31 公爵夫人ジュリアの社交力
エリノアがカレンデム公爵領に来てから12日目。
レイモンドとジュリアはダイヤモンドの原石を指輪にすると決め、3日前に公爵領で一番賑わっている街を訪れた。エリノアとイアンも一緒に街へ向かい、久しぶりにカレンデム公爵領の街を歩いてその賑わいを愉しんだ。
そして今日、レイモンドとイアンは他の貴族たちと久しぶりに狩りに出かけている。
お留守番のエリノアとジュリアはレイモンド達と共に狩りへ出た夫や息子を待つご夫人とご令嬢たちとのお茶会を楽しんでいた。
「久しぶりにカレンデム公爵夫人にお会いできるのを楽しみにしていましたのよ」
ジュリアと仲の良い侯爵夫人の言葉にジュリアも微笑みを零す。
「わたくしもですわ」
「カレンデム公爵令嬢とお茶を共にするのも久しぶりですわね」
不意に話を振られたエリノア。だが慌てることなく微笑み返す。
「はい。随分とご無沙汰しております。今回は長くこちらに滞在する予定ですので、機会がありましたら王都に戻るまでにまたご一緒できると嬉しいですわ」
「あら? ということは王妃教育は終了しましたの?」
侯爵夫人はエリノアが王妃教育の為、いつも短期間で王都へ戻ることを知っている。それ故の純粋な疑問だったらしい。
「いえ、そういう訳ではありませんが、領地でゆっくり出来るようにと王家の方々がご配慮下さったのです」
「確かに、カレンデム公爵令嬢は大変でしたものね」
向かいの席に座る伯爵令嬢が苦笑いを浮かべる。
あまりその話を掘り返したくないエリノアだったが、話の流れ的に深掘りする展開を向かえそうだった。
「アイーリズ伯爵令嬢があんな恐ろしいことを考えていたなんて」
「えぇ。本当に」
「一歩間違えれば、とんでもない女が王太子殿下の回りをうろつくところでしたわ」
口々に話し始める夫人やご令嬢たち。これは暫く我慢するしかありませんわね。と、エリノアが諦めかけたその時、ジュリアが口を開く。
「でも、その王太子殿下のお陰でうちのエリノアは助かりましたわ。さすがは王太子殿下。優れた慧眼をお持ちですわ」
エリノアはハッとして、さり気なく母へ視線を送る。ジュリアはエリノアの心中を察して、ウィルフリッドを褒め称える方向へ話の舵を切ったのだ。
「えぇ、えぇ! あの時、わたくしもその場におりましたが、本当に凄かったですわ! それにカレンデム公爵令嬢へ向けられた王太子殿下のお優しい眼差し。そして、紳士的でスマートなご対応!」
その場が黄色い声で「キャー!」と盛り上がる。
「エリノア嬢はとっても愛されていますわね」
不意に放たれた言葉に「へっ!」と変な声が出てしまったエリノア。色々な意味で恥ずかしさが増して顔が熱くなる。
「お、お恥ずかしいですわ……」
赤くなっているであろう顔を扇子で隠しながらエリノアが答えると、ご夫人方から「若いわねぇ~」と揃った声でからかわれる。
「わたくしもエリノア嬢の年の頃を思い出しますわ」
脳裏にどんな過去を思い出しているのか、うっとりとしながら一人の伯爵夫人が呟く。
「まぁ! そのお話、詳しくお聞きしてもよろしくて?」
ジュリアの一言で場の空気はすっかり明るい話題へ変わった。
エリノアがちらりと席に座る面々を眺めると、色恋の話に誰も彼もが嬉々とした表情をしている。
流石はお母様。領地に引きこもっているとはいえ、あっという間に話題を塗り替えてしまいました。凄いですわ。
尊敬の眼差しで母の顔をジッと見ていたエリノア。ジュリアがその視線に気付く。
「エリノア、どうかしました?」
「いえ。……あ、ですが、お聞きしたいことがあります」
エリノアは今現在自分が抱えている悩みを思い返す。ちょうど今繰り広げられている話題も色恋だったから、聞いてみたくなったのだ。
他の人には聞こえないように、エリノアは扇子で口元を隠すとジュリアの耳元でこっそりと尋ねる。
「お母様がお父様の婚約をお受けしたのは何が決め手だったのですか?」
「まぁ、エリノアったら」
少し驚いた反応を見せたジュリア。だが、にこっと笑みを浮かべると冷静に続ける。
「皆さんの前では聞かれると恥ずかしいから、そのお話しはまた今度ね」
「分かりました」
ジュリアは今は答えるつもりはないが、答えてくれる気はあるらしい。
エリノアは少し気になりながらも、その場ではそれ以上追求することなく、ご夫人やご令嬢とのお喋りの輪に再び混ざっていった。