【63】"偵察機"の帰艦
アフリカ・ルナサリアンの追撃を辛くも振り切ったNATO連合艦隊はサハラ砂漠を更に南下。
その道中で応急修理が必要な艦船は一時離脱し、先行する艦隊との再合流を目標に各種作業を急ピッチで進めていた。
「うーん……思ったよりも派手にやられているわね」
そして、応急修理のため敵地での停泊を余儀無くされた艦の中にはアドミラル・エイトケンの姿もあった。
甲板上に出たメルトは自らの目で被害状況を確認し、予想以上に艦がボロボロになってしまったことを嘆く。
彼女が見上げているブリッジ最上部は特に損傷が酷く、補修部材を被せてダクトテープで固定するなど痛々しい姿と化していた。
「航行に支障はありませんが、甲板上の兵装を多数破壊されたことで戦闘力は確実に低下しています」
甲板上におけるあらゆる作業を管理する高級将校によると、主に対空兵器の損傷が激しくこのままでは濃密な弾幕を張ることが難しいという。
「艦長、最低でも対空兵器の応急修理は行うべきです。NATO軍の関係者を説得してください」
"防空能力に関わる対空兵器だけはここで修理作業を済ませたい"と高級将校は進言する。
先の戦闘を見る限り、防空システムが万全に近い状態でも敵航空部隊は肉薄していたからだ。
「航行中に修理できればよかったんだけどね……ええ、分かったわ」
同じ懸念を抱いていたメルトは何度か頷いて高級将校の要望を受け入れる。
「友軍との交渉は私に任せなさい。だから、あなたたちは艦の修理に全力を尽くしてちょうだい」
過去の実績を交渉材料とすれば数時間程度の足止めは認めさせることができるかもしれない。
その辺りの駆け引きはアドミラル・エイトケンの艦長――すなわち代表者たるメルトの仕事だ。
「ハッ! 甲板作業員の総力を挙げて作業を進めます!」
力強い敬礼で答えた高級将校は修理作業の監督に戻っていく。
今夜は砂被りの暑くて長い夜になりそうであった。
リリスが単独任務で収集してきた膨大なデータはそのままでは使いにくい。
戦術データリンクシステムによるリアルタイム送信や観測機器から直接抜き取られたデータは艦内のハイパーコンピュータに集積され、それらの扱いに長けた人材による詳細な分析が必要だ。
オリエント国防軍ではそのための専門チームを"戦術シミュレーション班(TSG)"と呼称し、データベースを扱う可能性がある施設などには必ず1チーム以上配置されていた。
「――なるほど、確かに興味深いデータですね」
ホットコーヒーを飲みながら情報だらけのディスプレイを見ている男性士官の名はエーリッヒ・グランツ中佐。
アドミラル・エイトケン唯一の男性乗組員にして、同艦に配置されているTSGの部署責任者だ。
ちなみに、金髪碧眼のメガネ美少年のように見えるが実際は全乗組員の中でも最年長の部類である。
「TSGの分析能力ならば何か分かるのではないでしょうか?」
階級はリリス(大佐)の方が上だが、彼女は年功序列を尊重し敬語で会話を続ける。
「うむ……詳細な分析はこれから行いますが、貴官の言う通り"何か"が存在することは確実です。100%です」
ディスプレイに表示されている情報を流し読みしたエーリッヒはメガネをクイっと上げ、リリスが持ち帰った情報は極めて有意義である可能性を告げる。
人間の行動で0%と100%はあり得ないとされているが、今回に限っては100%の確率を保証する。
「でしょう? 偵察は軍事行動の基本――軍用機も最初は偵察機から始まったと云われていますから」
「ところでリリス大佐、目視監視で何か気になる点はありませんでしたか?」
べつに褒めたつもりはないのに何故か誇らしげにしているリリスを無視し、偵察ユニットでは観測できない要素――例えば視界の違和感などについて尋ねるエーリッヒ。
「そうですね……各種パラメーターの数値が大きかった場所では、夜間にもかかわらず陽炎のように景色が歪んでいるように見えました」
人間の目でどう見えていたかはリリス自身の証言に頼る他ない。
暫し考え込んだ後、彼女は"景色が歪んでいるように見えた"と指摘する。
「……」
「違和感を覚えたので流石に近付くことは断念しましたが……」
顎に手を添えて頷くエーリッヒの反応を窺いながら報告を続けるリリス。
「ありがとうございました。今晩はもうお休みになってください」
一通り話を聞けたエーリッヒは感謝の言葉を述べ、軍のエリートたるリリスの身体を気遣う。
「我々は夜を徹してデータ分析に取り掛かります。必ずや成果を上げてみせましょう」
「ええ……では、お言葉に甘えて失礼させてもらいます」
エーリッヒ以下TSGの情報士官たちの力強い眼差しを見たリリスは素直に厚意を受け入れ、敬礼を返してから部屋を退室する。
「(これはあくまでも僕の推測だが……)」
ディスプレイの方に向き直ったエーリッヒは何やら心当たりがあるようだった。
翌日――。
徹夜作業でデータ分析と資料作成を終えたエーリッヒは一眠りした後、昼食の時間を使って分析結果の報告を行っていた。
推測が含まれることを考慮し、今回は限られた高級将校だけ士官用食堂に集まってもらった。
「光学迷彩?」
昼食のボルシチを食べながら報告を聞いたカリーヌは訝しげな表情を浮かべる。
「はい。昨晩エステルライヒ大佐が収集したデータを分析した結果、その可能性が高いかと」
「しかし……今の技術では実用的な光学迷彩の開発は難しいと聞くぞ」
分析結果や技術者のコミュニティで出回っている裏情報を基に導き出した結論は光学迷彩――。
エーリッヒは至極真面目なつもりなのだが、シギノが指摘しているように世間一般では未だサイエンス・フィクションの技術だと考えられている。
「いくつかの手法が考案されていますけど、いずれも一長一短で軍事技術としての信頼性が確立されていませんからね」
メルトが述べている通り一口に"光学迷彩"と言ってもその方法は一つではない。
ただ、いずれにしても今の技術水準では本格的な実用化の目途は立っていなかった。
「究極のステルス兵器――ロマンと実用性はあるが、実現にはまだまだ時間が掛かるだろう」
戦術に組み込めれば使い道は必ず見出せるが、そこまでの価値があるのか分からないというのがシギノの率直な感想だ。
そして何より、"不可視の軍事力"による軍事行動は戦争犯罪など倫理的問題を多分に孕んでいた。
「ところが、ルナサリアンは光学迷彩に準ずるカモフラージュ技術を研究していたようです」
どうにもリアクションが薄いことを心配したエーリッヒは食事を一時中断し、士官用食堂のテレビモニターにタブレット端末を繋いで映像資料を表示する。
気になる内容は彼が自前で収集した旧ルナサリアンの兵器工場の写真及び動画だ。
「これは……シートのように見えるわね」
少々画質が荒い動画にスプーンを運ぶ手を止めて釘付けになるカリーヌ。
動画内には製造途中で放棄されたビニールシートのような物体が複数枚確認できる。
「接収を防ぐためか破壊工作が行われていたので完品とは言えませんが、あらゆる電磁波と音波を遮断する素材で製造された特殊なシートと思われます」
この産業廃棄物こそルナサリアンが研究していた光学迷彩の未完成品だとエーリッヒは指し示す。
おそらく、ルナサリアンは兵器に光学迷彩装置を直接搭載することは難しいと判断し、それ自体が光学迷彩的な能力を発揮する装備品を開発しようとしたのだろう。
その手法ならばシートを被せるだけで強力なカモフラージュ効果が得られるのかもしれない。
「電磁波を遮断されたら確かに通常のレーダーでは捕捉できないわね……」
「レールガンはこのシートで姿を隠していたというわけか」
ここまで説明を受けたメルトとシギノは流石に前例の無い装備の危険性を理解する。
あらゆる電磁波とは電波・赤外線・X線・ガンマ線――地球人が様々な分野で利用しているモノ全てが該当すると考えていい。
また、理屈が異なるはずの音波すら遮る防音性はソナーで探知できないことを意味していた。
「しかも、特定の条件下では光を透過・回折させることで極端に見えにくくなるという性質もあるようです」
例の"シート"の驚異的な能力はそれだけに留まらない。
エーリッヒは条件付きで可視光線にも干渉し、本当の意味で光学迷彩的に振る舞える可能性を示唆した。
「それはそれは……本当にSF映画の世界じゃない」
3年前に絶滅寸前の全面戦争を行い、今も残党軍が抵抗を続けている異星人の技術力に驚きを隠せないカリーヌ。
もし、戦時中に開発が間に合い実戦投入されていたらと思うとゾッとする。
「皆さん、敵は光学迷彩を含めた未知の軍事技術を持っているという前提で動くべきです」
食卓に着いている面々を見渡しながら危機感を訴えるエーリッヒ。
「旧ルナサリアンは我々と同等の文明を持つ異星人……しかし、我々の常識をそのまま適用するのは危険だと思った方がいい」
地球人――特にオリエント人にとってルナサリアンは極めて近しい存在。
だが、生物学的には近くともメンタリティは全く異なるかもしれないとエーリッヒは警鐘を鳴らすのだった。
【人間の行動で0%と100%はあり得ない】
オリエント連邦の格言。
オリエント圏では"人間に絶対は無い"といった意味合いで使われる。




