14 王城から夜会の会場へ
キアーズ子爵家の夜会当日。
この日は夜会に参加する為、王妃教育は無かったものの、ウィルフリッドがエリノアのドレスを手配したこともあって、エリノアは学園終了と共に王城で準備をしていた。
本来は兄のイアンのエスコートで夜会に出席するつもりだったエリノア。だが、王城から向かうことが決まった為、必然的にウィルフリッドのエスコートを受けることになっていた。
王城に仕えるメイドの手によってエリノアは学園の制服からドレスに着替え、最終調整のために待機していた仕立て屋の手で完璧な着付けを終える。今は化粧を施してもらいながら、エマに髪をセットしてもらっているところだった。
「エリノアお嬢様、今日のドレスとってもお似合いですよ」
淡い水色のドレスに身を包んだエリノアの姿にエマがうっとりと微笑む。
「ありがとう、エマ」
「ウィルフリッド王太子殿下と並ばれたら、さぞ映えるでしょうね。愉しみです」
「そ、そうかしら」
ウィルフリッドはエリノアの淡い水色に合うように、紺色の燕尾服を仕立てていた。
「えぇ。ウィルフリッド王太子殿下もこの日をとても楽しみにしていらっしゃいましたし、久しぶりに殿下と過ごす素敵な夜会になりそうですね」
エマが言うように今回は久しぶりにウィルフリッドと参加する夜会だった。
前回、ウィルフリッドと参加したのは社交シーズンが始まったばかりの頃に王家が主催した舞踏会だ。それ以降、エリノアは兄や父と共に舞踏会へ出席しても程々の所で抜け出して帰宅するのが定番だった。晩餐会は拘束時間が長くなるため、本音を言えばなるべく参加したくないエリノアは参加する夜会を慎重に選んでいた。
今回は久しぶりに参加する夜会だ。婚約破棄の件や最近の学園での出来事もあり、社交界でどんな噂が囁かれているのかエリノアは気がかりだった。それに、ウィルフリッドと踊らなければならないと思うと妙にソワソワしてしまう。
ウィルフリッドとは何度もダンスをしている。それなのに何故今更こんなに落ち着かないのか理由を考えて、彼から“好きだ”と言われてから初めての夜会だからだと気づく。
エリノアが頭の中でぐるぐる考えていると、エマが「エリノアお嬢様」と呼ぶ。
「色々と思うこともあるかもしれませんが、私はエリノアお嬢様とウィルフリッド王太子殿下はとてもお似合いだと思っています。一先ず、本日の夜会を純粋に楽しまれては如何でしょうか? 久しぶりの殿下との夜会ですし。私はお嬢様が嬉しそうにしていらっしゃる姿が一番好きですよ」
「……エマ」
エリノアにずっと仕えているだけあって、エマはウィルフリッドやナターシャのことでエリノアが頭を悩ませていることをお見通しらしい。頼もしいメイドにエリノアは「ふふっ」と笑みをこぼした。
「そうね。今夜は公爵令嬢として恥じない程度に楽しむわ」
暫くしてエリノアの準備が整った頃、部屋にノックの音が響いた。メイドが扉を開けると、そこには準備を終えたウィルフリッドの姿がある。
見慣れている筈のウィルフリッドだが、仕立てたばかりの燕尾服を着こなす姿にエリノアは一瞬目が離せなかった。そして、ウィルフリッドの方もエリノアのドレス姿を見るなり、言葉を失って固まっていた。
「え、えと、ウィルフリッド王太子殿下……?」
最初にエリノアが声を掛けると、ハッとしたウィルフリッドが少し慌てた。
「あ、いや、エリノアがあまりにも綺麗で思わず見惚れてしまった……」
その言葉で単純なことにエリノアは頰が熱を帯びるのを感じた。ウィルフリッドの方も僅かに頬に赤みがさす。
「そ、そうでしょうか。……殿下の方こそ、その……とてもお似合いです」
互いに褒め合う展開に王城のメイドたちは勿論、エマは内心で「キャー!」と黄色い声で叫びたいほど喜んでいた。
「では、行こうか」
「はい」
差し出されたウィルフリッドの手をエリノアはおずおずと掴む。そうして城を出た二人は王家の馬車に乗り込むと、キアーズ子爵邸へ向かった。