11 キアーズ子爵令嬢から夜会のお誘い
「エリノア様。既に招待状が届いているかと思いますが、是非お兄様とご一緒に我が家の夜会にいらして下さい!」
学園内でキアーズ子爵令嬢から「是非! 是非!」とエリノアは夜会の誘いを受けていた。たまたまルーシーとは別の授業を選択していたエリノアが、一人で廊下を歩いていた所を話しかけられたのだ。
「パメラ様、ありがとうございます。楽しみにしていますわ」
否、王妃教育で疲れ果てた後に行われる夜会にホイホイ参加する気がないエリノアは、にこりと微笑みを作る。だからと言って、勇気を出して話しかけてきてくれたご令嬢にキラキラとした憧れの眼差しで見つめられては、断ることもできなかった。とはいえ、公爵令嬢として全ての夜会のお誘いを断る訳にもいかない。
エリノアは王家主催の夜会には必ず参加し、その他は我が家であるカレンデム公爵家や友人の家、その他に公爵家が懇意にしている家の夜会に顔を出す程度。あとは父や兄が参加する夜会に便乗する形で出席することが殆どだった。
あぁ……でもキアーズ子爵家といえば、アイーリズ伯爵家と家同士が懇意にされていますのよね。我がカレンデム公爵家はアイーリズ伯爵家とは相容れない仲なのだけど。パメラ様は子爵家の三女だからか、家の同士の仲についてあまり気にされている様子はありませんが……
パメラは末っ子で両親や兄姉に甘やかされ、のほほんと育ってきたお嬢様だった。だからか、そういった家同士の関係性には疎い。勿論、自分の家が何処の家と仲が良くて悪いかは把握しているようだが、他家の話となるとまた別だった。
キアーズ子爵は国内外の商人と交流があり、国外の事情にも詳しい方だ。またキアーズ子爵夫人は侯爵家の二女で社交界では顔が広いお方。子爵と爵位は低いが、それ以上に仲良くするメリットが大きい為に、キアーズ子爵を重要視する貴族は多い。カレンデム公爵家もその考えで、キアーズ子爵家との繋がりは大切にしていた。しかし、カレンデム公爵家はアイリーズ伯爵家とは相容れない仲だ。
昔からアイリーズ伯爵家は王族との繋がりを求めて、娘を王子や王太子の婚約者候補に入れようと必死だった。しかし、それはことごとく失敗に終わる。それならばと、カレンデム公爵家の正妻の座を狙ったことがあるらしい。そして当時、次期公爵だった長男の婚約者を当時の伯爵が害しようとしたことがカレンデム公爵家とアイリーズ伯爵家の不仲の原因だとエリノアは聞かされていた。
アイリーズ伯爵家が王族との繋がりを求める動きを見せるのは、もはやお家芸なのかは不明だが、アイリーズ伯爵令嬢であるナターシャは幸運にも王太子と学園で昼食を共にしたり、勉強を教えてもらうまでに仲良くなれたわけである。
キアーズ子爵家の夜会にアイリーズ伯爵家が招待されていない訳が無い。複雑な家の事情がある為、キアーズ子爵家の夜会は父のレイモンドか兄のイアンのみが参加するのがカレンデム公爵家では暗黙の了解となっていた。勿論、エリノアが参加するとなると、夜会ではキアーズ子爵夫人がその辺りを考慮して案内してくださる筈だ。だが、同じ夜会に出席している以上、エリノアとナターシャが全く関わらないということは不可能に近い。
それに、ナターシャ様はわたくしの顔なんて見たくもないでしょうしね。
何しろウィルフリッドはエリノアを優先し、エリノアとの時間を増やす為にナターシャとの約束を全て断ったあの日以降、接触してすらいないのだ。ナターシャにとって、そんなエリノアが面白いわけがない。寧ろ恋敵として恨まれているだろう。
そんなエリノアの心情など知る由もない目の前のパメラは、了承の返事を聞いて更に顔を輝かせていた。
「その夜会、私も伺って良いだろうか?」
そんな声とともに、ウィルフリッドがひょこっとエリノアの後ろから顔を出した。
「っ!? お、王太子殿下!? もっ、勿論でございます!!」
パメラの顔が一気に驚きで染まる。
王太子殿下が懇意にしている貴族や友人など、理由がない限り子爵家の夜会に参加したがるのは珍しいことだ。だけど、殿下ならどこの家の夜会であっても招待状なしの顔パスで入れるだろう。それに殿下は王太子として様々な夜会に呼ばれている筈だ。そんな彼が、恐らく招待状のない夜会に行く為に態々お伺いを立てるなんて珍しいとエリノアは思った。
「夜会のお誘いが数多と届いている筈のウィルフリッド王太子殿下が、そこまでしてキアーズ子爵家で行われる夜会に行きたいだなんて、どうされたのです?」
尋ねるとウィルフリッドはエリノアに視線を向けた。
「それは勿論、エリノアが行くからに決まっているだろう」
「へっ?」
当たり前のようにさらりと告げられた言葉に、エリノアは目を丸くする。にこりと微笑むウィルフリッドの顔はやはり整っていて美しい。ポッと頰が熱を持ったような気がしたエリノアは誤魔化すように言葉を紡ぐ。
「っ、そ、そんな理由でですか!? ウィルフリッド王太子殿下はご公務でお忙しいのに、わたくしが参加する夜会に全部出るなんて不可能ですわよ?」
「問題ない。君と一緒にいるためなら、何だって頑張れるからね」
「う……っ」
駄目だわ。何を言っても殿下はキアーズ子爵家の夜会に出席されるおつもりだわ。今の殿下であれば、本当にわたくしが参加する全ての夜会に顔を出されても可笑しくありませんわね。
少しだけゾッとするエリノアだったが、不思議と悪い気はしなかった。エリノアたちの会話を聞いていたパメラは二人のやり取りを見て顔を惚けさせている。
「エリノア様は本当に素敵な婚約者様に恵まれましたわね。羨ましいですわ!」
エリノアはどこをどう見たらそう思うのかしら? と思ったが、ぐっと呑み込む。
「あ、ありがとうございます」
エリノアは「おほほ」と笑ってその場を誤魔化した。