15 最初のダンスを私と
ウィルフリッドのエスコートで馬車を降りたエリノアは、二人並んで子爵邸の夜会が開かれているホールへと足を踏み入れた。
少し早く到着したエリノアたち。王太子とその婚約者の入場で先に到着していた招待客がざわつく。そのざわめきを聞きつけたパメラがエリノアたちの元にやって来た。お互い挨拶を交わすと束の間の談笑が始まる。
「今日のエリノア様とウィルフリッド王太子殿下はとてもお似合いですわ!」
「ありがとうございます、パメラ様」
「パメラ嬢、無理を言って参加させてもらってすまなかったね。感謝するよ」
「とんでもございませんわ! 王太子殿下が我が家の夜会にご出席してくださると聞いて、両親も兄姉もとても喜んでいました!!」
そんな話をしているとキアーズ子爵夫妻が挨拶にやってきた。それに受け答えをして、途中でエリノアたちは給仕からシャンパンを受け取る。暫くすると夫妻は主催者として他の招待客に呼ばれて、そちらへ挨拶に向かった。
「エリノア」
キアーズ子爵夫妻との会話が終わった直後、よく知った声に呼ばれてエリノアは振り返る。
「イアンお兄様!」
「ウィルフリッド王太子殿下、ご無沙汰しております」
「あぁ。カレンデム公爵令息。お久しぶりです」
ウィルフリッドとイアンは互いに挨拶を済ませた後、イアンがエリノアへと視線を向けた。
「先に着いていたんだね」
「えぇ。お兄様は今到着されたばかりですか?」
「あぁ。つい先程な。ウィルフリッド王太子殿下、本日は妹をよろしくお願いします」
「勿論です」
その時、ホールに音楽が鳴り響き始めた。それを合図にイアンが「では、また後ほど」と言葉を残してエリノアたちの元を去っていく。
会場にいる貴族たちは、それぞれ最初のダンスパートナーを見つけたペアからホールの中心に集まり始めていた。
ウィルフリッドはシャンパンを近くのテーブルに置くと、スッと身を翻してエリノアの前に立った。そして、エリノアへ向けて優雅に手を差し出す。
「エリノア、最初のダンスを私と踊ってくれますか?」
その姿に妙にドキッとしたエリノア。だけど、それを顔に出さないよう微笑むと、「えぇ」と頷いて差し出された手を取った。
♢♢♢♢♢
3曲踊り終えたエリノアたちは、壁際に用意されていたソファーに腰を下ろした。スッと隣のウィルフリッドから差し出された飲み物に、エリノアは“いつの間に?”と不思議に思いながら「ありがとうございます」と受け取る。
エリノアがウィルフリッドと踊っていた間、ウィルフリッドの視線はずっとエリノアを愛おしそうに見つめていた。そんな彼の顔を眺めることに耐えかねたエリノアが少しの間だけ視線を外して、再び彼を瞳に映すと優しく微笑まれる。そしてエリノアにしか聞こえない声で「今日のエリはとっても綺麗だよ」なんて言われるものだから顔が熱くなった。
恥ずかしい。けれど、嫌ではなかったから不思議だわ、とエリノアは思った。
今夜は久しぶりにエリノアとウィルフリッドが揃って参加する夜会だったが、幼い頃から婚約者として一緒に踊る機会が多かった二人は優雅に踊りきってみせた。そのあまりに息ぴったりな姿を目にした参加者たちがひと休みしていた二人を囲む。
「ウィルフリッド王太子殿下! エリノア様! とっても素敵でしたわ!!」
「えぇ! えぇ!! わたくし見惚れてしまいました!!」
「殿下、よろしければ次はわたくしと!」
ご令嬢たちから大人気のウィルフリッド。
「エリノア嬢、是非次は私と1曲」
「その次は私と!」
そして、令息から人気のエリノア。それぞれダンスの誘いを受けて、エリノアとウィルフリッドはお互い顔を見合わせると頷いた。それを合図にエリノアは最初に誘ってくれた令息の手を取って立ち上がる。ウィルフリッドも誘いを受けた令嬢の手を取り、ホールの中央へ向かった。
そうやって曲が変わる度に相手を変えて4曲踊ったエリノアはようやく開放された。
流石に4曲連続は疲れますわね。と、思いながらエリノアがウィルフリッドを探すと、新しく誘われた相手と踊っているところのようだった。その際、壁際にいたご婦人やご令嬢のグループがエリノアをちらちら見ながら話しているのがエリノアの視界に入る。扇子で口許を隠していることもあって、彼女たちが何を話しているのかわからない。それでも、エリノアには婚約破棄の噂がまだ立っている。それに先日はナターシャと約束場所の認識違いで学園で言い争ったばかりだ。
わたくしのことが噂されているとしたら、きっとろくなことではありませんわね。それでも、今日の夜会で多少落ち着くと良いのだけど……
エリノアとウィルフリッドは先ほど息ピッタリのダンスをしてみせたのだ。多少は“婚約破棄がただの噂だった”と認識する者がいても可笑しくはない。ただし、そうなるとエリノアにとっては“未来の旦那様を探す旅に出たい”という夢が遠退くことではあるのだが。
そのことをエリノアは複雑に思いながらも、気持ちを切り替えて今のうちに何か食べようと、軽食が並ぶテーブルを目指す。
「エリノア様、ごきげんよう」
テーブルの前に着いてすぐ、エリノアはよく見知った人物から呼び止められた。
「ナターシャ様、ごきげんよう。夜会が始まってから暫くお見かけしませんでしたが、何時頃こちらへ?」
会話を広げるため、エリノアは当たり障りのない話題として舞踏会が始まった頃はまだ会場で見かけていなかったナターシャに問い掛ける。
「先程到着したばかりですわ。それより、少しお話ししてもよろしいですか?」
「えぇ。問題ありませんわ」
本当は何か食べたかったエリノアだったが仕方がない。美味しそうな食べ物を前にお預けをくらいながら早く済ませようと頷く。
「わたくし、やはりエリノア様にご相談したくて。出来れば静かな所でお話を聞いて頂きたいのですが……」
それを聞いて、エリノアはせっかくの軽食を前にさらなるお預けが確定した。思わず苦笑いしそうになるのを誤魔化して笑顔を作る。
「それでは、バルコニーへ向かいましょうか」