喪失
シャンプーをシャワーで洗い流している時、指に絡んだ髪がそのままゴゾッ!と抜けた。
シャワーを止めると、私は半ば呆然としながらバスルームを出て、すぐ目の前の鏡に我が身を映す。
怖くてずっと避けていた。
今も目を反らせたい私のカラダ……
骨が浮き出て
頬もこけている。
こんな事、あの災害以来だ……
PTSDが一挙に押し寄せて来て私は反射的に頭を抱える。
その右手の人差し指と中指が……頭皮の“空き地”を触ってしまい、背筋が凍る。
恐る恐る“合わせ鏡”で見ると……頭頂部の髪が“焼野原”になっていて……
私はその“残骸”を遺髪の様にペーパータオルに包み、さめざめと泣いた。
私は災害遺児だ。
その災害は規模からすると、土石流に飲み込まれて小さな村が一つ消えただけで……全国的にはさほど大きなニュースにはならなかったらしい。
私の生まれた村の名前は誰の記憶にも残らなかった様だから……
けれども!!
私の親兄弟親戚友達……すべて亡くなり、私の“世界”は丸ごと消え失せてしまった。
“その日”は朝から酷い雨で、外に出れない幼い私は縁側のある部屋で独りテレビを観ていた。
映っているのはドラマの再放送で……
『沈みかけた船からネズミが一斉に逃げ出すように、傾いた会社から真っ先に逃げ出すのはOLだ!』ってセリフが制服を着た綺麗なお姉さん達の後ろで流れていた。
私はセリフの意味は解せずにただ、「とうきょうのおねえさんってきれいですごいなあ」なんて思っていると
いきなりゴゴゴゴゴゴゴ!!!という地鳴りがして私の記憶も途切れた。
次に目が覚めた時、私は土石流の壁に囲まれた真っ暗な床の間に張り付いていた。
本当に運良く助け出されたけど……20年経った今でもエレベーターは恐怖で……高層ビルの上の階へ辿り着くまで何度も乗り降りしている。
こう書くと、今はそれなりに社会生活を送っている様に聞こえるけど……
何とか高校は卒業できた私はそのまま黒色の会社へ就職して、糊口を凌いでいるに過ぎない。
“普通”の人達からすればあまりにも取るに足らない私が浮き上がるにはどうするか?
私には“普通の人のフリ”をして『良き伴侶を探す』くらいしか思い付かなかった。
けれども“取るに足らない”私は……やっぱり初めから男達に“取るに足らない”扱いをされ、そのたびに用心深く“過去”を隠して、また次の男を探す……
十代の終わりから今まで、この繰り返しだ。
そんな中、私のたった一人のセンパイ……泰恵さんが“一身上の都合により”退社した。
営業事務は私一人となり、全てが私にのしかかって来た。
ただでさえ“黒色の仕事内容”なのに!!
会社から徒歩圏でかつ“辞める事ができない”私を、会社は容赦なくコキ使い……アパートに帰って3時間後にはまた会社へ行くという“サービス残業”に塗れた生活を余儀なくされた。
こうして“バスルームから出た今”に至る。
もう出社しなければいけない時間だ。
私は冷え切った体に下着とブラウスだけ替えて、ほぼスッピンの身支度をし、仕上げにボアフライトキャップを被った。
それから4日後
私は壊れた。
社長から
「沙悟浄!! こんな事もできねえのか!! このタダ飯食い!!」と怒鳴られて……
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「もうお別れを言おう!! 何なら今生の別れでもいい!!
私、もう疲れた……」
半年前に捕まえた“今カレ”は……感情の起伏に乏しい人!
正直なところ“カレ”かどうかも怪しい。
本格的に付き合うキッカケになったのは私が立て続けで男に振られたから!!
カレは男として、いや人間としても魅力に乏しく、余り気が乗らなかったが、『私自身が“取るに足らない”のだから仕方ない』と……言わば“消去法”で付き合いが始まった。
で、もう3か月になるのに私に手を出すどころか指一本触れない。
「ひょっとして男色?」と疑いもしたが、胸ぐりの開いたワンピースを着て来た時に向けられたジトっとする視線から……
「この人、ムッツリだ」と分かった。
正直、「だったらすればいいのに」と思った。
私が望むものさえ与えてくれるのなら私は構わないのに……
私は“取るに足らない”女なのだから他に売る物は無いし、今までだってそうして来た。
その“歴史”を隠すのが私の嘘で罪。
それで結局報いを受けるのは私自身なのだから気にする事は無いのに……
あああ!パワハラセクハラ社長から“沙悟浄”呼ばわりされて……私の売りはもう何も無いのね!!
いっそ、自分の身柄をゴミ箱に捨てたい気分……
今、私が脳内にイメージしたのは……
男の暴力と欲望にボロボロにされて……
アパートの共同ゴミ捨て場の檻の中に打ち捨てられている
“落ち武者状態”の“抱き人形”
それが私だ!
さあ!振られに行こう!
そしてそれを狡い言い訳にして逝こう!!
私はスマホを立ち上げ、カレと会う約束を取り付けた。
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「別に変な事はしない! 人前で晒すのは恥ずかし過ぎるから!!」
とカレの手を引っ張り、無理やりラブホに入った。
エントランスでの手慣れた所作を披露し
「私はこんなオンナなんだ!!」と見せつける。
そうすれば日頃はムッツリなカレでも、ゴミ捨て場の檻から私を拾い上げて、一時の“リサイクル活用”をしてくれるだろう。
人間、死を覚悟したら大抵の事はできてしまう。
コートの下は真っ裸と言う“準備万端”の私はコートとボアフライトキャップを景気良く脱ぎ捨てた。
「痩せギスの沙悟浄でも機能はするよ!!」
明るく歯切れよく発語しようとしたのに……語尾に涙が絡んだ。
でも、カレは……
そんな私をガバッ!と抱きしめてくれて……
私は「ああ、最期にオンナの面目が保てた!」と思ったのに……
カレは私を抱く腕に力をこめたまま動かない!!
私はそれこそ悲しくて……ギュッ!と閉じていた目を薄く開けてみたら
カレ、泣いていた。
「えっ?! どうして……」
思わず言葉が漏れ出た唇から
次に漏れ出たのは吐息だった。
それはカレに唇を塞がれて
長い長いキスの後の事……
カレは……自分のコートを脱いで着せてくれて
私は「ここ、もうラブホの中だよ」と笑ったら
着せられたコートごとまた抱かれてしまった。
私はカレに抱っこされたままもう一度聞いてみる。
「ねえ、どうして泣くの?」
「決まってるだろ!! 大切なキミがこんなに辛い思いをして……それに気付いてあげられなかったのはオレの体たらくのせいだから!! 本当に済まないと思って!! 泣けて来た」
こんな事を言われたら……私、カレを丸ごと信じてしまう!!
だから私は
「私だって、もう少しはマシだったんだからね!」と断りを入れながらも、今の酷い状態の訳を話して
「でも、私……再就職は見込めないから転職ムリだし人生そのものに疲れたの」と言葉を置いた。
「再就職先はあるよ!」
「そんなのどこにも無いよ!」
「あるって!」
「あるんならとっくに申し込んでるわよ!!」
「“申し込み”はまだだよ! だからオレから申し込むね! ずっとオレの傍に居てください!! 生涯大切にしますから!!」
と
いきなりのプロポーズに……
「そんなのどさくさに紛れて言わないでよ!!」と怒鳴ってしまった。
私、抱かれたままなので……両手を“グー”にして、カレの背中をポコポコ叩いて
でも、感極まってカレの胸の中でワンワン泣いた。
それからカレは
会社を退職した私をお家に呼んでくれて
毎日、癒してくれた。
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私の唯一のお友達の泰恵さんは、私のブーケトスを見事にゲットしたちょうど1年後、素敵なダンナ様をゲットした。
私はと言えば、今は家族三人で川の字で寝ているけど……パパとのラブラブは増し増しなので、4人家族になる日近いかも。
因みに私の勤めていた会社は去年倒産して……夜逃げした社長は行方不明らしい。
知らんけどね!
おしまい
「私が書くと余りにも“あからさま”になるからアンタが書きな!」と黒姉に言われて……
黒姉を真似て書きました。
いかがでしょうか?
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