18 伯爵令嬢と公爵令嬢、疑わしいのは誰か
「これはこれは王太子殿下! 見苦しいものをお見せして大変申し訳ございません。こちらのカレンデム公爵令嬢が我が娘、ナターシャに短剣を向けて襲おうとした為、至急捕らえた次第です。王太子殿下におかれましては、ご婚約者がこの様に野蛮で品位のないご令嬢であったことが分かり、大変お心苦しいことと存じます。ですが、この私が────」
「アイーリズ伯爵」
ペラペラと長い説明をしたアイーリズ伯爵。彼がまだ何か言いかけていたが、ウィルフリッドは構わず声を上げる。
「何故、伯爵がキアーズ子爵家の騎士を使ってこの場を仕切っている? ここはキアーズ子爵家の邸だ。それに、ここには王太子である私や公爵、侯爵の爵位を持つ者も沢山いる。伯爵の貴方が仕切るのは少し場違いだと思うが?」
ギンッとウィルフリッドの鋭い視線がアイーリズ伯爵に向けられる。
「あ……いえ、私はただ……娘が……ナターシャが被害に遭った為、つい…………」
「つい?」
ウィルフリッドの追及に「ぅ…」とアイーリズ伯爵が言葉を詰まらせた。そこへ「ウィルフリッド殿下!」とナターシャが駆け寄る。
「お父様はわたくしを思い、行動してくださったのです! お父様をお許し下さい!!」
カタカタと腕を震わせながら、ナターシャがウィルフリッドに訴えかける。
「わたくし、とっても怖かったのです。エリノア様にバルコニーで話そうと持ち掛けられて、それでエリノア様が何処かから短剣を取り出してきて………っ。わたくしは必死で抵抗して、エリノア様を突き飛ばしてこのホールに逃げ込みました」
その発言を聞いて会場がざわつく。
「カレンデム公爵令嬢は噂に違わぬ悪女だったのか……」
「アイーリズ伯爵令嬢を傷付けようとするだなんて」
「淑女らしからぬ所業だ!」
「わたくしは信じられませんわ。エリノア様がそのようなこと……何かの間違いでは?」
「何を悠長な! もしかするとアイーリズ伯爵令嬢は殺されていたかもしれんのだぞ!」
「殺人未遂を犯したんだ。エリノア嬢は極刑にするべきではないか?」
エリノアを悪女とする声があちらこちらから聞こえてくる。だがその中にはエリノアを養護する声も一部交じっていた。それでも───
完全に嵌められてしまいましたわ。
短剣を取り出したのも、短剣を向けてきたのも全てナターシャの方だ。彼女が事実とは異なる証言をしたことではっきりした。ナターシャはこれが狙いでエリノアに声をかけて、バルコニーへ向かうよう仕向けたのだ。
「ウィルフリッド王太子殿下……っ!! どうか、お父様をお許し下さい。そして、エリノア様に相応の処罰を!!」
ぽろぽろとナターシャが大粒の涙を零す。会場はナターシャに対する憐れみに包まれていた。
自分が危険な目に遭ったというのに、父親を庇うとはなんて父親思いの優しいご令嬢なのか。と思った者も居ただろう。
「相応の処罰、……か」
ポツリとウィルフリッドが小さく呟く。そして、後ろに従えていた騎士たちを振り返った。それは、護衛の為に王城から連れてきた騎士たちだ。
「誰も会場の外に出すな! それから犯人、または共犯者は短剣の鞘を所持していると思われる! よって、これからカレンデム公爵令嬢とカレンデム公爵令息、それからアイーリズ伯爵及びアイーリズ伯爵令嬢の身体検査を行う!!」
「はっ!」と返事をすると騎士たちは散り散りになってそれぞれの役割へと動き出す。
「なっ!? 身体検査!? 王太子殿下!! どういうことです!?」
アイーリズ伯爵が一歩前に出てウィルフリッドに訴えかける。
「カレンデム公爵家の者はまだしも! 被害者である我々アイーリズ伯爵家の者にまで身体検査とは!! 何故ですか!?」
「伯爵、落ち着いてください」
ウィルフリッドがアイーリズ伯爵を宥めると、会場を振り返る。
「知らない方も多いと思いますので、ここではっきりと会場の皆様に伝えておきましょう」
そう言って、ウィルフリッドはエリノアの前に出た。
黙ってウィルフリッドを見上げるエリノアに、ウィルフリッドは安心させるように一度微笑んだ。そして、エリノアを拘束していた騎士たちに拘束を解くように命じる。騎士たちは戸惑いながらも命令通りエリノアの拘束を解いた。
ようやく縛られていた腕が解放されたエリノア。短時間だったとは言え、白い腕にはきつく縛られていた跡がくっきり残っていた。ウィルフリッドはそれを目にして、悲痛そうに眉を歪めながらエリノアの身体を抱き寄せた。
「っ!? で、殿下!?」
戸惑うエリノアを無視して、ウィルフリッドが大きな声で宣言する。
「カレンデム公爵令嬢は今日の夜会の準備を王城で行っている。そして、王城からここへ来るまでずっと私と一緒だった」
その発言で会場がまたざわつく。
「今日の彼女のドレスは仕立てから私が関わって贈ったものだ。短剣を隠せるような場所がないことは私とドレスを仕立てた者が保証する。それから、彼女が短剣を隠し持つ為には王城でその短剣を仕込んでくることになるが、その為には着付けを行ったメイド複数人の協力が必要になるだろう。だが、王家に仕えるメイド複数人が口裏を合わせてそれを見逃すとは考えにくい。もしもそのようなことが発覚すれば、関わった者全員が反逆罪に問われるからだ!!」
「ウィルフリッド王太子殿下、つまりカレンデム公爵令嬢が短剣を隠し持つことは、不可能に近いということですか?」
会場内にいた貴族の一人が手を挙げて発言する。
「そうだ」
ウィルフリッドが頷くと会場のざわつきが更に増す。
「つまり、カレンデム公爵令嬢は冤罪ということ?」
「だが、アイーリズ伯爵令嬢の証言は?」
「王太子殿下が嘘を……吐くことはない、とは思うが……」
「では、アイーリズ伯爵令嬢が嘘の証言を?」
皆、口々にそんな会話を広げる。王族のウィルフリッドを貶める発言をするわけにはいかないため、ウィルフリッドに対する疑いの声は控えめではあったが、エリノア一人を疑っていた会場の空気が一変した。
「そんなもの! 短剣など会場に着いてからでも手に入れる機会はあるだろう!!」
アイーリズ伯爵が声を荒げる。王太子殿下に対する口の聞き方としては無礼だが、ウィルフリッドは構わずに続ける。
「では誰か、アイーリズ伯爵令嬢がカレンデム公爵令嬢に襲われた瞬間を目撃した者はいるか?」
ウィルフリッドを始め、全員が会場内に視線を巡らせる。だが、誰一人として手を挙げる者はいなかった。
「目撃者がいないということは、カレンデム公爵令嬢の件は状況証拠でしかない。何しろアイーリズ伯爵令嬢が襲われた瞬間を誰も目撃していないのだからな。よってカレンデム公爵令嬢を連行する前に関係者の取り調べを行う!」
高らかに宣言された内容にナターシャは顔を歪めると瞳を潤ませてウィルフリッドに訴えかける。
「そんなっ……どうしてわたくし達まで! ウィルフリッド殿下! わたくしは被害者ですわ!! ご婚約者であるエリノア様が犯罪者だと認めたくないお気持ちはわかりますが、どうか聡明なご判断を! 目をお覚ましください!!」
「それは調べれば分かることだ。ナターシャ嬢、君が被害者だと言うならば尚更、身体検査で身の潔白を明確にすべきだろう」
こうしてエリノアたち関係者は身体検査を受けることになった。