35 祝福
エリノアとウィルフリッドはその日のうちにエバンス家の人間にプロポーズの件を報告した。レイモンドもジュリアもイアンも、みんなが「おめでとう」と二人を祝福した。
その日はウィルフリッドが訪問してきたこともあり、エバンス家とウィルフリッドで小さな晩餐会が開かれることになった。そして「プロポーズのお祝いだ!」と、メニューが更に豪華なものへと変更された。
一晩だけカレンデム公爵邸の客間に泊まったウィルフリッド。名残惜しくはあったものの、帰城するために翌日にはカレンデム公爵領を離れていった。
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それから暫くして、社交シーズンが再開される時期が近付いてきた。少し早めにエリノアとレイモンド、そしてイアンの3人は王都の邸に戻る。それはエリノアが王都へ戻ったら直ぐに王城に顔を見せるよう、王家から知らせを受けていたからだった。
帰宅した翌日の朝一番にお城に伺うと、国王陛下と王妃殿下からプロポーズの件について、喜びの声とともに祝福を受けた。
ウィルフリッドは宣言していた通り、カレンデム公爵領から帰城してすぐ、国王陛下夫妻に報告していたようで、王城ではウィルフリッドとエリノアの婚姻の準備が少しずつ進められていた。
その内容は日取りや式場の選定、それからパレードの準備などなど、多岐に渡る。
「わたくしたちも意見はするけれど、これはウィルとエリノアの婚姻だから、最終的にはあなた達ふたりで決めるのよ」
そう張り切り気味に告げたのは、王妃のヘンリエッタだ。
その様子からして、ウィルフリッドとエリノアの婚姻を一番楽しみにしているのは彼女なのかもしれないとすら感じてしまうほどだ。
数日後、学園は新学期を迎えた。
「エリノア様!」
声を掛けられてエリノアが振り向けば、久しぶりに会うルーシーが嬉しそうに手を振っている。
「ご機嫌よう、ルーシー様」
「ご機嫌よう」
微笑み合って挨拶を交わしていると「エリ!」と、エリノアを親しく呼ぶ声が聞こえてくる。エリノア達がそちらに視線を向けると、ウィルフリッドが近付いてくる所だった。
「殿下!」
エリノアが呼ぶと、途端にウィルフリッドが不満そうに眉を寄せる。
「私は“エリ”と呼んだのに、“ウィル”と呼んでくれないのかい?」
ウィルフリッドが少し首を傾げる。その仕草にエリノアはキュンと、ときめく。
「あっ、……えと、まだ慣れていなくて。ごめんなさい。……ウィル」
少し照れながらエリノアがウィルと呼ぶと、ウィルフリッドが満足そうに微笑んだ。
ウィルフリッドと共に登校してきたアレックスと、エリノアと話していたルーシーは、二人のこのやり取りに驚く。
「まぁまぁまぁっ!!」
エリノアとウィルフリッドの進展にルーシーが頬を紅葉させた。アレックスもぽかんと口を開いていたが、フッと柔らかい表情になる。
誰よりも近くでウィルフリッドとエリノアを見てきたアレックスとルーシー。二人にとって、エリノアたちの進展は喜ばしい事だった。
「エリノア様、お休みの間にウィルフリッド殿下と何があったのです? 是非、お聞きしたいですわ」
興味津々のルーシーに、エリノアはウィルフリッドにプロポーズされたときのことを思い出す。
それがきっかけで婚姻の話が進んでいるのだが、二人の婚姻の日取りが確定するまで、この事はカレンデム公爵家と王家の秘密になっていた。
ウィルフリッドの側近としてアレックスは知っていたが、まだ誰にも口外してはいけない。それは彼の婚約者であるルーシーも例外ではなかった。
「えっと、……殿下と手紙のやり取りをしていましたの」
「それで?」
何とか誤魔化すため、エリノアは思考を巡らせて言葉を発する。そこへウィルフリッドが助け舟を出す。
「エリの読んでいる本を教えてもらってね、私も同じ本を読んで感想を送りあったんだ」
「まぁ! 素敵ですわ!!」
そんな風に危機を乗り切ったエリノア。
それからというもの、学園で共に過ごすウィルフリッドとエリノアの姿は、以前までよりも仲睦まじく周囲の目に映った。それは、エリノアを悪女だと信じていたカレンデム公爵と関わりが薄いご令嬢やご令息たちも同様だった。
徐々に学園の生徒たちの見る目が変わり、それはやがて社交界に広がっていった。