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24 前世の約束と最期

 アイーリズ伯爵一家の処刑を観覧した日の夜、エリノアはベッドの上で魘されていた。脳裏に浮かんでいたのは前世の記憶。以前、キアーズ子爵家で思い出したあの日の続きだった。



 ♢♢♢♢♢



 傾く飛行機の機内で瑛里は痛む体を憂斗の背中に預けていた。そして、憂斗は脱出を急ぐ機長の背中を追いかける。


 ギギギッ、と機体が軋む不気味な音が響く中、瑛里は『ごめんね』と呟いた。


『何で瑛里が謝るんだ?』

『だって、私が転ばなかったら、もう外に脱出できてたでしょ? 今だって、私は憂斗がいなきゃ……逃げられない。足手まといになってる』

『そんなこと、気にしなくていい』


 また機体が軋む不気味な音が響く。その度にビクリと瑛里の体が恐怖で小さく跳ねた。


『っ!』

『…………僕は、瑛里がいたから高校も大学も行けたんだよ。中学生の頃、学校に行くのが嫌で殆ど引きこもっていた僕に瑛里が話しかけてくれた。瑛里は友達もいない僕を明るい場所に連れ出してくれたんだ。そんな瑛里だから僕は瑛里を好きになった。これくらい、させてよ』

『憂斗……』


 その時、瑛里たちが目指している脱出口の先からザバァッと水が流れてきた。


『!!』


 水の勢いに足を取られた機長と憂斗たちは歩いてきた通路の奥へと押し流される。機内に水が入ってきたことで、機体がゆっくりと角度を増して傾いていく。


『うわぁぁっ!!』

『きゃあぁぁっ!!』


 咄嗟に憂斗が手を伸ばして客席の一部を掴む。そして、腕の力で懸命に座席に登って二人はそこに体を預けた。


『くそっ!!』


 “ここまでか”


 実際に口にすることはなかったが、その言葉が瑛里と憂斗の中にストンと落ちてきた。


『…………憂斗っ、……大好きだよ』


 ザァッと勢いを増して流れる水の音が響く中、震える声で瑛里は伝える。憂斗が瑛里を振り向くと、彼女の瞳が潤んでゆらゆらと揺れていた。それを見た憂斗の胸に様々な感情の波が込み上げてきて、目頭が熱くなる。


『僕も! ──っ!! 瑛里! 聞いて!! 僕はこの旅行で君にプロポーズするつもりだったんだ!!』

『えっ?』


 機内に水かさが増してゆく。優斗の言葉を聞いた瑛里はこんな状況だというのに一瞬、時が止まったように感じていた。


 少しずつ沈む機体。冷たい海水が徐々に二人の体を捉えていく。


『っ、や!!』


 憂斗は体が水に浸かってパニックになりかけていた瑛里の体を離れないように抱きしめる。


『瑛里っ! 僕が好きなのは瑛里だけだ! もし来世があるなら、僕はそこで必ず瑛里を見つけて瑛里を守る! 君を絶対に幸せにする!! だからっ! その時は僕と結婚して!!』


 必死に伝えられる思いに、こんな状況だというのに瑛里は胸が熱くなる。

 ぽろぽろと涙をこぼしながら、瑛里は『うん! うんっ!』と必死に頷いた。私たちはまだ大学に入ったばかりで、大学生として初めての夏休みだ。そんな時期にプロポーズなんて、気が早いなぁなんて思った筈なのに、それが憂斗らしくもあって瑛里は凄く嬉しかった。


『約束だよ!? 私も憂斗のこと見つける! だから絶対に二人で幸せになろう!!』


 水かさを増した機内は殆どが水に飲み込まれ、空気のある部分が僅かに残されているだけだった。


 はっ! はっ! と、恐怖と押し寄せる水のせいでうまく息ができない二人。だけど、一人じゃないという安心感があった。



 ────瑛里、愛してるよ。

 ────私も、愛してる。



 最期の言葉は、今までの人生の中で大好きな人に初めて使った言葉だった。どちらからともなく唇を合わせると、二人は抱きしめ合ったまま飛行機と共に海に飲まれていった。



 ♢♢♢♢♢



「────ッッッ!! ぅ!! はっ!!!!」


 ガバっとエリノアはベッドから上半身を跳ね起こした。酸素を求めて、「はぁ、はぁっ」と息を切らしながら目を泳がせる。エリノアの視界に映るのは見慣れた自室の景色だ。


 想像以上に苦しい溺死の記憶にエリノアは体が強張ってうまく動けなかった。二度と味わいたくない苦しさだ。エリノアが着ていたネグリジェは冷や汗で湿っている。

 今しがた追体験したばかりの苦しい記憶。だけど今回は前回の追体験とは違って、憂斗の顔もハッキリと思い出せた。

 驚くことに憂斗はウィルフリッドにそっくりだった。それだけじゃない。笑った顔も苦しそうに歪んだ顔も、ふとした仕草もウィルフリッドのそれと同じだった。特に、エリノアを目の前にして緊張から黙り込んでいる姿は、前世の憂斗でも見覚えがある姿だ。


「…………私は、……いいえ。わたくしは……」


 これまでのエリノアとしての記憶を思い返す。

 初めてウィルフリッドと顔を合わせた時、ウィルフリッドは心底驚いた顔でいきなり『エリッ!?』とエリノアの名前を呼んだ。初対面での馴れ馴れしい呼び方に、失礼な王子様ですわね。とエリノアはムッとしたことを覚えている。だけどあれは、エリノアのことを“瑛里”と認識したためだったのかも知れない。


『エリノアはさ、人は空を飛べると思う?』

『離れた場所にいても、いつでも話せる機械があればいいな……』

『私が国王になったら、国民全員に教育の機会を与えたいと思っているんだ』


 全て、いつだったかウィルフリッドがエリノアに言った言葉だ。

 疑いすらしなかった。ウィルフリッドが話すものは、エリノアが朧気に覚えている前世で当たり前だった事が多い。だからエリノアも『いつか実現できるかもしれませんわね』と頷いたり、『素敵なお考えだと思いますわ』とその考えを肯定した。


 だけど、もしもウィルフリッドがエリノアと同じ転生者だとしたら────


『これから、二人の時はエリって呼ぶから、エリノアもウィルって呼んでよ』

『僕は昔、君に約束したんだ。必ず君を見つけて今度こそ君を守ると、君と結ばれて絶対に幸せにするんだって!!』


 殿下は知っているから、あのような問い掛けやお考えをわたくしに話したの?

 それに、あの約束は……瑛里との約束の事を言っていたのかしら?


 もしも、そうだとしたら────



『それでも、わたくしがウィルフリッド王太子殿下の婚約者でいられないと感じた時は、婚約破棄して頂けますか?』

『……わたくしの夢はお慕いする方と結ばれることだからです。貴族社会でそのような我儘が許されるとは思いません。ですからその時はやはり、未来の旦那様を探す旅に出たいと考えます』


 わたくしは……なんて最低な事を……っ!!


 エリノアはぎゅっと胸が締め付けられる。


『私が君の心を落とせばなんの問題もない。そういうことだろう?』


 あの時のウィルフリッドは何でもないようにそう言った。だが、もしウィルフリッドが憂斗で、前世の事を覚えていたのだとしたら…………



『約束だよ!? 私も憂斗のこと見つける! だから、絶対に二人で幸せになろう!!』



「…………わたくしは約束を破った、最低な女だわ」


 ぽつりと呟いたエリノアの言葉は夜の闇に静かに響いた。


ここまで読んでくださりありがとうございます!

いいね、ブクマなど、いつも皆様の応援が励みになっております。


さて、このお話は全体からして大体2/3は書き終えたといった所です。

長く続けようと思えば、今ならそれも可能ではありそうですが、あと10話前後で完結させたい考えです。


完結後はあまり登場させられなかったキャラクターなどの番外編を書こうかな? と、思案しております。

完結まで応援していただけると嬉しいです!

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お読みくださりありがとうございます!
◇このお話しのもう一つの物語はコチラ
悪女だって愛されたい〜処刑された筈の伯爵令嬢は現代日本に異世界転移する~
◇新連載始めました!!
婚約解消寸前まで冷えきっていた王太子殿下の様子がおかしいです!
面白そう!と思っていただけましたら、どちらの作品も読んでみていただけると嬉しいです!
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