4 可哀想な伯爵令嬢vs傲慢な公爵令嬢
翌日、いつも通り王立学園へ登校したエリノア。だが学園の様子は何時もと違っていた。
エリノアが校舎の門を潜った瞬間からずっと注がれている好奇の眼差し。そして、ひそひそと囁かれる言葉たち。
今までも公爵令嬢としてエリノアが注目を浴びることはあった。それは勿論、いい意味でだ。だが、今回はそれとは違う。どちらかと言うと“エリノア様がナターシャ様を泣かせた”と、学園で噂の的になった時の悪いものに似ている。
大方、ナターシャ様が昨日の出来事を誰かに話してしまわれたのでしょうね。
エリノアは周囲に気付かれないよう、小さく息を吐いた。その時、「エリノア様!」と彼女を呼び止める声がした。
辺りの生徒たちがひそひそとエリノアを噂する中、堂々と彼女を呼び止めた人物はエリノアがよくお茶会を共にする仲良しのカウル候爵のご令嬢。ルーシー・アン・ハミルトンだ。
「ルーシー様、ごきげんよう」
優雅に挨拶するエリノアにルーシーも「ごきげんよう」と形式的に挨拶を取る。
「そんなことより! エリノア様これは一体!?」
そこまで言ってからルーシーがエリノアの耳元に近付くと声を潜めて話しかける。
「学園中、エリノア様とウィルフリッド王太子殿下の婚約破棄の話題で持ちきりです。婚約破棄だなんて嘘ですよね? 一体、何があったのですか!?」
エリノアは返事に困りながら「ええと、そうですわね……」と口ごもる。
実際に婚約破棄したわけではなかったが、嘘と言い切ることも違う気がした。何しろエリノアの目的はウィルフリッドと婚約破棄をして、未来の旦那様を探す旅に出ることだからだ。それに公式ではないとは言え、ウィルフリッドに婚約破棄を言い渡されたことは事実だった。
「エ、エリノア様っ……」
思考を巡らせていた時、か細い声に呼ばれてエリノアが振り向くと、そこにはナターシャの姿があった。
怯えたように体を抱き竦めるナターシャがゆっくりエリノアに近付く。その様子に少し不審感を抱きながらも、エリノアは公爵令嬢として振る舞うべく挨拶を交わす。
「ナターシャ様、ごきげんよう」
「っ、ごきげんよう……」
震えた声色にエリノアは首を傾げながら「どうされましたか?」と問い掛ける。
「あのっ、……エリノア様がウィルフリッド殿下と婚約破棄されるのは、わたくしのせいですよね?」
その瞬間、周りの生徒たちがざわつく。
「やっぱり噂は本当だったんだ!」
「でも、ナターシャ様のせいって?」
「エリノア様やウィルフリッド殿下と何かあったのかしら?」
そんな声を聞きながら、ナターシャの発言に「どういう事かしら?」とエリノアは問い掛ける。
「わたくしが勉強を教えてもらう為に、殿下にずっと付いてもらっていたから、エリノア様は許せなかったのですよね? わたくしと殿下が恋仲なのではないかと疑って……だからあのようなことを仰ったのでしょう?」
“あのようなこと”とはどれのことかしら?
わたくしが婚約破棄を誘導した発言のこと?
直接何か不味いことを発言した記憶がないエリノアは少し考えて思い直す。
いいえ。きっとナターシャ様はそれらしい言葉を並べていらっしゃるだけだわ。だけど、それも嘘とは言い難い内容ね。
「だからって、王太子殿下の婚約者としてのお務めを放棄されるなんて、あんまりですわ。そんなだから婚約破棄だなんて言われてしまうのです! わたくしのことが憎いのであれば、わたくしに直接仰って下さい。お願い致します! ウィルフリッド殿下を困らせないで下さい!!」
勢いのまま告げて、ナターシャがエリノアに頭を下げる。
「っ!」
エリノアやルーシーは勿論、その場に居合わせた生徒たちはとても驚いた。
「おい、ナターシャ様が頭を下げているぞ!!」
「エリノア様がウィルフリッド殿下の婚約者としてのお務めを放棄されたって……それが婚約破棄の理由かしら?」
「エリノア様はナターシャ様を憎んでいらっしゃるの?」
「まぁ、ナターシャ様があれだけ殿下と毎日一緒にいらっしゃれば……ねぇ?」
「エリノア様の嫉妬が原因では?」
「それでナターシャ様に頭を下げさせているのか?」
「ナターシャ様が可哀想ですわ」
もはやエリノアの耳にも丸聞こえの周囲の声。
不味いですわ。わたくし、とことん悪者みたいになっています。これでは悪役令嬢まっしぐらですわね。
「ナターシャ様、顔を上げてください。わたくしは別に貴女を憎んではいません」
まぁ少し……いいえ。とてもイライラさせられたことは沢山ありますけどね。と、エリノアは心の中で付け足す。
「でしたら、ウィルフリッド殿下に謝罪を!」
はい??
パッと顔を上げたナターシャの発言にエリノアは目を丸くする。
「どうしてわたくしが殿下に謝罪をしなくてはならないのです? わたくし、謝罪が必要になることはしておりませんわ」
「そんな筈ありません! エリノア様! よく思い出してください!!」
「……」
どちらかと言うと、ナターシャ様にはわたくしとウィルフリッド王太子殿下の婚約破棄が成立しない間は、殿下にあまりに近付かないよう配慮していただきたいのですが………
そうこうしている間もギャラリーは増え続けている。
エリノアへ向けられる眼差しは決して心地よいものではない。それはエリノアに対する評価を下げ、心底がっかりしたという眼差しだったからだ。
「公爵家のご令嬢であるエリノア様が……あのような方だったなんて」
「王太子殿下は婚約破棄して正解では?」
そんな言葉もチラホラ聞こえてくる。そんな中、誰かの声が響き渡る。
「ウィルフリッド殿下がいらっしゃったわ!!」
その声でその場にいた全員が校門の方へ顔を向けた。そこにはいつものようにアレックスと共に登校するウィルフリッドの姿があった。