇者として世界を救う使命を与えましょう」
「その世界には人間と魔族が共存しています。二つの種の大きな違いは、魔族は魔法が使え、人間には魔力がないから魔法が使えないことにあります」
「魔族は魔法を使い人間を支配しています。あなたには魔族の頂点である魔王を討伐していただきます」
先ほどのやり取りなど無かったかのように女神は淡々と語り始めた。
女神の事務的な話を聞き終えた俺はこう思った。
『この女は何を言っているんだ』
その話が本当ならばまず、人間である俺が世界を救うことは不可能なのではないか?
そもそも女神はなぜ俺が『世界を救う』と思っているんだ?
無理やり異世界とやらに召喚させられたとして、俺が誰かに救いの手を差し伸べるような人間でないことは女神にも分かっていることだ。
なぜなら、女神は俺に『地獄』か『異世界』かを選ばせようとしたからだ。
「俺は異世界とやらに行ったとしても世界を救うつもりなんてないぞ」
「そうですか……では、あなたには呪――加護を授けましょう」
『加護?』加護とはなんだ?
それに今、一瞬『呪い』と言いかけ無かったか?
何やら怪しげな感じがしたが、女神は有無を言わさず告げてきた。
「それでは、今からあなたを異世界に召喚します」
――こうして俺は異世界とやらに召喚されることになった。