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4 婚約者とのふれあい事情

「エリノア様! 結婚発表おめでとうございます!!」


 学園が休みのとある日。エリノアは友人たちと小さなお茶会を楽しんでいた。主催はルーシーで参加者にパメラとヴィッキーの計四人のお茶会だ。


 エリノアたちが王都のニイルド侯爵邸に招かれた理由は、エリノアとウィルフリッドの結婚が発表されたお祝いだった。今期の社交シーズンが解禁されてから初めて王城で行われた夜会で、エリノアとウィルフリッドは結婚の発表を行ったのだ。


「エリノア様、よろしければどのようなプロポーズを受けたのか、是非お聞きしたいです!」


 パメラの好奇心に溢れた瞳がエリノアに注がれる。


「何も特別なことはありませんよ」


 とは言ったものの、わたくしたちは前世の記憶があるから会話はとても複雑でしたけれど。とエリノアは心の中で付け足して苦笑いになる。


「長期休暇の後半に久しぶりにお話をして、わたくしのお気持ちをウィルにお伝えしましたの。そうしたら、その流れで学園を卒業したら結婚して欲しいと、言って下さいました」


 エリノアは自分で振り返りながらプロポーズの時の話しをしてみると、中々恥ずかしいことに気が付いた。顔に熱が籠って頬が赤くなっているのを隠すようにゆっくり顔を俯かせる。


 恥ずかしがるエリノアの様子に「きゃー!!」と三人が黄色い歓声を上げた。


「エリノア様ったら、特別なことはないと仰りながら、とても幸せそうですわ!」

「羨ましい限りですわ」


 パメラの言葉にヴィッキーが頷く。

 エリノアは新学期に入ってからパメラとヴィッキーと、それまでよりも交流を深めていた。


 パメラは元々エリノアに憧れていたが、キアーズ子爵邸での夜会以降、二人は気まずかった時期があった。だが、レイモンドがキアーズ子爵とアイーリズ伯爵領で採れる宝石の相談をする内に父親同士が仲良くなり、キアーズ子爵がパメラを連れてカレンデム公爵邸を訪れるようになった。それがきっかけでエリノアとパメラも再び交流するようになったのだ。


 ヴィッキーはというとナターシャの件以降、和解を終えてから少しずつ関わる機会が増え、短時間のうちに自然とこの四人で過ごすことが多くなったというわけである。


「わたくしはずっとエリノア様とウィルフリッド殿下を見てきましたから、ようやく結ばれると聞いた時は本当に嬉しかったですわ」


 微笑むルーシーの姿に、親友として心から喜んでくれていることがエリノアに伝わってくる。


「ありがとうございます。それはそうと、皆様は長期休暇をどの様に過ごされたのですか?」


 エリノアはこれ以上恥ずかしくなる前に話題を変えようと話を振る。


「わたくしはお父様と一緒にアイーリズ伯爵領まで宝石の原石を見物しに行きましたわ!」


 パメラの発言にルーシーとヴィッキーがビクリと肩を跳ねさせた。顔には出さないものの、前アイーリズ伯爵やナターシャの犯した罪でエリノアは危うく犯罪者となるところだったのだ。

 触れるのが躊躇われる話題にサァッと顔を青ざめさせる二人。だがパメラはその事に気付いていない。ところが、ルーシーたちの心配とは裏腹に、当の本人であるエリノアが「まぁ、パメラ様もアイーリズ伯爵領へ行かれましたの? 羨ましいですわ」と声を弾ませた。


「何度か公爵邸に遊びに入らして下さっていましたから、もっと早くお聞きしたかったですわ。伯爵領はいかがでしたか? 父と兄が領地を訪問した時のことを楽しそうに話していたので、わたくしも伯爵領に行ってみたいと思っていましたの!」


 楽しそうに語るエリノア。ヴィッキーは思わずルーシーの方を見た。どうやらアイーリズ伯爵領は触れても問題ない話題のようだと分かり、ルーシーは微笑みを浮かべて小さくヴィッキーに頷いた。


「とっても豊な土地でしたわ。お料理が美味しくて、景色も素晴らしかったですわよ」

「お勧めがあれば是非教えて下さい。いつかウィルと一緒に行きたいと考えていますの」

「まぁ、王太子殿下と! ふふふっ。でしたらわたくしが訪れたお店の店主が教えて下さった塔からの景色がとっても綺麗でしたので、お勧め致しますわ!」


 パメラのはしゃぐ様子にヴィッキーもお勧めの場所が気になったようだ。「それなら、わたくしも婚約者と行ってみたいですわ」と、会話に混じり始めた。


「確か、ヴィッキー様は一年前に侯爵家のご長男と婚約されたばかりでしたわよね?」


 ルーシーが確認するように尋ねると、頷きと共に「はい」と返事が返ってくる。


「彼はわたくしが学園に入学する前に卒業していて、侯爵様の跡を継ぐために日々励んでおられるのです。ご多忙ですから、お会いしても数時間だけお茶を共にすることが多くて。ですから、たまには遠出して二人の思い出を作れたらと思っています」


 婚約者の話をするヴィッキーは優しい眼差しをしていた。その姿に婚約者を大切に思っていることが伝わってくる。


「素敵ですわね。この中で婚約者がいないのはわたくしだけですから、羨ましいですわ」


 パメラがポツリと溢した一言に「婚約者と言えば」とヴィッキーがルーシーへ視線を送る。


「ルーシー様はアレックス様と婚約されてから長いですわよね? その、……エリノア様にもお尋ねしたいのですが、婚約者との関係を長く良好に保つ秘訣はなんでしょうか?」


 まさか自分にも問いかけられると思っていなかったエリノアは目を瞬かせる。

 エリノアが幼い頃からウィルフリッドと婚約していたように、ルーシーも九歳の頃にアレックスと婚約していた。


「長く良好に保つ秘訣、ですか……?」


 尋ね返しながら、エリノアは引き吊りそうになる表情をなんとか抑えた。「はい」と期待に満ちた返事が返ってくる。


「わたくしも是非お聞きしたいですわ! エリノア様は婚約破棄の噂にも負けず、こうして王太子殿下との結婚を発表されましたもの! きっと、何か秘訣があるに違いありませんわ!!」


 ヴィッキーに続き、パメラからも期待の眼差しがエリノアに向けられた。ハードルを更に引き上げられたエリノアは内心かなり焦っていた。


 い、言えませんわ! わたくしとウィルが一時期、本当に婚約破棄の危機に直面していただなんて!!


 エリノアはにこやかな笑みを浮かべたまま、助けを求めるようにルーシーへ視線を送る。


「わたくしの場合は会えない時間が多い時こそ、お会いしたときに二人で過ごす時間を大切にしていますわ」


 エリノアの願いが通じたのか、ルーシーが涼しげな表情で語り始めた。そして、彼女はエリノアに分かるように視線を合わせてくる。

 エリノアの一番の親友というだけあって、ある程度の事情も把握しているルーシーは、エリノアのピンチを悟るのも上手かった。


「それこそ、恋人としてのスキンシップも取るようにしています」


 その一言が付け足されると、ヴィッキーたちが「まぁ!」と黄色い声をあげた。


「そ、それはもしかして! 恋人繋ぎで手を繋いでデートをされたりとかですの!?」

「それもありますけれど、久しぶりにお会いする時は大抵の場合、お別れする間際でアレックス様がキスして下さいますわ」


 それを聞いて「ひゃぁぁぁっ!!」と黄色い声が響く。

 エリノアは声にこそ出さなかったものの、気持ちはヴィッキーたちと同じだった。


 キ、キス!? わ、わたくしたちですら、今世では精々ウィルが手の甲に口付けてくれる程度ですわ!!


 結婚を発表したエリノアだったが、もしかすると自分達よりもルーシーとアレックスの方が進んだ関係なのではないかと、考えてしまう。


「アレックス様は意外と情熱的なお方なのですね」

「え、えぇ。そうですの」


 答えながらルーシーの頬が少しずつ赤みを帯びて真っ赤になっていく。思っていたよりもヴィッキーたちの反応が大きくて急に恥ずかしくなったこともあるが、アレックスからの不意打ちのキスを思い出してしまったことも原因の一つだった。だが、ここにいる誰もそれを知るよしもない。


 もしかしてとんでもなく恥ずかしいことを口走ってしまったのかもしれないと、後悔にさいなまれるルーシー。


 ヴィッキーとパメラはルーシーが照れていると考えたが、唯一そんなルーシーの羞恥心に気がついたのはエリノアだった。何故なら自分がルーシーの立場なら間違いなく赤面しているからだ。


「わ、わたくしもウィルはよく手の甲に口付けてくださいますわ。やはり、長く良好に関係を保つ秘訣は、お互いに相手を想う気持ちを大切にすることではないかしら」


 エリノアとウィルフリッドも、ウィルフリッドがあのままナターシャとの関係を拗らせてエリノアを優先していなかったら、エリノアはウィルフリッドの気持ちに気付くことはなく、本当に婚約を破棄していたかもしれない。

 最終的にお互いの気持ちが相手に向いて大切に想ったからこそ、今も良好な関係でいられるのだと感じた。


「エリノア様はウィルフリッド殿下とどんな時にキスされますか?」


 キラキラと羨望と好奇心を宿した眼差しでパメラが問いかけてきた。エリノアは「へっ!?」と高い声を出してしまう。


「そ、そそそ、それは……!!」


 どんな時も何も、今世では一般的にいうキスなどしたことがないエリノアは返す言葉に戸惑った。


「パメラ様、そんな明け透けにお尋ねしてはエリノア様も答えに困ってしまいますよ」


 ヴィッキーがパメラを嗜める。しかしながら彼女も婚約者との過ごし方の参考にしたいのか、言葉とは裏腹に期待の眼差しを向けていた。

 エリノアは助けを求めるようにチラリとルーシーを見た。だが、ルーシーも興味津々でエリノアを見つめている。エリノアとウィルフリッドを誰よりも近くで見てきた親友もこの件に関しては、助けるのではなく知りたい気持ちが勝ったようだ。


「え、ええっと……」


 ぐるぐるとエリノアは頭を必死に動かす。


 エリノアとウィルフリッドとしてはまだ経験はない。だが、瑛里と憂斗としてなら何度かある!! そうは思ったものの、エリノアは何も言葉が出てこない。


「ひ、秘密ですわ……」


 そう答えた語尾は小さかった。エリノアは恥ずかしさで当たり障りのない回答をしてしまったと後悔する。

 皆さまの期待に全く答えられませんでしたわ!! と、心苦しくなったエリノアだが、意外にも彼女たちは「きゃぁぁぁぁ~~!!」と黄色い悲鳴を上げた。


「いいですわねぇ!!」

「きっとウィルフリッド殿下はとてもロマンチックなシチュエーションを用意なさっているのね」

「わたくしも恋人ができたら、皆さまの前で言ってみたいですわ」


 幸か不幸か好印象を抱かせた結果となり、エリノアはほっとした。だけど、それで終わりではない。

 ルーシーはアレックスと別れ間際にキスをしている。それを知ったエリノアは思った。



「ウィル! わたくし、ウィルともっと恋人らしいことがしたいです!!」

「えっ!? 何? エリノア、急にどうしたんだい??」


 お茶会の翌日。王城で結婚式の準備の傍ら、ガゼボで向かい合って休憩している最中にエリノアは思い切ってウィルフリッドに提案した。


「わたくしたち結婚を発表しましたよね!」

「そうだね」

「ですが、恋人として一つしていないことがあると気付いたのです」

「それは?」

「それは……っ」


 “キスですわ!!”


 そう勢いで言ってしまおうと考えていたエリノアだったが、いざウィルフリッドを目の前にすると自分の言おうとしている言葉に恥ずかしさが込み上げてくる。

 決意を固めようとしている間にみるみる赤くなるエリノアの頬。


「エリノア?」


 婚約者の様子に戸惑ったウィルフリッドが不思議そうに尋ねる。とうとう恥ずかしさに堪えきれなくなったエリノアはパッと俯いた。


「そ、その、………わたくしたち、転生してから一度もしていないことがあると……思いませんか?」


 エリノアにはそれが精一杯だった。


 赤くなったエリノアと、その一言でウィルフリッドもさすがに気付いたらしい。


「そ、それは……」


 かぁぁぁっ、とお互いに顔を赤くして視線を反らす二人。前世の憂斗が顔を出したウィルフリッドの反応にエリノアも何も言えなくなる。

 だが意を決したのか、ウィルフリッドが立ち上がった。そのままエリノアの前に来ると、視線を合わせるために跪いた。だけど、覗き込もうとするウィルフリッドに対してエリノアは俯いたままだ。


「エリ、……君がそんな風に思ってくれたこと、嬉しいよ」


 優しい声で言われてエリノアはドキドキと胸が高鳴る。


「エリノア、顔を上げて?」

「む、ムリですわ!」

「でも、このままだと君の願いを叶えてあげられないんだけど?」

「う……」


 それはつまり“そういうことだ”と、エリノアの頭が理解する。自分から言っておきながら恥ずかしくて顔を上げられないなんて、と少し自己嫌悪に陥る。そんなエリノアの頬に暖かくて柔らかい感触が落ちた。


「っ!?」


 驚いて顔を上げると、ウィルフリッドはクシャリと笑った。


「やっと振り向いた」

「っ! ……ず、ずるいで────っ!?」


 エリノアの言葉を閉じ込めるように今度は唇に先ほどの感触が落ちてくる。

 前世の憂斗とも違う、ウィルとの初めての口付けは不意打ちだった。


「エリが望むのなら、私はいつだって大歓迎だからね」


 赤くなったままの頬を隠すようにウィルフリッドはエリノアを抱き締めると耳元で囁いた。エリノアもウィルフリッドをキュッ抱き締め返す。


「毎回こうだと心臓が持ちませんので、ご遠慮致します」


 エリノアは口ではそう言いながらも、ドキドキと高鳴る胸は中々鳴りやまず、暫く二人は抱き締め合っていた。

お久しぶりです!

前回の更新から随分と日が空いてしまいましたが、

番外編、楽しんでいただけましたでしょうか?


次の更新で最後の番外編にしようと考えています。

とりあえず下書きは完了していますので、公開まで暫くお待ち下さい。

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お読みくださりありがとうございます!
◇このお話しのもう一つの物語はコチラ
悪女だって愛されたい〜処刑された筈の伯爵令嬢は現代日本に異世界転移する~
◇新連載始めました!!
婚約解消寸前まで冷えきっていた王太子殿下の様子がおかしいです!
面白そう!と思っていただけましたら、どちらの作品も読んでみていただけると嬉しいです!
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