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16 記憶の追体験

 人々の波をかき分けてエリノアはバルコニーへ続く扉を開けた。冷たい夜風がそっとエリノアたちの肌を掠めて、少し火照っていた体にはちょうど涼しく感じる。


「それで? ご相談はウィルフリッド王太子殿下のことについて、でしたわよね?」


 バルコニーでナターシャと向き合い、エリノアは問い掛ける。ナターシャはエリノアのせいでウィルフリッドとの昼食も勉強会もなくなったようなものだ。


 殿下を返して! と言われるのかしら? それとも、殿下を譲って欲しい。とか? とエリノアは考える。


 ナターシャはキョロキョロと辺りを見回した。話しが話しのため、誰にも聞かれたくない内容なのだろうとエリノアは思った。勿論、まだウィルフリッドの婚約者であるエリノアにとっても、ウィルフリッド絡みの話しは他の誰かには聞かれたくない話題だった。

 ナターシャは辺りに誰も居ないことを確認すると、ドレスの裾を持ち上げて素足が出るほどドレスを捲し上げた。


「えっ!? ナ、ナターシャ様? 一体何を!? こんな所ではしたないですわよ!?」


 焦るエリノアに反してナターシャは冷静だった。そのまま自身の太腿の辺りを探ると何かを手に取る。


「……エリノア様がすんなり婚約破棄されていれば、こんな事をせずに済んだのですが……申し訳ありません」

「え?」


 ナターシャの手元が月明かりに反射してキラリと光る。外が暗くて最初はよく見えなかったが、キラリと光ったそれは刃物のようだった。エリノアがそれを認識した途端、ゾクッと背筋を冷たいものが這う感覚がした。


「っ、…………ナターシャ、様? 一体何を……?」


 コツ、とナターシャの履いているヒールの音が冷たく響く。エリノアは強張る体で一歩下がった。

 そんなエリノアに向かって、ナターシャは一気に駆け出す。


「……っ!!」


 恐怖で声にならない声を上げて、エリノアは咄嗟に逃げ出すことも避けることも出来ず身を固くした。すると次の瞬間、エリノアは身体を思い切り突き飛ばされた。


「きゃ……!!!!」


 小さな悲鳴を上げながらエリノアの身体がバルコニーの床に叩きつけられる。幸い頭を打つようなことは無かったが、その時のエリノアの脳裏には一瞬のうちにとある情景が通り過ぎていた。



 ♢♢♢♢♢



 ────きゃあああ!!!!



 悲鳴に包まれる室内。座席が沢山並んだ細長い空間のそこは飛行機の中だ。そんな狭い空間の中、人々は救命胴衣を着用した状態で通路に列を成し、懸命に機内からの脱出を目指していた。


『慌てないで!』と添乗員が懸命に呼びかける中、後ろから来た大柄な男が人々を押し退けて突き進む。


『どけっ!!』


 男に突き飛ばされた女性が一人、『きゃっ!!』と声を上げながら倒れた。だが、そんな彼女に構う余裕のない人々は容赦なく倒れた彼女の身体を踏み付けて進んでいく。


『いっ!!』


 体に痛みが走り、呻く彼女に『瑛里えりっ!!』と唯一心配そうに呼ぶ声が一つあった。それは愛しい人の声だと、呼ばれた瑛里は直ぐに理解する。


ういっ、()……!』

『瑛里っ! 瑛里!! すっ、すみません! 通して下さい!!』


 人の波に抗いながら、憂斗は瑛里と呼んだ彼女の元へ近づこうと懸命にもがく。


『邪魔だ!! どけ!! てめぇ死にてぇのかっ!!』


 憂斗に浴びせられる罵声。ここにいる誰もがみな必死だった。憂斗は仕方なくすぐ側の座席の間に入り込んで、人の波が収まるのを待った。その間も踏み付けられているであろう瑛里。彼女がいる方を心配そうに見つめる。

 暫くして人の波が緩やかになると、憂斗は少し傾いた機体の通路を駆けた。


『瑛里!!』


 心配そうに顔を歪める憂斗。それを目にした瑛里は自分のせいで逃げるのが遅れてしまっていることに胸が締め付けられる。憂斗は通路から瑛里の身体を抱き上げると、すぐ近くの座席に彼女を座らせた。


『瑛里、大丈夫か?』

『うん。……ちょっと痛いけど平気。それより、早く逃げなきゃ……』


 瑛里は体の痛みを誤魔化すように笑顔を作ると、添乗員と思しき男性が二奥から人の元まで逃げてきた。


『お客様!? まだこんなところに!! ここは危険です!! 早く外へ!!』


 二人を急かす男性の制服の腕には4本の線が入っている。それを見てこの人が機長なのだと憂斗は瞬時に悟った。

 機体トラブルに見舞われたこの飛行機を海へ不時着させた人物。飛行機の形を保ったまま海へ不時着させるのにはかなりの技術がいると憂斗はテレビで見たことがあった。


『だけど! 彼女が怪我を!!』


 その時、憂斗の足元を冷たい何かが包んだ。海水だ。海水がもうここまでたどり着いたらしい。気が付くと機体は数分前よりも更に傾いていた。

 近くには足が悪いのか、ゆっくり歩いて逃げるお婆さんの姿もある。


『兎に角! 君は彼女をおぶって後方まで急ぐんだ!!』


 そう言うと、機長はお婆さんに声をかけて彼女を背負った。


『瑛里! 乗って!!』


 憂斗も慌てて瑛里を背負うと、その後を追う。



 ────不時着した飛行機が海に沈んだのは、その数分後のことだった。

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お読みくださりありがとうございます!
◇このお話しのもう一つの物語はコチラ
悪女だって愛されたい〜処刑された筈の伯爵令嬢は現代日本に異世界転移する~
◇新連載始めました!!
婚約解消寸前まで冷えきっていた王太子殿下の様子がおかしいです!
面白そう!と思っていただけましたら、どちらの作品も読んでみていただけると嬉しいです!
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