30 エリノアとウィルフリッドの文通
エリノアが王都を離れてから8日目。
「お嬢様、ウィルフリッド王太子殿下からお手紙が届いています」
「まぁ、随分と早いですわね」
エリノアはエマから手紙を受け取る。
ウィルフリッドと最後に会った日、エリノアは彼から『手紙を書く』と聞いていた。楽しみにしてはいたが、手紙が届くのはもう少し先だと思っていただけに少し驚きだった。早速、封を開けて中を確認すると、そこには綺麗な字が並んでいる。
そう言えば、殿下に手紙を貰うのは何時ぶりかしら?
まだ婚約して間もない頃、王妃教育が始まる前に2人は手紙のやり取りをしていたことがある。だが、エリノアの王妃教育が始まってからはウィルフリッドと王城で会うことが増えた為、手紙のやり取りも自然となくなったのだ。
あのときもウィルフリッドから手紙を出して、それにエリノアが返事を返していた。
久しぶりのウィルフリッドからの手紙にエリノアは落ち着かない気持ちになって、ふぅっと息を吐く。そして、改めて文字に視線を向けた。
“親愛なるエリノアへ”から始まる内容にドキッとしながらエリノアは読み進めていく。
─────
親愛なるエリノアへ
元気に過ごしているだろうか? 私は勿論元気だ!
と言いたいところだが、エリノアに逢えなくて寂しい。
いつもなら、“あと数日我慢すればエリノアが王都に帰って来る”と思えば我慢できるけれど、今回は君がカレンデム公爵領に長期滞在すると決まっているからね。
エリノアが王都に帰ってくるまで、まだ先は長いと思うと居ても立っても居られず、こうして手紙を書いている。
アレックスも、もう少ししたら領地へ帰ると言っているから、ますます寂しくなりそうだ。
私も公務が一段落したから昨日、久しぶりに母上とお茶を嗜んだのだが、その時にエリノアが公爵領に向かう前に母上とお茶をしたと聞いたんだ。
何故私を呼んでくれなかったのか? と母上に訊ねたら、「女子会なのだから、ウィルを呼ぶわけないでしょう」と言われてしまったよ。
エリノア、君が王都に帰ってきたら、私ともまたお茶をしてくれるかい?
エリノアはカレンデム公爵領でどんな風に過ごしている?
ふとした時にエリノアの事ばかりが頭をよぎるよ。
この話をアレックスにしたら、「そんな調子ではエリノアが王都に帰って来るまで身が持たないぞ」と笑われた。
エリノアも私と同じ気持ちだったら……なんてね。
それじゃあ、体に気をつけて。
エリノアに逢える日を心待ちにしているよ。
ウィルフリッドより
─────
「……っ」
手紙を読み終えたエリノアは頬がほんのりと熱を持っていた。
ウィルフリッドはエリノアが思っていた以上に寂しがりやのようだ。手紙からはエリノアに逢いたいという思いがひしひしと伝わってくる。それから、ウィルフリッドがエリノアを想っていることも。そして、ヘンリエッタからあの日のエリノアとのお茶会の事を聞いたと書かれていた。
王妃殿下は、どこまでわたくしとの事を話されたのかしら?
でも、手紙の内容からしてお茶をしたという事実しか語っていない?
「……」
ふとした時にわたくしの事ばかり頭をよぎる、か……
それにはエリノアも少し心当たりがあった。ふとした時にウィルフリッドの事が頭をよぎる瞬間があるのだ。だが、それはカレンデム公爵領に帰ってからではない。婚約破棄騒動の次の日に、学園でウィルフリッドに『好きだ』と宣言されたあの日からだった。
わたくしも、殿下と同じ気持ち…………ということなのかしら?
この気持ちは憂斗に対しての好きではなく、ウィルフリッド殿下への好き?
「エリノアお嬢様? お顔が真っ赤ですよ??」
エマの声で「へっ!?」と思考が中断される。
「ウィルフリッド王太子殿下からのラブレターに良いことが書かれていましたか?」
「ラ、ラブレター!? ち、違うわ!! そんなのではありません!!」
エリノアが思わず必死になって言葉を返すと、エマが面白がるような視線を向ける。
「テレなくてもよいのですよ? お二人は婚約者なのですから」
「エマ? 貴女、からかっていますわね?」
エリノアがエマを怪しむように覗き込むと、流石に主人をからかい過ぎたと思ったのか、エマが真顔に戻る。そして、そのまま明後日の方を見た。
「いえ。そんな事はありませんよ。さぁ、お返事のお手紙を出さないといけませんね」
エマは話をはぐらかすように動き出すと、エリノアが返事を書くための用意を始める。
上手く逃げられてしまったわ。と感心しながらエリノアは返事を書くべく、ペンを握った。
手紙の返事にカレンデム公爵領で元気に過ごしていること。久しぶりに母と有意義な時間を過ごしていることを書き綴っていく。
ウィルフリッドとのお茶の約束には、分かりましたとだけ返した。どうせ王妃教育が再開すれば、ウィルフリッドが部屋を訪ねてくるからだ。
それから、公爵領では時間がたっぷりあるので、本を読んでいることを本のタイトルと共に書いておいた。普段、歴史書から恋愛小説まで幅広いジャンルを読んでいるエリノア。だけど、ウィルフリッドへの気持ちで悩んでいる今のエリノアの愛読書は少々恋愛小説に偏っていた。
エリノアは気恥ずかしさを覚えながらも、最後に“わたくしも殿下にお逢いする日を楽しみにしています”と書いて手紙を締めくくった。