21 騒動の後
その後、招待客たちが集まるホールでウィルフリッドは先程受けたばかりの報告をキアーズ子爵夫妻と共に発表した。これによりエリノアの容疑は完全に晴れた。その頃にはトムの早馬で連絡を受けていたエリノアの父、カレンデム公爵も会場に到着していた。
レイモンドの様子は普段と変わらない毅然とした態度に見えたが、エリノアやイアンに言わせれば大層ご立腹な様子だった。
ナターシャは王家の騎士に連行され、ナターシャの父であるアイーリズ伯爵も事情聴取の為に連れて行かれた。
貴族に刃を向けて傷付けようとするのは重罪。
アイーリズ伯爵は自分が放った言葉が、まさか自分たちに返ってくるとは思わなかったのだろう。
今回の場合、ナターシャはエリノアに刃を向けて突き飛ばした挙げ句、エリノアを犯人に仕立て上げ冤罪を生み出すところだったのだから、その罪は膨れ上がっていた。
公爵令嬢であり、王太子殿下の婚約者である娘を貶めようとしたのだ。それも遠縁とは言え、王族の血を引く公爵家のエリノアを罠にかけ、王族である王太子のウィルフリッドを欺こうとした罪は更に重くのしかかる。
王族への犯罪行為は極刑が基本だ。エリノアが暮らしていた前世では考えにくいが、今回の件もそれに相当すると考えるのが自然だった。
騒動が一段落した頃、キアーズ子爵夫妻とパメラがエリノアとウィルフリッドの元にやってきた。そして、子爵邸の夜会で騒動に巻き込んでしまったことへの謝罪を述べられた。聞くところによると、ナターシャがパメラにエリノアを今回の夜会に誘ってみるよう提案してきたらしい。
「わたくし、エリノア様にとても憧れておりましたので、ナターシャ様にエリノア様をお誘いしてみるように言われた時、嬉しかったのです。いつもはカレンデム公爵かイアン様がいらっしゃる夜会にエリノア様にも来ていただけたら、どれだけ素敵なことかと。話に乗ってしまったのです」
シュンッと肩を小さくするパメラ。彼女は純粋にエリノアに夜会に来て欲しかっただけなのだと、ウィルフリッドもエリノアもよくわかった。
「パメラ様が気に病むことではありませんわ。ナターシャ様が企んだ罠に引っかかったわたくしがいけないのです。だから、気にしないでください。学園でお会いした時はまた話しかけてくださると嬉しいですわ」
何も心配する必要はないと伝えるためエリノアは微笑んでみせた。だが、パメラの表情は晴れなかった。
♢♢♢♢♢
キアーズ子爵家の夜会から1週間が過ぎた。エリノアは毎日神官の治療を受け、右手の傷は殆ど完治している。それでもエリノアはあの日から学園と王妃教育を休んでいた。
大変な目にあったのだ。休息が必要だろうと、レイモンドの計らいで学園も王家も快く了承した。
エリノアが知っている限りでは、ナターシャへの処分はまだ言い渡されていなかった。理由はアイーリズ伯爵にある。
そもそも今回の計画を思い付いたのはアイーリズ伯爵だった。アイーリズ伯爵夫人と協力して社交の場でエリノアの悪い噂を流し、その上でキアーズ子爵家の夜会にエリノアを誘い出すよう、伯爵がナターシャに頼んでいたのだ。そして、調べるとアイーリズ伯爵には他にも不正の証拠が出てきた。
リュラフス王国では奴隷や人身売買が禁止されているのだが、孤児院を巣立った子どもたちを伯爵が偽名で引き取り、金持ちや貴族、または他国と密かに取引していたという。そういった理由から余罪や関係者を洗い出すことに時間がかかり、アイーリズ伯爵家に対しての処分が遅れていた。だが、現時点でそれらはエリノアに一切知らされていなかった。
ナターシャはどうなるのか?
答えはほぼ明白だ。だが被害者とは言え、流石のエリノアも学園の同級生がこの世から消えることを考えるとゾッとした。
それでもウィルフリッドがいなければ、そうなっていたのはエリノアの方だったのだ。だからエリノアはナターシャを決して許すことができなかった。それはウィルフリッドも同じ考えだ。
エリノアは公爵邸の庭で紅茶を飲みながら、今回の件が全て片付いたらどうするかを考える。
一足先に王都の邸からカレンデム公爵領の邸へ帰ろうかしら? 王妃教育があるから、いつもは数週間で戻るけれど、今回は長く滞在して学園も休学して領地で静かに暮らすの。そうすれば社交界の噂からも少しは離れられるわ。なんて素敵なのかしら。領地の街や農村地帯を見て回るのもいいわね。そうすれば領地内ではあるけれど、夢だった未来の旦那様を探す旅も出来るわ。
そう思う一方でウィルフリッドの顔が頭に浮かぶ。
ここ最近のエリノアは、あの日のウィルフリッドを思い出すと胸が締め付けられるようになっていた。
ウィルフリッドと離れたくない。彼の側に居たい。そんな気持ちがエリノアの胸にこみ上げてくる。
婚約破棄騒動があってからのウィルフリッドはそれ以前とは違う。昔から優しいウィルフリッドだったが、それまで以上に優しく大切にされているとエリノアは感じるようになっていた。
この気持ちは…………恋、なのかしら?
切なく締め付けられる胸をエリノアはキュッと押さえる。前世で感じたことのある、なんとも言えないもどかしい気持ち。
だけど、それを直ぐに認めることは出来ない。あんなことがあった後だから、優しくされて一時的にそう感じているだけかもしれない。
弱った心というのは、どうしても優しくしてくれる誰かに甘えてしまうものだとエリノアは理解していた。