22 罪の重さ
3日後、エリノアは漸く学園へ復帰した。エリノアが教室に入って、真っ先に話しかけて来てくれたのは親しいルーシーだった。
「エリノア様、もうお加減はよいのですか?」
「えぇ。右手の傷も神官様のお陰で傷跡が残ることなく、すっかり完治しましたわ」
安心してください。と言わんばかりにエリノアはルーシーに右手を見せる。だけど、ルーシーは心配そうに眉を八の字に歪めたままだった。
「それも心配していましたが、それよりも心配だったのはエリノア様の御心の方ですわ。危うくエリノア様が犯罪者に仕立て上げられるところだったのですよ? もう平気ですの?」
その言葉にエリノアは一瞬、返事を躊躇った。
「……よく、分かりませんの。わたくし、ナターシャ様は許せませんが死んで欲しいとは思っていませんから……」
エリノアが答えた時、「エリノア様っ!」と慌てた声が近付いてきた。
「ヴィッキー様……」
「わたくし、ずっとエリノア様に謝罪したいと思っていました!!」
エリノアが登校していることを聞き付けて慌ててやってきたのか、ヴィッキーは息を切らしていた。
「知らなかったとはいえ、以前ナターシャ様の言葉を安易に鵜呑みにしてエリノア様を学園内で糾弾してしまい、大変申し訳ありませんでした!」
ヴィッキーが深々とエリノアに頭を下げる。
「顔を上げてください。もう過ぎたことですし、ヴィッキー様は知らなかったのですから仕方ありませんわ」
エリノアがそう声を掛けるとヴィッキーは漸く頭を上げたが、その顔は伏せられたままだった。
「あのっ、……こんなことをエリノア様に頼むのは筋違いだと分かっています。ですが、どうかお話だけでも聞いていただけませんか?」
ヴィッキーの申し出にエリノアは何となく彼女から何をお願いされるのか想像がついた。それでも尋ねなければ話が進まない。仕方なく「何でしょう?」と平然を装って尋ね返す。
「どうかナターシャ様の罪を軽減するよう、頼んではいただけないでしょうか。あんなご令嬢でも、わたくしにとっては友人だった方なのです」
あぁ、やはりそうきましたわね。
「……それは、わたくしが父や国王陛下にお願いした所でどうこうできる問題ではありません。ヴィッキー様も貴族ならばおわかりでしょう?」
エリノアの問い掛けにヴィッキーの表情が歪む。
「っ、はい……」
「全てはアイーリズ伯爵家が招いたこと。その罪を受け止めるしかありませんわ」
エリノアの言葉を聞いてヴィッキーが黙り込む。そんな彼女の肩にエリノアはそっと手を乗せた。
「まだ処分が下されるまで時間があります。面会ならばできると思いますわ。ナターシャ様とお話ししてみてはいかがです? 可能性は低いですが、ナターシャ様に反省が見られれば減刑も望めるかもしれません」
その可能性が無いに等しいことはエリノアもヴィッキーも百も承知だった。だけど、可能性がゼロという訳ではない。
「そう……ですね。わたくし、一度ナターシャ様に会ってみます」
ヴィッキーはどこか悲しげに顔を上げると、エリノアに挨拶をしてその場を立ち去った。
「……こんな時なのですから、適当にあしらってしまわれば良かったのに」
エリノアとヴィッキーのやり取りを側で見ていたルーシーが苦笑いを浮かべる。
「それはそうなのですが……いつも一緒に過ごしていた友があのようなことになって、ヴィッキー様もお辛いと思いますから」
エリノアが曖昧に笑うとルーシーが大きく息をついた。
「ではエリノア様、楽しいことを考えましょう! 今度わたくしの家でお茶会などいかがです? 我が家のシェフが隣国で流行っているスイーツを作れるようになりましたの!!」
エリノアを元気付けようと提案してくれたルーシーに、甘いものが好きなエリノアは瞳を輝かせる。
「まぁ! それは是非!!」
小さな楽しみをご褒美にエリノアはその日の授業に取り組んだ。
♢♢♢♢♢
数日後。アイーリズ伯爵とその家族の処刑が行われた。
王都で一番広い広場に処刑台が築かれ、アイーリズ伯爵及び伯爵夫人、そしてナターシャが処刑台に登った。
ウィルフリッドやレイモンドには“エリノアは出席しなくて良い”と言われた。だが、自分を陥れたナターシャの末路から目を逸らすのは良くないと考えて、アイーリズ伯爵家の処刑を観覧した。
質素な服を身に纏ってギロチンの前まで連れて行かれるナターシャは虚ろな目をしていた。だが、エリノアの姿を見つけると睨みつける。
「っ!」
エリノアの隣で観覧していたウィルフリッドはその視線に気付いて身体の向きを変えると、エリノアを背中に隠した。それを目にして、ギラついていたナターシャの瞳が瞬く間に暗くなる。
罪状が読み上げられ、ナターシャたちの刑は淡々と滞りなく執行された。アイーリズ伯爵家の処刑を観覧すると自分から言い出したエリノアだったが、公爵家で大切に育てられたエリノアにとってその光景は凄惨なものだった。
当たり前だが、前世でもこのような光景を見たことが無かったエリノアは気分が悪くなって、早々に帰宅した。