29 久しぶりの家族集合
「お母様!」
「エリ! お帰りなさい!」
王都から馬車で2日。エリノアはカレンデム公爵領にあるカレンデム公爵家に到着した。言わずもがな、アイーリズ伯爵領の件に追われているレイモンドとイアンは数日遅れてこの邸に来る手はずになっている。
トムのエスコートで馬車から降りたエリノアは、久しぶりに会う母の姿を見て貴族としての挨拶を忘れ、子供のように抱きついた。
「お元気そうで何よりですわ!」
「貴女もね。危うくエリノアが罪人に仕立て上げられるところだったとレイモンドから手紙が来た時は、本当に驚いたわ。それと、エリノアが未来の旦那様を探す旅に出たいと言ったことも」
それを聞いたエリノアは、母には全て父の手紙から話しがいっているのだと観念する。
「ご心配をお掛けして申し訳ありません」
シュンッと肩を落す愛娘の頭をジュリアはそっと撫でた。
「まぁ、その辺りのことは追々お茶でもしながら聞きましょうか」
「はい」と頷いてエリノアたちは邸の中へ向う。ここから暫くの間、エリノアは母との久しぶりの親子の時間を楽しむのだった。
♢♢♢♢♢
エリノアの到着から5日後。レイモンドとイアンもカレンデム公爵領の邸に帰ってきた。これで数カ月ぶりに家族全員が揃ったことになる。
「ジュリア!!」
「旦那様、イアン、お帰りなさい」
先日のエリノアと同じように、レイモンドがジュリアに抱き付く。妻との久しぶりの再開にレイモンドは上機嫌だ。
そういえばお父様とお母様は、夜会でお父様がお母様に一目惚れして婚約を申し込んだ、と聞いたことがありますわね。
お母様はその頃から体が弱かったから、“次期公爵夫人は自分には務まらない”と、最初はお断りしたらしいけれど……
何が決め手でお母様はお父様との婚約をお受けされたのかしら?
仲睦まじい両親の姿にエリノアはふとそんなことを思った。
「ジュリアにプレゼントがあるんだ」
レイモンドの言葉に「まぁ、何かしら?」とジュリアか嬉しそうに尋ねる。
「アイーリズ伯爵領の視察で鉱山へ行ったんだが、その時に取れた宝石だ」
レイモンドはそう言って執事から布の包を受け取ると、それを丁寧に開く。中から大ぶりの宝石の原石が現れた。
「まぁ! 大きいわねぇ〜」
「えぇ! 本当にすごいですわ。こんなに大きな原石は初めて見ました!」
感嘆のため息を漏らすジュリアと驚くエリノアに「ダイヤモンドだ」と付け足すレイモンド。まだ加工前だからなのか、ダイヤモンドの原石はくすんだ印象だった。
「ずっと、アイーリズ伯爵領では小ぶりのダイヤしか取れないのだと思っていた。だが、大ぶりのダイヤも裏で高値で取引していたようだ」
「元々アイーリズ伯爵領は豊かな土地だと知られてはいたが、報告以上に豊かな土地だったよ。前アイーリズ伯爵はそれを利用して荒稼ぎしてたようだから、相当金に目がなかったようだね」
レイモンドの言葉にイアンも呆れたようにそう続けた。
「取り急ぎ、ここへ来る前にどの様に売り出すのが最適かを含め、キアーズ子爵に相談してきた。子爵が宝石に詳しい商人を紹介してくれる事になってな。この件がまとまれば鉱山で取れる宝石の件は落ち着きそうだ」
「それで? このダイヤモンドはその時の商談材料だったのですか?」
鋭いジュリアの問い掛けに、レイモンドが一瞬たじろぐ。
「ま、まぁそれもあるが。一番大きなダイヤをジュリアにプレゼントしたかったんだ。だが、ダイヤで指輪を作るか、ネックレスを作るか、それともイアリングを作るか悩んでな。どうせなら君の好きな物を作ったほうが良いと思って。ジュリア、さっそく明日にでも街に行こう!!」
「ふふふっ、気が早い人。もう少し悩ませて頂戴」
はやるレイモンドの姿にジュリアは上品に笑う。
「エリノアもダイヤモンドが欲しければ、ウィルフリッド王太子殿下におねだりしなさい」
ジッとダイヤを眺めていたエリノアにレイモンドが突然そんなことを言ってくる。
「えっ!?」と一瞬狼狽えるエリノア。そんなに物欲しそうにしていたかしら? と恥ずかしくなる。
「ダイヤモンドに限らず、これからは今までよりも大粒で上質な宝石が沢山出回っていく筈だ」
「それは良いことですが、殿下におねだりだなんて……そんなこと……」
ウィルフリッドに欲しい物など、おねだりしたことがないエリノア。勿論「何が好きか?」と聞かれて答えたものをプレゼントしてもらったことはある。それに限らず、ウィルフリッドからプレゼントしてもらった物は、どんなものでも受け取ってきた。だが高価すぎるものを自分から欲しいだなんて、恥ずかしくてエリノアは言えなかった。
大体、大粒のダイヤモンドなんておねだりしてしまえば、昔頂いた婚約指輪よりも高価なものになる筈ですわ。それはつまり、殿下と結婚したいと言っているようなものでは!? わたくしは殿下への気持ちを見つけられていないのに! それはまだ早いですわ!!
内心で葛藤するエリノアをよそに、レイモンドはなんてことないように言葉を続ける。
「何を言う。お前の婚約者じゃないか。王太子殿下であれば大粒のダイヤモンドの一つや二つ、容易く手に入る」
「そ、そういう問題ではありませんわっ!!」
「む? では、どういう問題なのだ??」
「貴方、その辺りまでです。年頃の娘にあれこれ聞いては嫌われてしまいますわよ」
告げたジュリアがエリノアにウインクする。レイモンドは「それは困る!」と、それ以上エリノアを追求してこなくなった。
ジュリアの言葉に素直に従うレイモンド。そこには公爵としての威厳はなく、ただ妻を愛する一人の男がいるだけだった。