26 交わした約束の答え合わせ
ウィルフリッドからお見舞いの花束を受け取ったエリノアは、エマに花束を花瓶に飾るよう頼んだ。その間にも他の使用人達がエリノアの部屋に紅茶や軽く摘まめるクッキーのお菓子を運んでくる。
それらをテーブルに並べ終えた頃にはエマも花を飾り終えていた。そして、エマたちは気を利かせて「部屋の外におりますので、何かあればお申し付け下さい」という言葉を残し、アレックスも含めて全員が部屋の外へ退出した。
……気まずい。
エリノアの頭の中はその言葉でいっぱいだった。
ウィルフリッドが王妃教育の合間のお茶会を王城の中庭にセッティングしたときも似たような気まずさを感じたエリノア。だが、あの頃とは違って今は気恥ずかしさが混じっていた。
ソファーに座りながらテーブルを挟んで対面している二人。エリノアの雰囲気に呑まれたのか、ウィルフリッドも黙ったまま。以前のウィルフリッドに逆戻りしている。
このままでは駄目だわ。何か話さないと! ……そうですわ! 今日こそ殿下に夜会の時のお礼をしなくては!!
「あの、ウィルフリッド王太子殿下。キアーズ子爵家の夜会では助けて頂き、本当にありがとうございました」
「いや、当然のことをしたまでだよ」
「そんなことはありません。殿下がいなければ刑を受けていたのはわたくしだったかもしれません。……それに、殿下が神官様を手配して下さったお陰で傷もすっかり良くなりました」
「……そうか。それは良かった」
ふわっとウィルフリッドが笑顔を見せる。そのことと今現在、彼と会話が続いていることにエリノアはホッとする。
「思っていたより、エリノアが元気そうで良かった。昨日、アイーリズ伯爵家の末路を目の当たりにした君はとても青い顔をしていたから、寝込んでいると思っていたんだ」
「ご心配をお掛けしました。ですが、気分が悪くなったのはあの一時だけで、夕方には良くなりました」
エリノアはにこっと笑って見せる。だけどウィルフリッドは心配するように肩を竦めた。
「でも、それにしては浮かない顔だね」
「っ……!」
図星を付かれてエリノアは言葉に詰まる。
どうして分かったのかしら? と思いながらウィルフリッドを見た。
『まぁ! 丁度よい機会ではありませんか!! エリノアお嬢様、殿下にお悩みを聞いてもらうのはどうでしょう?』
エマのそんな言葉が頭の中に現れて、エリノアはウィルフリッドに前世のことを問いかけるか悩む。
「何か悩み事? それとも心配事かな? 私で良ければ話を聞くよ」
そうは言われても、“ウィルフリッド王太子殿下の前世は憂斗ですか?” なんて直球で訊ける筈もなかった。エリノアは「えっと……」と戸惑って、それから考えを巡らせると訊ね方を変える。
「夜会の日の夜、殿下は“昔わたくしと約束した”と仰って、こう続けられました。……“わたくしを見付けて今度こそわたくしを守る。わたくしと結ばれて幸せにする”と」
確認するためとは言え、自身に関する愛の誓いとも言える内容にエリノアは緊張と恥ずかしさを覚えた。それでも言葉を繋げて尋ねる。
「それは……いつ交わした約束ですか?」
自然と伏せていた視線を上げて、エリノアはウィルフリッドを見た。ウィルフリッドは何か思案しているのか、左下に寄った視線は複雑そうな色を浮かべている。
なかなか言葉を発しないウィルフリッドにエリノアはやはり何かあるのだと、確信に近いものを感じた。それがほんの少しエリノアの背中を押す。
「私も……貴方を見付ける…………」
少し震えた声で呟かれた言葉にウィルフリッドは弾かれたようにエリノアを見た。
「……だから、二人で幸せになろう。…………この約束は……わたくしたちのことで、合ってますか?」
エリノアは何故だか目頭が熱くなるのを感じた。そして、少し遅れて視界がぼやける。それはウィルフリッドの方も同じだった。
「エリ……? っ、思い、出し……たの?」
半信半疑ながらも、確かめるように呟いたウィルフリッドはエリノアに視線を向けたまま席を立つと、エリノアの隣に座る。その姿をエリノアは目で追っていたため、二人は自然と隣りに座った状態で見つめ合った。
「はい。事故の日の事を少し。……昨夜──っ!?」
エリノアが何かを言いきる前に、ウィルフリッドはエリノアを抱き締めた。
「やっぱり!! 君は“エリ”だったんだね!!」
嬉しそうなウィルフリッドの声にエリノアは信じられない思いで確かめる。
「殿下? ……ウィルフリッド殿下は“ウイト”なんですか?」
「あぁ! だから夜会で君が僕のことを“ウイト”と呼んだ時は驚いたんだ。聞き間違えかと思って。だけど……」
そこまで言うと、ウィルフリッドがエリノアを抱きしめる力を緩めてエリノアの顔を覗き込む。
「僕を思い出してくれたんだね!」
あまりにも嬉しそうに尋ねてくるウィルフリッドにエリノアは気恥ずかしくなった。
「っ! は、はい!」
「まぁ、それがよりによって事故の瞬間というのは心苦しいけど」
複雑そうな表情でウィルフリッドは苦笑いする。
思い出してもらったのは嬉しいけれど、事故の苦しい記憶までは思い出して欲しくなかったのかも知れない。とエリノアは考えた。