【57】砂煙の彼方に(後編)
NATO連合艦隊旗艦キング・ジョージ6世(KGVI)から発射された徹甲榴弾にはマルチオプション信管が採用されており、軟らかい砂漠でも不発弾にならないよう超低空で起爆させることができる。
「着弾確認!」
コンソールパネルのモニターで巨大な砂煙が巻き上がるのを確認した砲撃手は着弾を宣言する。
自艦の砲撃のせいで敵部隊の姿は視認できない。
「こちらには砂漠の砂粒を正確に狙える精度がある……さあ、どうする?」
着弾地点の誤差はおそらく数メートル程度。
次に砲撃する時は徹甲榴弾を頭上に撃ち込んでやる――そう考えながらKGVI艦長のノリス大将は敵部隊の反応を窺う。
「敵部隊、高射砲で反撃してきました!」
砂煙が収まり始めたところで敵部隊はついに反撃を開始。
レーダー操作員が見ているコンソールパネルのモニターには高射砲の弾が炸裂した位置及び高度がリアルタイムで表示されている。
「艦長、敵部隊の射程は非常に短いと考えられます。迂回すれば戦闘は避けられます」
ここで副長は敵部隊を相手にせず遠回りするルートを提案する。
敵部隊の装備は高射砲や地対空ミサイル(SAM)が中心であり、後者の最大射程は長く見積もっても10キロメートル程度だろう。
つまり、推進剤と時間を少し余分に使えば戦闘を回避できる可能性があった。
「迂回ルートに切り替えた場合の燃料消費量を再計算しろ!」
「ハッ!」
意見具申を聞いたノリスは即座に針路変更はせず、まずは操舵士に燃料消費量の再計算を命じる。
ジブラルタル-ダカール間を往復できるだけの推進剤を搭載しているとはいえ、弾薬や兵糧との兼ね合いによりあくまでも"必要最低限"しか搭載していないからだ。
「(これだけの戦力差がありながら奴らは退く姿勢を見せない。余程のバカか、あるいは勝算があるのか……)」
当初の予定とは別ルートに切り替えたにもかかわらず、その別ルート上にも敵部隊が控えていた。
決して十分とは言えない戦力で立ち塞がろうとしてくる勇気――それは蛮勇ではないのかもしれないとノリスは訝しむのだった。
「燃料消費量の再計算、完了しました。現実的な迂回ルートのどれを選んだとしても、航続距離に影響はありません」
慣れた手つきで再計算を済ませた操舵士は計算結果をCICの大型モニターに表示させる。
数本ある赤い破線は迂回ルートで、その隣に併記されている赤い数字が余分な燃料消費量を表している。
一般的に赤はネガティブな傾向を意味する色である。
「……いや、迂回は必要無い!」
「は?」
だが、折角あれこれと計算したにもかかわらずノリスは部下の労力を無駄にするような決断を下す。
副長が思わず生返事をするのも無理はない。
「敵部隊の最大火力は車両に載せられる程度のSAMだ。軍艦の装甲を貫くことは不可能だろう」
この判断に際してノリスが着目したのは敵部隊の装備だ。
無人偵察機が撮影した写真を見る限り、最も厄介なSAMはオフロード車両を改造して搭載できる程度のサイズが中心らしい。
専用車両をプラットフォームにする大型ミサイルだったらさすがに迂回安定だが、それ以下のミサイルならば装甲で耐えることができる。
下方から狙われやすかったり大気圏突入時に盾にする都合上、全領域艦艇の船底は非常に頑丈に作られているのだ。
「我々は艦の防御力を信じて一気に突っ切る! "敵陣は避けるもの"という常識の裏を掻く!」
せいぜい紙装甲な航空機を撃破できるかといった程度の豆鉄砲は恐れるに足りず。
ノリス大将率いるNATO連合艦隊は輪形陣を維持したまま敵部隊の頭上を直進するコースに入る。
「全艦、最大戦速!」
「り、了解! 最大戦速!」
艦隊前方にSAMの飛跡と高射砲の炸裂が見える中、ノリスは艦長席に座りシートベルトを着用しながら指示を出す。
それを受けた操舵士は3本のスロットルレバーを全て前に倒し、最大推力で快速巡洋艦KGVIを加速させる。
「対空警戒も怠るなよ!」
敵部隊の攻撃は被弾しても痛くないとはいえ、当たらないに越したことは無い。
ノリスの指示と同時にKGVI含む全艦は対空射撃の態勢に入り、射程内に捉えたSAMに対して迎撃を行う。
「(不気味な奴らだが……ここを抜けなければダカールには辿り着けん)」
自分の判断は間違っておらず作戦は順調に進行していると思いたかったが、イギリスが誇る名将ノリスは長年の経験と勘に基づく不安を抱いていた。
同じ頃、夜空に広がり始めた砲火を遠くの砂丘から眺める一団の姿があった。
この集団は"サキモリ"と呼ばれる旧ルナサリアン製の機動兵器で構成されていることから、アフリカ大陸を実効支配するルナサリアン残党――アフリカ・ルナサリアンの部隊である可能性が高い。
「見えてきたわね……堂々と砂漠の上空を飛んでくれちゃって」
隊長機と思わしき機体に搭乗している女は、H.I.Sの望遠機能で戦闘を観察しながらルナサリア語で呟く。
「姉さん、バクリュウより入電です。『砂ノ狂犬ハ獲物ノ喉笛ニ噛ミ付ケ』――とのことです」
彼女のことを"姉さん"と呼ぶ別の女はバクリュウなる味方部隊からの入電を知らせる。
その内容は酔狂な言い回しに擬装した攻撃命令のようだ。
「敵艦隊の航路は予想通りだ。陸上に押し出してくれた潜水艦隊には感謝しねえとな」
また、もう一人の女の発言からこの部隊と大西洋に展開するレヴォリューショナミー潜水艦隊は連携していたことが分かる。
「全機、行くわよ! 敵部隊の電探による探知を避けるため、できる限り地上を浮揚推進して接近する!」
「2番機了解!」
「3番機了解!」
隊長機の女は望遠機能を解除し操縦桿を握り締めると、機体の右腕で移動開始の合図を送る。
同型機に搭乗している2番機以下のMFドライバーたちもそれに続く。
この部隊の機体は旧ルナサリアンの主力サキモリ"モ-01 改ツクヨミ指揮官仕様"のようだが、砂漠迷彩への塗り替えや関節部の防塵対策、脚部を覆う形式のホバー推進装置の装着など相当の改造が施されていた。
「フタバ姉、敵艦隊に"蒼い悪魔"がいるって噂は本当か?」
夜の砂漠をホバー推進で疾走しながら3番機の女はフタバ姉――隊長機を駆る実姉ミヅキ・フタバにとある噂の真偽を尋ねる。
戦線を復活させるとも評される"蒼い悪魔"の戦闘能力は国際社会から遠く離れたアフリカ大陸にも伝わっていたのだ。
「信頼できる筋からの情報提供よ。おそらく、"蒼い悪魔"の母艦は艦隊後方に控えている」
男勝りだが可愛い下の妹からの質問に答えるフタバ。
彼女は"蒼い悪魔"がダカール解放作戦に参加することを何かしらのリークで知っていたらしい。
「ダカールに到着して後詰めをやるための配置だな」
現在の地球圏で最強とされる部隊を後方に控えさせる布陣を、ミヅキ三姉妹の三女ヨツバはダカール攻略を意識したモノだと睨んでいた。
「まあ、マティアス将軍曰く今回のNATO連合艦隊の司令官は前進気勢が強いらしいけどね」
一方、2人の妹を持つ長女フタバは敵部隊の布陣について異なる見解を示す。
彼女らアフリカ・ルナサリアンはマティアス将軍なるヨーロッパの軍事情報に詳しい協力者を擁しているようだ。
「ジョージ・ノリスといったか……3年前のヨーロッパ戦線での借り、今度は返させてもらうぜ」
この3年間はイギリスの名将に対するリベンジをモチベーションにしてきたと意気込むヨツバ。
「……」
そんな妹や姉に比べると次女ミツバは口数が少ないようであった。
【サキモリ】
旧ルナサリアンが地球侵攻作戦に投入した機動兵器。
運用方法や技術的な共通性からルナサリアン版MFとも呼ばれる。
敗戦に伴う武装解除により大半は廃棄処分となったが、降伏勧告に従わないルナサリアン残党によって未だ多くの機体が運用されているほか、一部は研究用に接収されたと云われている。




