表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/42

25 エリノアの悩み

 翌日、エリノアは学園も王妃教育も再び欠席した。レイモンドやイアン、その他公爵邸に仕えている使用人たちはアイーリズ伯爵家の処刑を観覧して気分が悪くなり、体調を崩したことが欠席の原因だと考えていたがそうではない。


 エリノアが昨夜思い出した前世は悲惨だった。

 飛行機が海に不時着したことで飛行機と共に海に沈んで溺死するという、最期の最期まで苦しんで死んだ記憶。そんな恐怖と苦しみを思い出したことも一つの要因であるが、エリノアにはもう一つ理由があった。


 それは前世の瑛里が抱いていた憂斗への恋心だ。今世のエリノアは前世のように好きになった相手と結ばれたいと考えていた。そんな時に前世の恋心を思い出してしまったのだ。


 ずっとエリノアはウィルフリッドに対してときめきを覚えたことがなかった。だが、婚約破棄騒動を期にそれは一変する。

 ウィルフリッドがエリノアを好きだと言い、王妃教育の合間には何度も二人でお茶会をしたり、ウィルフリッドがエリノアに夜会で着るドレスを贈り、そのドレスを着て参加した夜会では贈ってくれた本人からダンス中に「綺麗だよ」と言われた。それらのことでエリノアは不覚にも胸の高鳴りを覚えたのだ。

 夜会ではその後、とんでもないことに巻き込まれてしまったが、ウィルフリッドとダンスをしていたあの瞬間、エリノアは確かに楽しいと感じていた。


 だけど、分からないわ。……わたくしのこの気持ちはウィルフリッド王太子殿下に対するモノ? それとも憂斗に対するモノ?


 エリノアはキュッとネグリジェの胸元を握る。

 怖かった記憶と大切だった想い、そして現在進行形でときめく胸の高鳴りが同時に押し寄せて来て、気持ちの整理が追い付いていなかった。


 ソファーの上で足を抱え込みながら、エリノアはため息を付く。その頬は少しだけ赤みを帯びていた。


 殿下に、どんな顔でお会いすればいいのかしら……


 夜会の日にウィルフリッドに助けられたエリノアはずっと公爵邸に籠もっていて、昨日久しぶりにウィルフリッドに会った。だが、エリノアはまだ彼にちゃんとお礼を言えていない。しかも、昨日は処刑を観覧した後に体調が悪くなってしまい、ウィルフリッドにお礼を言うどころか更に気を使わせてしまったのだ。


 エリノアは「はぁ~」とまたため息を付く。


「エリノアお嬢様、何をそれ程まで悩んでいらっしゃるのですか?」


 エマが見かねてエリノアに話しかける。


「邸の大半の者はお嬢様が昨日の件で体調を崩していると思っているようですが、私の目は誤魔化せませんよ?」

「……分かるの?」


 驚いたエリノアがパッとエマの方を見ると、エマはフッと息を吐く。


「私が何年エリノアお嬢様に仕えていると思っているんですか?」

「それは、わたくしが幼い頃からだから、もう随分になるわね」

「はい。だからこそお嬢様のご様子からして、体調の方はもう問題ないとお見受けしています」

「……貴女の言う通りよ、エマ」


 お父様もお兄様も気付かなかったのに。どうやらエマの目は誤魔化せないようね。


「どなたかにご相談されては如何です? ご家族や友人に話を聞いてもらうだけで気持ちが楽になると思います」

「……そうね。でも、それは少し難しいわ」


 何しろエリノアの悩みは前世が絡んでいる。それをどうやって説明すればよいか分からない上に、説明した所で誰にも信じてもらえないだろう。


 その時、コンコンッとノックの音が響いた。エリノアが入出を許可すると、入ってきた使用人がこう告げた。


「ウィルフリッド王太子殿下がエリノアお嬢様のお見舞いにいらしています」


 急な訪問の知らせにエリノアは瞬きを繰り返す。


「え? ……殿下が? わたくしのお見舞いに??」

「はい。エリノアお嬢様をそれはそれは心配されておりまして、一目お逢いしたいと」

「……」


 こ、このタイミングでっ!?


 エリノアは頭が真っ白になって、一時思考停止に陥った。すると、側にいたエマがぱぁっと瞳を輝かせる。


「まぁ! 丁度よい機会ではありませんか!! エリノアお嬢様! 殿下にお悩みを聞いてもらうのはどうでしょう?」

「えっ!?」


 なっ、なななっ!? 何を言っているのエマッ!! 悩みのタネの本人に打ち明けられる筈がありませんわっ!!


 頭ではそんな風に慌てながらツッコミを入れたエリノア。だが、現実では口をパクパクさせるだけで肝心の声が出ない。

 ウィルフリッドが逢いに来た。そう認識しただけなのに、エリノアの顔に熱が籠もっていく。


「では、王太子殿下をエリノアお嬢様のお部屋にご案内します」


 エマの一言を聞いてエリノアが特に否定しなかった為、それを肯定と判断した使用人が一言告げると一礼する。


「あ! 待って!!」


 漸くエリノアが声を発する。だがそれと同時に使用人が出て行った扉がパタンと閉まった。


「では急いで御髪を整えましょう!」


 張り切ったエマが動き始める。


「エ、エマッ! わたくしネグリジェのままだわっ!!」

「お嬢様は体調を崩されている事になっていますから、その点は問題ありません」

「大問題よっ!!」


 ウィルフリッドにネグリジェ姿を見られるのは幼い頃に風邪を引いた時以来だ。当時、王子殿下に何かあってはいけないからと、エリノアの体調が快方に向かい、人に風邪をうつす心配が無くなった頃にウィルフリッドはお見舞いにやって来た。

 あの時のウィルフリッドはお花を持参し、ベッドで横になっているエリノアをジッと見ていた。


 どうしましょう?? どうしましょう!?


 慌てるエリノアだったが、エマはテキパキと手を動かしてエリノアの髪を整えていく。そうして「出来ました」とエマが告げたと同時に、コンコンコンッと再びノックの音が部屋に響いた。


「まっ、待って!!」


 ドキドキと煩く高鳴る胸の鼓動。心の準備が全く出来ていないエリノアは叫ぶ。

 

 こんなにも落ち着かないのは前世の恋人である憂斗を思い出したから?

 それともここ最近の殿下とのことを思い返したから?

 わたくしは殿下をどう思っているの!?


 ぐるぐるとエリノアの頭の中はそれらのことで一杯だ。そんな中、「エリノアお嬢様」とエマがエリノアを呼ぶ。


「大丈夫です。ネグリジェを着ていても今のお嬢様はとても可愛らしいですよ!!」


 何故かエマが自信満々で、にっこりとエリノアを励ました。


「そういう問題ではありませんわ!」


 思わず言い返すと「エリノア? 何かあったのか?」と、扉の向こうからウィルフリッドの心配そうな声がする。


「な、何でもありません! 大丈夫ですわ!」


 ウィルフリッドに怪しまれないようにそう返したエリノア。だが、ウィルフリッドはそれを入出の許可と受け取った。「失礼するよ」と声がして扉が開く。「あっ!」と声を上げたエリノア。だが、もう遅い。


 部屋の入口には花束を抱えたウィルフリッドが立っていた。その姿を目にした瞬間、恥ずかしさからなのかは分からなかったが、エリノアは一気に体が熱くなった気がした。


「エリノア!? どうして起きて!? 横になっていなくて大丈夫なのか!?」


 エリノアの前まで飛び出してきたウィルフリッドは、片手で花束を持ちながらもエリノアの肩を掴む。


「あ、いえ。……そのっ、……た、体調はもう大丈夫ですの」

「その割には顔が赤い。無理をしているんじゃないのか?」


 ウィルフリッドがエリノアの顔を心配そうに覗き込んでコツンとエリノアの額に自身の額を合わせる。


「〜~~~っ!!!? で、殿下っ……!!」


 耐えきれなくなったエリノアは何とか声を絞り出す。


「どうした?」

「お顔が……ち、近いです!!」


 指摘されてウィルフリッドはエリノアとの顔の距離に初めて気付く。そしてエリノアの顔が赤いことにも気付くと、ウィルフリッドの頬も赤く染まった。


「っ!? あぁ!! すまない!!」


 婚約者となってから数年が経つ二人だが、初々しいその反応にエマは勿論、ウィルフリッドと一緒に公爵邸を訪ねていたアレックスは微笑ましくなる。


 ウィル、お前やっとエリノア様に意識してもらえたんだな。


 アレックスは友として、時には仕える主としてウィルフリッドを応援していた。その為、感慨深い物があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お読みくださりありがとうございます!
◇このお話しのもう一つの物語はコチラ
悪女だって愛されたい〜処刑された筈の伯爵令嬢は現代日本に異世界転移する~
◇新連載始めました!!
婚約解消寸前まで冷えきっていた王太子殿下の様子がおかしいです!
面白そう!と思っていただけましたら、どちらの作品も読んでみていただけると嬉しいです!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ