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2 ウィルとアレックス~長期休暇中の恋人との過ごし方(前編)~

今回は本編で言うところの30話と31話の間のお話です。

書くのが楽しくて、想定より長くなったので前編後編でお送りします。

 エリノアが侯爵領での長期滞在を始めて11日が経った日のこと。


 陽の光が丁度真上を通りすぎる頃、アレックスがウィルフリッドの執務室のドアをノックした。部屋の主の許可を得て入室したアレックはウィルフリッドの執務机の前に歩み出ると、そこに数枚の書類を置く。


「ウィルフリッド殿下、こちら追加の書類です」


 ウィルフリッドの「ああ」という返事をアレックスは聞き届ける。だが、ウィルフリッドはアレックスを見向きもしない。それどころか一枚の書類をジッと眺めたまま身動きすらしなかった。その表情は一見すると真剣に書類を読み込んでいる様に見える。だが、アレックスに言わせれば心ここにあらずで、ただ書類を視界に入れて呆然と眺めているだけだ。


 このところ、ウィルフリッドが日に日に元気を失くしていることをアレックスは感じ取っていた。

 理由は単純。ウィルフリッドの婚約者であるエリノアが王都からカレンデム公爵領へ帰っており、公爵領へ長期滞在することが決まっているからだ。


 とはいえ、ウィルフリッドの執務机に積まれた書類は殆んど片付いている。今は大方、書類と向き合っている途中で集中力が切れて、愛しい婚約者の事で頭が一杯になっているのだと推測できた。


 アレックスはため息を一つ溢すと、まだ手に持っていた資料を先ほどの書類の隣に置く。


「それと、今朝殿下に頼まれたアイーリズ伯爵領の収穫量、及び鉱石の採掘量を過去10年分纏めたものです」


 “カレンデム公爵から送られてくる報告を元に、過去のデータを見直したい”


 そんなウィルフリッドの要望に答えてアレックスが用意した資料だ。しかし、その資料もすぐに確認するでもなく、「ああ、ありがとう」と一言あるのみ。依然としてウィルフリッドの視線は手元の書類に注がれていた。


「…………。最後に、エリノア様からのお手紙です」


 告げた瞬間、ガバッとウィルフリッドの顔が持ち上がる。そして手紙を受け取ろうと、ウィルフリッドの手が素早く伸びてきた。その手をアレックスは頭上に高々と手紙を掲げることで回避する。


「なっ!? アレックス!?」


 手紙を掴み損ねたウィルフリッドは側近であり、幼い頃からの親友でもあるアレックスの意地悪な行動に驚いて目を見開いた。


「ウィルはエリノア様の事になると直ぐ反応するんだな? 他にも渡しに来たものがあるのだから、少しはそっちにも意識を傾けてほしいのだが?」


 告げながら、アレックスは最初に執務机に置いた書類と資料に視線を向ける。それにつられるようにウィルフリッドも机に視線を落とした。


 アレックスは側近としてウィルフリッドを支えている。にもかかわらず、顔も見ずに返事だけを返したのはあまり良くないことだ。


 シュンと分かりやすくウィルフリッドが肩を落とした。


「……すまない」

「分かればよろしい」


 答えるとアレックスはエリノアからの手紙をウィルフリッドに差し出す。途端に、待ちわびていた恋人からの返事にウィルフリッドの頬が緩んだ。


「今朝届いたそうだ」


 そんなアレックスの声を聞きながら、ウィルフリッドは早速中身を確認する。


 手紙にはエリノアの綺麗な字が並んでいた。

 まず初めに、カレンデム公爵領での近況が書かれていた。母の公爵夫人と久しぶりに再会し、有意義な親子の時間が過ごせているようだ。

 他にも先に手紙を送ったウィルフリッドが提示したお茶会の約束の了承やエリノアが今読んでいる本のタイトルも書かれている。

 そして、文章の最後には“わたくしも殿下にお逢いする日を楽しみにしています”と記されていて、それだけでウィルフリッドの乾いた心に愛しい気持ちが込み上げてくる。


「エリノア……」


 はあぁぁぁぁ~と幸せのため息がウィルフリッドから溢れる。


「良い返事が貰えたようで良かったな?」


 久しぶりに見る親友のリラックスした幸せそうな顔にアレックスも一安心する。

 ウィルフリッドとエリノアが婚約して以来、エリノアが王都を長期間に離れるのはこれが初めてだった。だから、アレックスは日に日に元気がなくなっていく親友を心配していたのだ。


「あぁ。早くエリに逢いたい」

「この前も似たような事を言ったが、エリノア様が王都を離れてからまだ10日程しか経っていないんだ。そんな調子ではお前の身が持たないぞ」


 何時もならエリノアは王妃教育を受けるために数週間で王都に戻るが、今回は月単位で領地に滞在することが決まっている。恐らく、学園の新学期が始まる直前まで戻ってこないつもりだろう、とアレックスは考えていた。


「そうは言っても逢いたいんだ……」


 ウィルフリッドがそう思うのも無理はない。何しろ最近のエリノアは今までの人生の中で一番と言って良いほど、ウィルフリッドの言葉や行動に心を動かしていたからだ。


 ウィルフリッドがエリノアのお見舞いに行ったとき、彼女は前世の事を思い出したと、打ち明けた。そして、“恐らく”と言う言葉はついていたが、“ウィルフリッドを慕っているのだと思う”と言ってくれたのだ。


 ウィルフリッドはそれだけで嬉しかった。だが、エリノアは自分の“好き”と言う気持ちがエリノアとしてなのか、瑛里として憂斗を思う気持ちなのか分からないと言った。


 ウィルフリッドはそんなエリノアの気持ちが全く分からない訳ではない。ウィルフリッド自身もウィルフリッドとしての人格と憂斗としての人格がせめぎ合う時があるからだ。そのせいで、エリノアの前でのみ憂斗の性格が発揮され、彼女の前で上手く話せない事態が発生していた。お陰でエリノアにはナターシャが好きなのだと誤解させてしまったこともある。


 そんな理由もあって、ウィルフリッドはエリノアが気持ちを見つけるまで待つことを選んだ。エリノアの気持ちがはっきりするまで幾らでも待つ覚悟はしていた。だが、長期休暇でエリノアがカレンデム公爵領に籠ることになるとは思ってもみなかったのだ。


 ウィルフリッドは『カレンデム公爵領でゆっくりしておいで』と快く送り出したは良いものの、エリノアに早く王都に帰ってきて欲しくて堪らないのだ。


 今度は寂しさから、はぁぁぁぁ~っと、ウィルフリッドの重いため息が溢れる。


 エリノアの傍にいられないものは仕方がない。それなら彼女が読んでいる本を読めば、もっとエリノアを感じられるだろうか? と考えて、後で手紙に書かれていた本を探しに行こう! とウィルフリッドは公務後の予定を立てる。


 ウィルフリッドは幸せのため息から一転、落ち込みのため息を付いたかと思うと、今度はキリリとした表情に変化した。

 その様子を見ていたアレックスは「感情が忙しい奴だな」と呆れ半分で呟く。


「アレックスだって、もしも何らかの事情でルーシー嬢と長期間会えなくなったらこうなる」

「大丈夫だ。俺は毎年、長期休暇中に2回は会いに行っているからな」

「は?」


 驚きでウィルフリッドが椅子から立ち上がる。その拍子に今までウィルフリッドが座っていた椅子が、ガタッと音を立ててひっくり返った。


「……毎年? ……会いに行っている、のか??」


 目を白黒させるウィルフリッドに、言って無かったか? いや、そんな筈は無いよな?? と疑問に思いながらアレックスは「ああ」と頷く。


「ルーシーはいつも長期休暇中はカウル侯爵領に帰っているからな。俺がニイルド侯爵領に向かう前と王都に帰る前の2回、会いに行っているよ」


 ウィルフリッドは休暇中に“アレックスが婚約者と会った”と言う話を何度か聞いたことはあった。だが、アレックスがわざわざ婚約者の領地まで出向いているとは思っていなかったのだ。


「そうか、……その手があったか!」

「え?」


 ウィルフリッドの呟きに、アレックスの胸に嫌な予感が広がる。


「私もエリノアに会いにカレンデム公爵領に行く!!」

「いやいや、ウィルフリッド! 待て!! 待て!!」


 キラキラと輝きだしたウィルフリッドの瞳。今にも飛び出していきそうな勢いの親友をアレックスは止める。


「エリノア様が王都を離れてからまだ2週間も経っていないんだぞ? 幾らなんでも早すぎだ!」

「じゃあ、いつなら会いに行って良いんだ?」

「それは……」


 アレックスは返答に困った。

 一国の王太子がカレンデム公爵領まで出掛けるとなると大騒ぎだ。しかもカレンデム公爵領は王都から2日も掛かる。少なくとも4日は城を不在にすることになる。ウィルフリッドの護衛やその間の公務など、考えることは山積みだった。


「兎に角だ! 今は駄目だ。公務を放置するわけにはいかないだろう?」


 その言葉にシュンっとウィルフリッドの肩がまた下がる。


「……そうだな。アレックスの言う通りだ」


 公務を放ってエリノアに会いに行ったことが分かれば、彼女に愛想を尽かされるだろう。

 ウィルフリッドはそんな考えに思い当たって考え直す。


「……分かった。胸を張ってエリノアに会いに行けるように体制を整える。公務を溜めずに数日城を開けても問題が無いように根回しをして、カレンデム公爵領へ出かける計画を立てておく。それなら問題ないだろう?」


 そう尋ねるウィルフリッドの顔は、先程まで浮かれたり落ち込んだりと、一喜一憂していた男の顔ではなくなっていた。王太子として、責任感を背負った顔だった。


 そうとまで言われてしまえば、アレックスは折れるしかない。婚約者に逢えない寂しさともどかしさはアレックスも知っているからだ。それに、今までウィルフリッドとエリノアを見守ってきたアレックスは、ウィルフリッドが浮かれたくなる気持ちも理解しているつもりだった。


「分かりました。ですが、それは私が休暇から王都に戻ってきた後の、私がウィルフリッド殿下の側にいるときにしてください」


 アレックスは王太子の側近として、ウィルフリッドに答えた。


「分かったよ」


 了承の返事と共に、ふっと笑った親友にアレックスは一安心する。


「ところで、アレックスがもうすぐ領地に帰るということは、その時にルーシー嬢に会いに行くと言うことか?」

「はい。そうですが?」


 アレックスは一瞬言葉に詰まった。ウィルフリッドには“エリノアに会いに行くな”と言った手前、“自分は婚約者に会いに行くのか”と、責められるかもしれないと思ったからだ。


「そうか。いいなぁ、お前は」


 はぁぁぁぁ~っと、またしてもウィルフリッドから重いため息が漏れる。

 羨ましさを身体中で体現するように、ウィルフリッドは倒れた椅子を直すと、そこに座り込んだ。


「今まで私とエリノアの話ばかりで、アレックスの話を聞いてこなかったが、領地へ向かう行きと帰りに立ち寄ってまでルーシー嬢に会いに行っていたとは。アレックスはルーシー嬢をとても大切にしているのだな」


 にこりと笑う親友にアレックスは少し気恥ずかしさを覚えた。


「婚約者、だからな……」


 アレックスとルーシーの婚約は親が決めたものだった。


 最初はただ親の決めた事に従って、ルーシーと逢っていたアレックス。だが、ルーシーと一緒に過ごす時間が増えれば増えるほど、アレックスはルーシーに惹かれていった。後から聞いた話では、ルーシーの方もアレックスに段々惹かれていったという。


 控えめだが、きちんと自分の考えを持っているところや、友を大切にしているところ。そして、柔らかく優しい眼差しや可愛らしい声……等々。

 アレックスがルーシーを好きなところは、上げるとキリがない。


 そんな愛しい婚約者と共に、互いの親友であるウィルフリッドとエリノアの関係を見守ってきた。

 この2人が上手くいくと自分たちの事のように嬉しく思い、アレックスとルーシーが逢うときの話題に上るほどだった。


 そんな風に見守ってきた相手に、自分たちのことを言われるのがアレックスは照れ臭かった。

読んでくださりありがとうございます!

後編では主にあの方々がいちゃいちゃします。

ここまで言えば、勘が鋭い読者様ならお分かりでしょうが、本編はそういった描写が少なかった二人なので書きたかったのです!

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お読みくださりありがとうございます!
◇このお話しのもう一つの物語はコチラ
悪女だって愛されたい〜処刑された筈の伯爵令嬢は現代日本に異世界転移する~
◇新連載始めました!!
婚約解消寸前まで冷えきっていた王太子殿下の様子がおかしいです!
面白そう!と思っていただけましたら、どちらの作品も読んでみていただけると嬉しいです!
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