3 ウィルとアレックス~長期休暇中の恋人との過ごし方(後編)~
一週間後、アレックスはニイルド侯爵領へ向かっていた。その道中でカウル侯爵領へ立ち寄る。
ルーシーはアレックスより二週間早くカウル侯爵領へ帰っていた。彼女とは学園が長期休暇に入ってから一度会ったきりだ。だが、手紙で約束していた為、アレックスがカウル侯爵邸を訪ねると程なくしてルーシーが顔を出す。
着飾ったルーシーはいつになく可愛らしい。二週間と少し会わなかっただけなのに、アレックスは久しぶりに会う婚約者に胸が高鳴る。それはルーシーも同じで、アレックスの姿を見つけるなり頬をほんのりと色付かせた。
「アレックス様、お待ちしていましたわ」
ふわりと天使のような微笑みを見せるルーシーに、アレックスも微笑み返す。
「あぁ。私も君に会えるのを楽しみにしていた」
アレックスがルーシーに手を差し出すと、彼女がそっと自身の手を重ねる。
「では、行こうか」
アレックスがカウル侯爵領でルーシーに会いに行くときは、こうして二人でデートに出かける。
毎回出かける場所はバラバラだ。だが、デートの終盤に二人が気に入っているカフェで休憩するのが定番だった。そこでお互いの近況を伝え合ったり、観劇した舞台の感想を言い合ったり、ただ単純に他愛もない会話を楽しむ時間を大切にしていた。
今回もいつものように近況を伝え合い、そこから他愛もない会話を広げていく。その中の一つとして、ウィルフリッドがエリノアからの手紙を受け取って一喜一憂していた話をアレックスが伝えた。すると、ルーシーは「まぁまぁ!」と好奇心に目を輝かせた。
「わたくしがエリノア様から頂いたお手紙にもウィルフリッド殿下からお手紙を頂いたと書かれていました。ですが、……ふふふっ。ウィルフリッド殿下の嬉しそうなお顔が目に浮かびますわ」
上品に笑うルーシー。やはり、自分の事のように嬉しそうだ。
「エリノア様も何でもないことのように、ウィルフリッド殿下からお手紙を頂いたことを書かれていましたけれど、わたくしにそれを伝えたくなる程、殿下からのお手紙が嬉しかったのでしょうね」
「そうかもしれないな」
相槌を打ちながらアレックスは考える。
今まで全くと言って良い程ウィルフリッドが空回りして、進展しなかったエリノアとの仲が婚約破棄騒動後から急激に変化した。
エリノアがウィルフリッドを前にして照れた顔をしたり、顔を赤くすることも増えた。
前から思っていたことだが二人はお似合いだ。まだエリノアの方は自覚が薄いが、彼女がウィルフリッドに想いを寄せ始めているのは確かだった。エリノアがウィルフリッドを完全に意識するのも時間の問題だろう。
ふと、アレックスはルーシーを見る。優雅に紅茶を口にする彼女の姿は美しい。
そう言えば、と最近彼女の照れた顔をあまり見ていないことに気が付く。勿論、カウル侯爵邸に迎えに行った時のように、ほんのりと頬を赤くさせることはある。だが、最近はその程度だ。
もっとルーシーの照れた顔が見たい。取り繕う余裕がないような、そんな可愛らしいルーシーの赤い顔が見たい。
エリノアたちへの嫉妬心のようなものが、アレックスの心に小さな火を灯した。
デートの帰り道、カウル侯爵邸へ向かう馬車の中でアレックスはどうすればルーシーの可愛らしい顔が見られるか考えていた。
やはり、不意打ちが一番だろうな……
時折、ルーシーに話し掛けられては会話をしながら、そんなことを考える。早いもので楽しい時間はあっという間に過ぎていき、カウル侯爵邸に着いた。
馬車を先に降りたアレックスはルーシーをエスコートして、馬車から彼女を降ろした。そして、ルーシーを屋敷の入り口まで送り届けるべく、並んで歩く。
「アレックス様、本日はありがとうございました」
「あぁ。こちらこそ楽しかったよ。それに久しぶりにルーシーに会えて嬉しかった」
言葉を掛けると、それだけでルーシーは嬉しそうに天使のような微笑みを浮かべる。
「いつものように、王都へお帰りになる際もまたこちらへ立ち寄ってくださいますか?」
「あぁ」
アレックスは長期休暇中にニイルド侯爵領へ帰っても、ウィルフリッドを補佐するために三週間程で王都に戻る。その時にもう一度、ルーシーの元を訪れるのだ。
「では、次にお会いできるのを楽しみにお待ちしています」
「あぁ」
「それではアレックス様、道中お気をつけください」
軽く頭を下げて別れの挨拶をするルーシー。いつもなら、それを聞いたアレックスは来た道を戻って馬車に乗り込む。そのアレックスの姿をルーシーは見えなくなるまで見送っている。
だが、今日は少し違う。
「ルーシー」
「はい。アレック──っ!?」
ルーシーがアレックスの名前を言いきる前に、アレックスは躊躇わずにルーシーを抱き寄せると彼女の唇を塞いだ。
2人の傍にはアレックスが付けた護衛やルーシーのメイドもいる。だが、お構いなしだ。
ゆっくり唇を離すとアレックスはルーシーの顔を見た。一瞬呆けたような顔をしていたルーシーの頬がポンッと赤くなる。
愛おしいその頬にアレックスはちゅっと、わざと音を立てて口付けた。
「っ! アレックス様、……急には心臓に悪いです」
そう言って、照れるルーシーの姿にアレックスは更に愛しさが込み上げた。
「すまない。……ルーシーの照れて赤くなる顔が見たくなったんだ」
アレックスが謝罪と共に素直に白状すると、手で口元を隠したルーシーから「ま、まぁ」と小さく恥ずかしそうな声がする。
「では、……わたくしにも見せてくださいませ」
「え?」
どういう意味だ? と思った直後、アレックスの視界いっぱいにルーシーの顔が広がる。アレックスの唇にふにっと柔らかい感触がした。
そして離れたルーシーが満足げに笑っている。その瞬間、アレックスはルーシーに仕返しされたのだと理解した。
「ふふふっ。アレックス様の照れたお顔、しっかり見させていただきました。これでおあいこですわね」
可愛い婚約者からの反撃に、アレックスはルーシーへの愛おしさが更に増す。
恋人たちの甘いやり取りを見せつけられることになった護衛とルーシーのメイドたち。仲睦まじい二人に、気まずい思いを抱きながらも暖かい視線を送るのだった。
◇◇◇◇◇
時は流れ、アレックスが王都に戻っておよそ一月が経過した。
「アレックス!! アレックス!!」
アレックスが王城の図書館で資料を探してきた帰り道。ウィルフリッドの姿を求めて執務室を目指していると、探し人が自らアレックスの元にやって来た。
ウィルフリッドは興奮した様子で嬉しそうに駆け出してくる。
「ウィルフリッド殿下、どうされました?」
何か嬉しいことがあったのは一目瞭然だ。だが、城の中で人の往来もある廊下の為、アレックスは従者として親友に尋ねる。
「エリノアから! 手紙がきたっ!!」
「え? あぁ。それはよかったですね」
「初めてエリノアの方から、寂しい! 逢いたい! と! だから私は今度こそエリノアに逢いたい!! 逢いに行く!!」
「え?」
「言っただろう!? エリノアから初めて返事が届いたあの日、エリノアに逢いに行くのであれば、アレックスが休暇から王都に戻ってきた後、アレックスが側にいるときにしてくれ、と!」
『私が休暇から王都に戻ってきた後の、私がウィルフリッド殿下の側にいるときにしてください』
確かにアレックスはウィルフリッドにそう言った。だからあのあと、ウィルフリッドがカレンデム公爵領へいつでも行けるように護衛騎士や馬車を運転する御者には話を付けて根回しをしておいた。
ウィルフリッドは今日までエリノアに逢いに行くのを我慢していたし、エリノアが王都から離れて十分に時間も経っている。
「殿下、公務の方は?」
「今日中に片付く」
「陛下へのご報告は?」
「相談済みだ。だから明日にでも出発する!」
どうやらウィルフリッドの方もしっかり根回しを済ませていたらしい。であれば、早速自分も出発出来るよう、あれこれ手を回した上で準備をしなければいけない。
「分かりました。皆に伝えてすぐに準備に取りかかりましょう」
「頼んだ!!」
アレックスに頷いたウィルフリッドは久しぶりに生き生きとした表情を見せていた。
婚約者に逢えることが相当嬉しいのだと伝わってくる。何しろ約三ヶ月ぶりに逢えるのだ。はしゃいでしまうのも無理はないだろう。
そのままバタバタと何処かへ駆け出す勢いのウィルフリッドに、アレックスは「ウィル」と呼び掛ける。
「三ヶ月よく耐えたな。楽しめよ」
アレックスが親友として言葉を掛けると、ウィルフリッドはニッと笑って「あぁ!」と大きく頷いた。
後編は主にアレックスとルーシーのいちゃいちゃをお送りいたしました!
最後のアレックスとウィルフリッドのやり取りのあと、本編の33話に続く流れになっています。
補足しておくと、カレンデム公爵領にいつでも行けるように城内で根回しをしていたウィルフリッドでしたが、気持ちが先走っているので、(アレックスを含め)カレンデム公爵邸への連絡をすっ飛ばしちゃうおっちょこちょいさんでした!