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5 幸せな時間

 エリノアがウィルフリッドと結婚して一年半が経った。

 王城の一室でソファーに座りながら編み物に勤しんでいたエリノアは、自身のお腹から伝わってくる振動を感じて愛おしさが込み上げる。


「ふふっ、また動いたわ!」

「エリノア様、そろそろ休憩なさってください」


 エリノアの輿入れと共にエリノアの専属侍女として王城に着いて来たエマは主に休息を勧める。


「待って。あともう少し。切りがいいところまで進めたいの」

「このあと王太子妃として国賓とのご挨拶が控えているのですよ?」

「分かっているわ」

「今はエリノア様お一人のお体ではないのです」

「それも分かっているわ」


 何度言っても手を止めるつもりがないエリノアにエマは小さく溜め息を付く。


 ここまで頑なになっているときは、やり遂げるまでエリノアが動かないことをエマは理解していた。唯一、彼女を動かすことが出来るとしたらそれはウィルフリッドだけだ。

 何せ、婚約破棄騒動の際に“未来の旦那様を探す旅に出たい”と家を出る覚悟すら覗かせていたエリノアの心を取り戻したのは彼なのだから。


 まぁ、それほど心配しなくてももう少しすれば、王太子殿下がエリノア様を迎えにくるでしょうし……と、エマは半分諦める。

 すると、程なくして扉をノックする音が部屋に響いた。

 侍女の一人が応対に向かうと、開かれた扉からウィルフリッドが姿を現す。


「エリ!」


 呼ばれたエリノアは声を掛けられるまでウィルフリッドの訪問に気づかない程集中していたようで、パッと顔を上げた。


「ウィル! 早いですわね。もう会議は終わったのですか?」

「つい先程終わったよ。それに、早いと言っても丁度いいくらいの時間だ」


 そう言うと、ウィルフリッドの視線の先を追ってエリノアの視線も時計に移る。


「まぁ! もうこんな時間でしたのね」

「ですから、先ほど休憩するよう申し上げましたでしょう?」


 すかさずエマが口を出す。


「集中していると時間が経つのは早いですわね~」


 シレッとエマの言葉を躱して、エリノアは誤魔化すように笑みを浮かべた。


「随分進んだね」


 そう呟いたウィルフリッドの視線はエリノアが編んでいる小さな手袋に向けられている。


「えぇ。ですがまだ靴下も編むつもりです。それと、時間があれば帽子も編みたいの。公務の合間に進めないと先にこの子が生まれてしまいそうだわ」


 呟いて、エリノアはふっくらとした自身のお腹を撫でた。それを見てウィルフリッドもエリノアのお腹に手で触れる。そして二人揃ってまだ見ぬ我が子がいるお腹を愛おしそうに見つめた。


「あ、そういえばウィルが来る少し前にこの子、動きましたのよ」

「えっ? 本当かい!? また私がいない時だね」


 ウィルフリッドが苦笑いを浮かべる。

 日中忙しい合間を縫ってエリノアに会いに来るウィルフリッドはまだ数回しか胎動を感じたことがない。夜、エリノアと同じ寝室で眠る直前に運が良ければ、という程度だ。


「早く会いたいな」


 ウィルフリッドの口からついこぼれ落ちた言葉にエリノアも頷く。


「きっとあっという間ですわ。ですから、そろそろ名前を決めませんと!」

「そうだね。男の子だったら──」


 幾つか名前の候補を上げるウィルフリッドにエリノアも「良い名前ですわね」と相槌を打つ。だがエリノアは「ですが」と言葉を続けた。


「わたくしが思うに、この子は女の子だと思います」


 何処か自信のあるエリノアにウィルフリッドは「どうしてだい?」と尋ねる。


「だって、ウィルが来ると恥ずかしいのか、全然お腹を蹴ってくれないんですもの」

「それじゃあ、エリノアと同じ恥ずかしがり屋の女の子だね」

「まぁ! 恥ずかしがり屋はウィルの方ですわ」

「何を言う。君にプロポーズをした前後辺りから私が逢いに行くと、いつも顔を赤くして恥ずかしそうにしていただろう?」

「えっ! わ、わたくしが!?」


 言われて、エリノアはあの頃を思い返してみる。


 ……確かに。そんなこともあったような気が致しますわね。


「ですが、やっぱり恥ずかしがり屋はウィルですよ」


 どちらが恥ずかしがり屋か? という議論が続く中、エマが口を開く。


「僭越ながら申し上げますと、私からすればお二人とも同じくらい恥ずかしそうにしてらっしゃいました」


「えぇ!?」

「えっ!?」


 エリノアとウィルフリッドの驚きの声が揃う。

 ある意味息ぴったりの二人。侍女たちは仲睦まじい夫婦の光景をいつものように微笑ましく見守る。


 ウィルフリッドとの結婚を世間に発表した頃から“早く世継ぎを!”と、男の子を授かることを求められると覚悟していたエリノア。だが、どちらかと言えば王も王妃も、そしてエリノアの両親も“孫はまだか?”と尋ねるだけだった。


 リュラフス王国ではその昔、女王が即位した時代もある。そのため、国王夫妻もそしてウィルフリッドも子どもの性別は気にしなくて良いと考えていたのだ。


 それでもエリノアとしてはプレッシャーもあった。だが子が出来たと報告した時、ウィルフリッドは勿論、他の家族もとても喜んでくれた。どちらが産まれてくるかを想像して楽しみにしてくれている。

 お陰様でエリノアは心穏やかに妊婦生活を過ごせていた。因みに、エリノア個人としては女の子が先に欲しいと思っている。何故なら、同性同士だとお城のお茶会もドレスの着せ替えも楽しそうだと思ったからだ。


 暫くの間、二人は子どもの名前を考えていた。そうして会話を楽しんだあと、「そろそろ行こうか」と手を差しのべたウィルフリッドにエリノアは「えぇ」と答えて、エスコートされながら立ち上がる。


 子どもは何人欲しいか? と、新婚の頃にふたりで話したのを懐かしく思いながら、今はまだその最初の一人目が無事に生まれてくることをエリノアもウィルフリッドもただ願っていた。




 ◇◇◇◇◇




「お母様? お母様はお父様と婚約されていた時、どんなお付き合いをされました? その、……喧嘩とか、……されましたか?」


 年頃になった愛娘からの質問ににエリノアは微笑む。そして、子宝に恵まれたエリノアは長女の成長を喜ぶと共に質問の意図を推測する。


 そんな風に聞いてくるということは、恐らく“婚約者と喧嘩したのだろう”と。


「喧嘩どころか、婚約破棄の話が出たことがあるわよ」

「え? ……えぇっ!? あんなに仲が良いお父様とお母様がですか!?」


 一瞬ポカンとした愛娘は驚きのあまり、ガタッと椅子から立ち上がる。


「そうよ。聞きたい?」

「はい! 是非お聞きしたいです」

「ふふふっ。長くなるけどいいかしら?」


 そう前置きして、エリノアはまだ婚約者だった頃のウィルフリッドを思い出しながら愛娘に二人の物語を語るのだった。

ここまでお読みくださり、ありがとうございます。

本編完結後もブックマークや評価を頂き、とても嬉しかったです!

エリノアとウィルフリッドの結婚後のお話も沢山書きたいと思っていましたが、前回お知らせさせていただきました通り、ここで区切りとさせて頂きます。


気が向いたらまた書くかも知れませんが、一旦は完結です!!

改めまして最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!!

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お読みくださりありがとうございます!
◇このお話しのもう一つの物語はコチラ
悪女だって愛されたい〜処刑された筈の伯爵令嬢は現代日本に異世界転移する~
◇新連載始めました!!
婚約解消寸前まで冷えきっていた王太子殿下の様子がおかしいです!
面白そう!と思っていただけましたら、どちらの作品も読んでみていただけると嬉しいです!
― 新着の感想 ―
楽しく読ませて頂きました。 後日談も微笑ましくて。 えりと憂斗の分まで、エリノアとウィルフリッドの結婚が 幸せでありますように。 (*˘︶˘人)♡*。+(*˘︶˘人)♡*。+
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