【77】落葉
アフリカ・ルナサリアンが司令部を置くレオポール・セダール・サンゴール国際空港はターミナルビル内に医務室が存在する。
この部屋は旧ルナサリアンによる占領時に改装が施され、集中治療室に匹敵する医療を提供できるようになっていた。
「……」
集中治療室に収容される患者は基本的に生死を彷徨っている危険な状態であり、たとえ身内といえど関係者以外の入室は許されない。
生きるために闘っている妹との面会が叶わなかったミツバは通路のソファに座り込み、自分たちがダカールにやって来てからリフォームされた天井をぼんやりと見上げていた。
「ミツバ! やっぱりここにいたのね!」
その姿をようやく見つけたフタバは次女の名前を呼ぶと、彼女の腕を掴んで強引に立ち上がらせる。
「今は戦闘中よ。『即応体制で待機するように』と指示を受けたでしょう」
「……すみません」
険しい表情の姉から厳しい口調で叱責され、申し訳なさそうに目を伏せるミツバ。
「……あなたへの命令を口頭で伝えるわ」
彼女の右腕を引っ張って歩きながら上官として新たな指示を通達するフタバ。
「サクヅキ司令は非戦闘員の一部を先に撤退させることを決定した」
戦闘の趨勢はまだ不確定だが、サクヅキ司令はダカールが包囲され脱出困難となる前に直接戦闘に関わらない将兵を宇宙へ逃がすことを決断したという。
投降という選択肢を避けたのは、アフリカ・ルナサリアンが正規軍と見做されず捕虜として扱われない可能性が高いからだ。
ルナサリア共和国暫定政府による原隊復帰命令に従わない残党軍は、世間一般から見れば非合法の武装勢力と同義であった。
◆
「彼女たちはダカール港に入港しているレヴォリューショナミーの潜水艦に分乗し当地を離れる」
妹を連れて通路を歩きながらフタバは話を続ける。
アフリカ・ルナサリアンと協力関係にあり、ダカール防衛戦においても潜水艦隊を派遣しているレヴォリューショナミーが撤退支援に応じてくれた。
戦闘開始とほぼ同時にレヴォリューショナミーの潜水艦隊の一部がダカールに入港し、非戦闘員や重要資料を脱出させるための準備を進めていた。
「ミツバ……あなたは残存機と共に撤退する部隊を護衛した後、あなたたちも潜水艦に乗艦しなさい」
潜水艦隊を構成する艦船のうち、ロシア海軍を離反した艦とされるシチューカ級原子力潜水艦は巨大な船体に見合ったペイロードを誇り、その能力と隠密性を活かした特殊輸送任務に従事することがあるという。
フタバは立ち止まって妹の方を振り向くと、今この瞬間を以って"月のケルベロス"の解隊を宣言。
最後の命令として護衛任務終了後はそのままシチューカ級に着艦し、ダカールから脱出するよう命じる。
「ッ!」
「私はダカール市民を……ヨツバたち傷病兵の看護に尽力している人々を守るために残る」
ミツバのリアクションを見る限り、これから浴びせられるのは反発の数々だろう。
それでもフタバは言葉を続ける。
集中治療室で処置が続けられている末女とそれを担当している関係者はもちろん、占領政策を通じて信頼関係を構築してきた現地住民を見捨てることはできない。
「ならば私も残らせてください! 私にとってもヨツバは妹です!」
再び通路を歩き始めた姉の背中に向けてミツバは懇願する。
「姉さんッ!!」
早歩きで追い付き、語気を強めながら姉の左肩を掴むミツバ。
パアァン――!
乾いた音が通路に響き渡り反響する。
「ぐッ……!」
姉が振り向いた瞬間、平手打ちを見舞われたミツバは左頬を押さえる。
「これは命令よッ! まだ軍人としての矜持が残っているのならば、外面だけでも従うフリぐらいはしなさい!」
フタバは明らかに怒っていた。
妹の胸倉を掴み、人が通りかかる可能性など気にせず声を荒げるほどに……。
「……ただの命令じゃないのよ。姉としての"最後のお願い"になるのかもしれないのだから」
傍から見ればわずか数秒の出来事だったが、当事者たちにとっては長い時間のように感じられた。
やがてフタバは妹を解放し、少し寂しげな表情を浮かべながら"姉"として言葉を続ける。
「私とヨツバは自らの意志で軍に入った。私は祖国を守るために、あの子は私の背中を追いかけて」
ミヅキ三姉妹の実家は旧ルナサリアンでは比較的裕福な家だった。
フタバは純粋な愛国心から軍人を志した。
彼女を尊敬していたヨツバは長女と同じ道を進むことを望み、周囲の反対を押し切り軍へ志願した。
「でもあなたは違う。本当は争い事には向かない大人しい子なのに、国家総動員法で徴兵されて戦後の戦争にまで付き合わせてしまった」
そして、唯一の例外を強いられたのは次女だけだとフタバは嘆く。
姉妹と異なりミツバは"国民の義務"として予備役に登録こそされていたが、実際は大学相当の教育課程に進み教職を目指すつもりでいた。
……旧ルナサリアンで独裁体制を敷いていたアキヅキ家が地球侵略計画の準備を本格化した時、全てがおかしくなり始めたのだ。
「お願い……あなただけは生き残って。そして、お父さんとお母さんに私たちの生き様を伝えてちょうだい」
先程引っ叩いた妹の頬を軽く擦った後、フタバは自分よりも少しだけ体格が大きい妹を優しく抱き締める。
「『ごめんなさい』――と」
妹との今生の別れを覚悟し、月に残している両親への謝罪の言葉を述べるフタバの蒼い瞳には涙が浮かんでいた。
◆
「(この規模の戦闘は、もはや対テロ戦争という次元では無い)」
蒼い瞳はルナサリア人だけの特徴ではない。
このオリエント人の男――ライガ・ダーステイもヘルメットの中から蒼い瞳を覗かせていた。
彼の瞳と美しい銀髪は由緒正しい家柄を持つ母――オリエント国防軍総司令官レティ・シルバーストンからの遺伝である。
「(想像よりも長く苦しい戦いになりそうだな……)」
3年前を彷彿とさせる激戦を予想しながらライガはヘルメットのバイザーを下ろす。
スロットルペダルの操作で乗機をタキシングさせ、指定された電磁式カタパルトまで移動し両足を接続部に固定する。
MFは足裏に格納式電動ウィール(車輪)が装備されており、これにより人間のような歩行動作無しで地上を低速走行できるのだ。
「フライトクルーよりパルトナ、貴機の発艦チェックを実施せよ」
「チェックリスト、オールクリア」
管制官から指示を受けたライガは慣れた手つきで発艦に必要な項目を最終確認していく。
彼の愛機は"RG-032RM パルトナ・メガミRM"。
ルナサリアン戦争の最終決戦で大破したRG-032Xの予備部品から組み上げられ、それに前大戦の戦訓を取り入れて改良されたスターライガのフラッグシップ機である。
「了解。パルトナ、発艦を許可する」
フライトクルーから発艦許可が下りると同時にカタパルト先端部左右に埋め込まれている指示灯が赤から緑に切り替わる。
「了解、パルトナ・メガミRM……出撃する!」
操縦モードを変更したライガがスロットルペダルをゆっくりと踏み込んだ次の瞬間、青空に射出された白と蒼のMFは重たい挙動で上昇していく。
これはパルトナが専用ウェポンモジュールを装着した重装備形態――通称"決戦仕様"であるためだ。
大量の兵装を搭載したこの装備が必要なほどの大規模戦闘をライガは覚悟していた。
「パルトナよりフルールドゥリス、機体の調子はどうだ?」
ライガのパルトナに続いて発艦したのは、彼が率いるα小隊に所属している純白のMF"XL95-S シン・フルールドゥリス"。
この機体自体はルナサリアン戦争時から運用されている物に近代化改修を施した同一個体だが……。
「問題ありません。少し重めの挙動には実機でも慣れないといけませんが……」
最大の変更点は機体よりも搭乗者にあった。
本来の専任ドライバーが育児休業に入ったことを受け、フルールドゥリスには若手のクローネ・アナベラルが搭乗していた。
元々彼女は小型軽量な機体に乗っていたため、機種転換訓練を済ませたとはいえ重量級寄りの大型機にはまだ馴染めていなかった。
「借り物の機体だからな。無茶な扱い方をして壊すなよ」
「はい、リリーさんが戻ってきた時には傷一つ無い状態で返すつもりです」
無論、慣れない機体であっても任された以上はその性能を発揮することが求められる。
ライガからの忠告にクローネは力強い頷きで答える。
以前の乗機を失った彼女を案じてフルールドゥリスを預けてくれた、本来の搭乗者リリーの期待を裏切らないためにも……!
【Tips】
オリエント人の髪色及び瞳の色はほぼ必ず両親から遺伝する。
こういった遺伝は"両親含む祖先からの贈り物"と解釈されており、髪染めやカラーコンタクトの着用はそれを穢す行為として忌み嫌われている。
その根底には「人間は自然体の状態が最も美しく健康的である」という伝統的な価値観が関係しているとされる。
事実、オリエント連邦やその周辺国では身体装飾を厳しく制限する法律が定められている。
ピアス穴開けや入れ墨、果ては派手なメイクや美容整形にさえ嫌悪感を露わにするオリエント人は決して少なくない。




