【70】ダカール奪還作戦Ⅵ:熱砂
一進一退の攻防が続いていた中、均衡を破ったのはセシル率いるゲイル隊の方であった。
3機の蒼い可変型MFは隊長機が突出するフォーメーションに切り替え、僚機たちは援護射撃に徹する。
「一気に突っ込んで来るヤツがいる! 隊長機か!?」
「ゲイル1、シュート!」
敵の陸戦改造型ツクヨミが回避運動に入る前にセシルのオーディールM3はマイクロミサイルを発射。
僚機の援護と合わせた波状攻撃で一気に追い込みを図る。
「ぐぅッ……躱し切れない!」
回避運動を開始した砂色のサキモリは致命傷こそ避けていたものの、雪崩のような絶え間無い猛攻の前にダメージが蓄積。
本体を守り抜いた増加装甲が次々と脱落していく。
「敵機の増加装甲が剥がれた! 隊長!」
「ファイアッ!」
厄介な増加装甲の喪失をアヤネルが確認するよりも早くセシルは機体下面に装備された無反動砲を発射。
成形炸薬弾の一撃で敵機の上半身を吹き飛ばし、撃墜確認をするまでもなくトドメを刺していた。
「……敵機撃墜を確認。お見事です、隊長」
ついさっきまで活発に動き回っていたのに、一瞬にしてスクラップと化した敵機の姿を見たスレイは改めて畏怖の念を抱く。
私の上官はこれほどまでに強いのか――と。
「お前たちの援護のおかげで容易にチャンスを作れた。この調子で着実に敵戦力を叩くぞ」
「「了解!」」
それほどまでに強いセシルは部下たちへの気配りも怠らない。
彼女は自身の戦果に対する貢献を強調し、暑さに参り気味のスレイたちのモチベーション維持に努める。
真のエースは自身が属する集団全体で成果を挙げる方法を考えなければならない。
自分だけが結果を出して満足感に浸るのは、スタンドプレーしかできないフィクションのキャラクターと同じだ。
「("月のケルベロス"の取り巻きは私たちの実力なら何とでもなる。問題は本命の三人組の方だな……)」
セシル率いるゲイル隊は今や世界最高クラスの実力と実績を誇るMF部隊。
だが、その力を以ってしても"月のケルベロス"の本隊は強敵かもしれなかった。
「隊長だけにイイ恰好はさせられないな! スレイ、援護しろ!」
自分たちの援護があったとはいえ、隊長は素晴らしい戦いぶりを見せた。
今度はアヤネルが明確な成果を挙げる番だ。
「ええ、分かったわ!」
「そこまで言い切るのならやってみせろよ」
彼女の意志を尊重したスレイとセシルは要望通り援護に徹する。
アタッカーとアシストの一部が入れ替わっただけだが、これでどのように戦い方が変わるかが見所である。
「増加装甲が邪魔だって言うんなら、それがズタズタに引き裂けるまで弾を撃ち込んでやる!」
アヤネルはその激しい気性を反映した攻撃的な戦い方を得意とする。
そして、それが可能な状況を作るために策を練る冷静沈着さも併せ持っていた。
「ゲイル3、ファイア!」
敵機の増加装甲へ断続的にダメージを与えられるMF用ガトリングガンの発砲タイミングを探っているのか、右操縦桿のトリガーの人差し指を掛けた状態を維持するアヤネル。
しかし、好機はすぐにやって来た。
「しまった!? ッ……!」
次の瞬間、凄まじい発射レートの鉛弾が陸戦改造型ツクヨミに襲い掛かる。
別の機体の牽制射撃で回避運動を封じられていた砂色のサキモリは止むを得ず防御に徹するが、断続的な攻撃により増加装甲が次々と剥がれ落ちてしまう。
「ファイアッ! ファイアッ!」
このままガトリングガンで蜂の巣にしてもよかったが、弾薬消費を均一化するためアヤネルはお気に入りの兵装である"MF用アンチマテリエルライフル"を選択。
1発目で敵機の右肩付近を吹き飛ばしつつ、2発目を土手っ腹に撃ち込むことで文字通りバラバラにしてみせた。
狙い所を見極めれば戦車の分厚い装甲をも貫けるその攻撃力は絶大であり、対機動兵器用には若干過剰でもあった。
「敵機撃墜を確認!」
砂上に転げ落ちた上半身から這い出る敵の搭乗員を目視しつつ、同僚の戦果を報告するスレイ。
「こっちは長射程から一方的に攻撃できるんだ。カウンターアタックの間合いに入る前に狙い撃てばいいのさ」
射撃武装の大半に共通する射程というアドバンテージを活かし、やられる前にやるのがアヤネルの戦い方であった。
「しかし、最後の攻撃は2発も必要無かったな。お前の射撃技術なら一発必中でもいけただろう」
「はは……隊長は手厳しいぜ」
苦言とフォローをかわしながら笑い合う余裕さえ見せるセシルとアヤネル。
「(二人とも凄いな……私も頑張らないと)」
ゲイル隊の強者二人は困難に打ち勝って成果を挙げた。
次はいよいよ援護に徹してきたスレイの出番だ。
敵サキモリ小隊の機数は1機。
僚機は既に各個撃破されているため、援護に頼った戦い方はできない。
「あれは良い動きをしている……おそらく隊長機だな」
しかし、機敏な機動を見たセシルは残された敵機の戦闘力を警戒する。
実力主義と云われる旧ルナサリアン系武装勢力の場合、小隊長はスーパーエース級とはいかずとも相応の実力者を据えていることが多いからだ。
「僚機は一掃したとはいえ、個々の戦闘力は決して低くないはずだ。気を引き締めて行けよ」
「はい、分かっています」
セシルからの大変ありがたい助言を素直に聞き入れて頷くスレイ。
「今度は私が援護してやる番だ。お前は目の前の敵を叩くことに集中しな」
「……仕掛けるわ! 援護をお願い!」
そして、アヤネルからも言質を受け取ったスレイはすかさず攻撃態勢に入る。
「(1機相手にマイクロミサイルを使うのは割に合わない。ライフルと無反動砲で確実に攻めていきましょう)」
対地攻撃兵装を重視していたスレイのオーディールはその大半を飛行場制圧の時点で使い切っており、対機動兵器戦で使えるのは汎用的な基本装備ぐらいだ。
無論、彼女は基本装備だけで戦える最低限の技量は有している。
「ゲイル2、ファイア! ファイア!」
仲間たちが攻撃した時よりも若干高度にマージンを残しつつ、機体下面に装備されたレーザーライフル(アサルトタイプ)を発砲するスレイのオーディール。
彼女の攻撃は極めて高い命中率を誇っていたが、敵機の増加装甲に着弾した蒼い光弾は拡散して打ち消されてしまう。
「残党軍のくせに一丁前に対レーザーコーティングなんか塗りやがって!」
「だが、被弾時には成分が揮発しているように見える。本体みたく何層にも及ぶコーティングではなさそうだ」
残党軍らしからぬ手の込んだ防御策にアヤネルが悪態を吐く一方、セシルはコーティングが簡易的なものに過ぎないことを冷静に示唆する。
「ペースはお前が握っている! 着実に押し込んでいけ!」
攻撃を続ければ増加装甲は必ず貫けると発破を掛けるセシル。
「いや……マズいぜ、隊長! 本命の3機がこっちに接近している!」
やはりと言うべきか、こういう時に限って物事はそう上手くは進まない。
アヤネルは本命の3機――"月のケルベロス"が本気で動き始めたことを知らせるのであった。
「悪魔だか何だか知らねえが、仲間をやるってんなら許さねえぞッ!」
同じ頃、確かに"月のケルベロス"は打倒ゲイル隊に執念を燃やしていた。
その中でも特に荒々しい気性を持ち、そして最も仲間想いな末女ヨツバはこれまでに無いほど闘志を露わにしている。
「あの乙小隊が一瞬で壊滅するなんて……」
「取り巻きを先に排除することで私たちを引きずり出す魂胆――非情にして合理的ではあるわ」
前大戦の頃から引き連れてきた乙小隊が呆気無く捻じ伏せられた事実に次女ミツバが唖然とする一方、小隊長にして長女のフタバは悔しさを滲ませながらも冷静だった。
「フタバ姐さん、こちらは我々で押さえます! そちらは"蒼い悪魔"の相手に集中してください!」
しかも、敵は乙小隊を壊滅させたゲイル隊だけではない。
"蒼い悪魔"の片割れ――ブフェーラ隊も相当厄介なので数的有利を取りたいのだが、連携が得意な敵戦力を合流させると手が付けられなくなってしまう。
結局、片割れは分散させたまま丙小隊と丁小隊が相手取ることになった。
「お前らが戦ってるのも"悪魔"じゃねえか! ホントに大丈夫なんだな!?」
ヨツバが心配するのも無理はない。
別働隊は初動で1機撃破され、その後も決定打を欠くなど実力差――いや、機体性能の差を露呈していたからだ。
「"蒼い悪魔"――月と地球、二つの星に悪名を轟かせるそれは元々目の前の小隊を指していたと云われています」
3機の蒼い可変型MFとの読み合いが再開される直前、ミツバは"蒼い悪魔"という異名の本来の意味を説明する。
彼女の認識としてはあくまでもゲイル隊が"悪魔"であり、別働隊と交戦中のブフェーラ隊はそうではないのだろう。
「ああ、確かに目の前の3機からは特別にヤバい匂いがするぜ……!」
「……相当強いわよ、特に隊長機――真の"蒼い悪魔"は」
次女の見解にヨツバとフタバも同意し、二人は敵機の中でも最大級の危険性を有する隊長機――セシルのオーディールを睨みつける。
「今回は先日とは違って本気のはず。こちらも全力で臨まなければ殺されると思いなさい」
小隊長として、三姉妹の長女として妹たちに気を引き締めさせるフタバ。
「承知しています……!」
「オレたちはいつでも手加減無しの全身全霊だろ?」
姉の言葉に力強く頷くミツバとヨツバ。
この二人はどこまでも姉に付いていくつもりであった。
たとえ、その旅路の果てが自分たちの破滅だとしても……。
【対レーザーコーティング】
機体本体はコーティング剤を含んだ特殊塗料を数層にわたり重ね塗りしているが、増加装甲のように使い捨てを想定したパーツの場合はコーティング剤と特殊塗料の二層塗装に留めることが多い。
これは塗料の使用量を減らすことでコスト削減及び軽量化を図っているためである。




