【56】砂煙の彼方に(前編)
Date:2135/10/16
Time:21:00(UTC+1)
Location:The Sahara
Operation Name:RALLYRAID
栖歴2135年10月16日――。
13日にジブラルタルを出港した短距離戦術打撃群は友軍のNATO連合艦隊と共にアフリカ大陸へ進出。
諸事情により陸上を航行するルートに変更し、出港から3日半後には旧アルジェリア-モーリタニア国境線に到達していた。
艦隊の周辺には砂漠だけが広がっている。
「艦長、定時連絡です」
現在時刻は21時00分。
短距離戦術打撃群艦隊旗艦アドミラル・エイトケンのブリッジ最上階で配置に就いているシギノ副長は艦長席の受話器を手に取り、CIC(戦闘指揮所)にいるメルト艦長に定時連絡を行う。
ブリッジが薄暗いのは照明の光が外部に漏れないようにするためだ。
一応窓をシャッターで塞ぐこともできるが、それでは外界を目視確認できるというブリッジの特徴が無駄になってしまう。
「周辺に敵影無し、全艦艇異常無し。作戦は順調に進行中――とのことです」
「ええ……今のところはね」
シギノとメルトは互いの手元にある各種パラメーターを照らし合わせ、情報に齟齬が無いことを確認する。
出港以来一度も敵と接触せず、トラブルなどによる戦線離脱も未だ出ていない――。
広大なサハラ砂漠を南下する航海は恐ろしいほど順調に進んでいた。
「しかし、本来想定していた洋上の進軍ルートを使えなくなったのは不運だった」
確かに航海自体は順調だ。
ただし、進軍ルートが急遽切り替わったことをシギノは気にしていた。
「仕方ありませんよ。潜水艦隊が待ち伏せしている可能性がある海域を強行突破するのは、リスクが大きいですから」
当初は領空侵犯に対する懸念から大西洋上を進む予定だった。
だが、メルトが述べているように作戦開始直前になって所属不明の潜水艦が複数隻展開していることが判明。
ダカール攻略を前提に対地攻撃を重視した装備構成では対潜戦闘は難しいため、やむを得ず陸上航路に変更されたのだ。
「潜水艦とはな……そこまで来たら超兵器を繰り出しても驚かんぞ」
先進軍事技術の塊である潜水艦はたとえ旧型でも払い下げによる購入は困難とされている。
レヴォリューショナミーのような非合法組織に渡った場合、その秘匿性を活かして悪用される可能性があるからだ。
にもかかわらず軍事機密がテロ組織に流出しているという事実に操舵士のマオは肩を竦める。
「なんで進軍ルートが筒抜けなんだい? ジブラルタルでの作戦会議は非公開だったらしいのに」
また、兵装の制御を担う主任火器管制官フランチェスカは情報漏洩その物に疑念を抱いていた。
「レヴォリューショナミーの情報収集能力……やはり侮れないわね」
どのような方法で情報がすっぱ抜かれたにせよ、世界に戦いを挑むテロリスト集団は油断ならない相手だと眉をひそめるメルト。
「(……その可能性はあまり考えたくはないが……)」
一方、ブリッジの副長席に腰を下ろしたシギノは最悪の可能性――内通者の存在を懸念していた。
同僚や部下を疑うことはしたくないが、場合によっては潔白を証明させるため一斉調査が必要になるかもしれなかった。
「ッ! 艦長、KGVIより入電!」
しかし、順調な航海の終わりは突然やって来る。
オペレーター席に座るエミールはKGVI――多国籍艦隊旗艦キング・ジョージ6世からの入電を知らせる。
最初に電文を見た時の反応から察するに、緊急性を要する悪い報せである可能性が高い。
「読み上げて!」
「『艦隊ノ針路上ニ所属不明部隊確認。全艦交戦ニ備エヨ』」
険しい表情を浮かべたままのメルトの指示に従い電文を読み上げるエミール。
陣形の前方に位置する艦艇がとうとう敵部隊を発見してしまったようだ。
「こちらでも電文を確認した! くそッ!」
同じ電文をブリッジ側のコンソールで確認したシギノは自発的に部下に指示を飛ばし、ブリッジを戦闘態勢へ移行させる。
全ての窓が格納式シャッターで防護され、乗組員たちは第一戦闘配置時の持ち場へ移動を開始する。
「総員、第一戦闘配置!」
「了解! 速やかにそちらへ向かう!」
そして、メルトによって正式に第一戦闘配置が発令されたところでシギノもブリッジ最上階を退出。
自身の第一戦闘配置時の持ち場となるCICに向かう。
CICは艦の戦闘能力に直接関わる区画なので詳細な配置場所は伏せられているが、オリエント連邦の軍艦ではブリッジの根元付近の船体中央部に置かれていることが多い。
「随伴艦にも打電! 全艦、臨戦態勢に移行!」
「了解!」
CICの様子が慌ただしくなる中、メルトはサブオペレーターのゼルに自艦隊の僚艦に対する打電を命じる。
この状況で僚艦へ出すべき指示は決まっている。
「エーラ中尉、所属不明部隊の詳細は分かる?」
「いえ……先行する友軍艦隊も混乱している模様です」
戦いの基本は敵を知ること。
メルトはレーダー管制官のエーラ=サニアに敵戦力の報告を求めるが、彼女が監視しているレーダー画面では正確には把握できていなかった。
しかも、既に敵部隊を捕捉しているはずの友軍艦も索敵に少々手間取っているらしい。
「そもそも、その部隊は敵対行為を取っているの?」
ここでメルトは一つの疑問を抱く。
敵部隊と友軍艦隊が交戦状態に入っているか否かで、今後取るべき行動が変わってくるからだ。
「今、友軍の無線を傍受しています――まだ交戦状態ではないみたいですが……」
無線周波数を変更し友軍艦隊間の交信を確認するエミール。
イギリス英語による会話を聞く限り、戦闘中と断定できるほどの慌ただしさではない。
「……とにかく、ノリス司令の対応を見守るしかないわね」
敵部隊と睨み合っているのはおそらくノリス大将の乗艦KGVI。
イギリスが誇る名将と武勲艦の出方をメルトは静観し、必要に応じて動くことにした。
全領域巡洋艦キング・ジョージ6世――。
過去のイギリス国王の名を冠するこの艦はルナサリアン戦争を生き延びた数少ないイギリス艦艇であり、戦後の近代化改修を経て今も最前線で運用されていた。
「(相手はあまり本格的な部隊ではなさそうだ。思い切って無視するのも手だが……)」
同艦の艦長及びNATO連合艦隊司令官を兼任するノリス大将は、CIC内の大型モニターに表示されている情報を見ながら対処方法を考える。
彼は乗艦を最前線に出して陣頭指揮することを好んでおり、本作戦でも連合艦隊旗艦であるKGVIを突出させていた。
「艦長、先ほど発進させた無人偵察機が敵部隊の撮影に成功しました」
「(SAM(地対空ミサイル)を担いだゲリラ兵に対空機銃を載せた車両、それに高射砲が多数――か)」
副長からプリントアウトされたばかりの写真を受け取ったノリスは瞬時に敵戦力を把握する。
KGVIから発艦した無人偵察機は敵部隊の頭上を低空で通過しており、その勇気ある飛行が彼らの装備を鮮明に写していた。
「ただ、無人偵察機は写真撮影後にロストしました。おそらく撃墜されたものと思われます」
「まあいい、無人機は損失覚悟で思い切って使うものだ」
さっきの写真が無人偵察機が見た最期の光景となってしまったようだ。
もっとも、副長の追加報告を聞いたノリスは無人機の損失はあまり気にしていなかった。
貴重なパイロットを乗せた有人機を失うよりはずっとマシだ。
「砲撃手! 主砲にAPHE(徹甲榴弾)装填!」
「り、了解! セーフティ解除、APHE装填!」
写真を見終えたノリスは砲撃手の方を向いて指示を飛ばす。
KGVIは戦艦のような激しい砲撃戦は重視していない艦であり、主砲は中口径砲を1基搭載しているだけに過ぎない。
「仰角35、誤差修正左5!」
「了解! 仰角35、誤差修正左5!」
仰角35°は主砲の砲身をかなり上げた状態。
ノリスのイメージを忠実に実行した場合、山なり弾道を描く艦砲射撃となるだろう。
「着弾地点を55ヤード(約50m)ずらしつつ5秒間隔で3回射撃!」
また、連装砲が1基2門しかないことによる制圧力不足を補うため、ノリスは敵部隊の周囲を狙った連射を指示する。
「パラメーターをFCS(射撃指揮システム)に入力!」
コンソールパネルに艦長が指定した数値を入力し、主砲のトリガーに人差し指を掛ける砲撃手。
「当てるなよ……まずは威嚇射撃で奴らを怯ませる」
だが、ノリスはこの砲撃で敵部隊を殲滅する意図は無かった。
対テロ戦争と言えど無用な殺生は避けたいからだ。
「ファイアッ!」
彼が年齢を感じさせない力強い号令を掛けた次の瞬間、KGVIの57mm速射砲から2発の徹甲榴弾が発射されるのだった。
【Tips】
オリエント国防海軍の艦艇はブリッジ・CICどちらからでも艦を制御可能であり、コンソールパネルやクルーの座席配置なども同じとなっている。
外界を目視確認できるブリッジは平時の指揮、最も安全な区画に位置しているCICは第一戦闘配置時の指揮に使用される。
なお、移動の手間を省くため昇降式CICというコンセプトも提唱されているが、これを実際に採用した艦艇は未だ存在しない。




