【54】信頼と友情と絆と
天候悪化前に戦闘エリアを離脱できたセシルとリリスは、フランス南東部の都市トゥーロンへ向けて飛行。
作戦進行中に同地に先回りしていた母艦アドミラル・エイトケンと合流し、その日の夕方には全ての作戦行動を終了していた。
「――まさか、あの人がMFドライバーになっていたとはな……」
先に撤退していたアヤネルがあの人――ミキがレヴォリューショナミーに与していた事実を知ったのは、上官たちが戻ってきた後のデブリーフィングの時であった。
「しかし……聡明なことで知られるライコネン技術大尉がレヴォリューショナミーに与するとは……」
「聡明だから、かもしれないな。学が無い人間はそもそも世直しという考えには至らない」
話を聞いただけでは未だ信じられないといった感じの反応を示すローゼルに対し、ヴァイルは"革命というのは市民の味方気取りのインテリが始める"という持論を述べる。
「ッ……! 一応それなりの大学を出た者として言わせてもらうけど、インテリ全部がそういうのっていうわけじゃないでしょ……!」
その発言に眉をひそめて噛み付いたのは意外にもスレイだった。
彼女はオリエント連邦国内の大学を卒業しているが、当時の学友や先輩後輩たちをテロリスト予備軍のように言うのは止めろと睨みつける。
「私も大学は出ている。全ての大学卒業生を責めているわけではない」
一方、自身も大卒であるヴァイルは先程の発言について釈明しているようだが、その態度からはあくまでも"自分の持論は曲げない"という意図が感じられる。
「ただ、レヴォリューショナミーを動かしているのはおそらく――」
「そこまでだ。レヴォリューショナミーの構成員の傾向も気になるが、それよりも懸念すべきなのはミキを経由してどれだけの情報が持っていかれたか――だ」
搭乗員待機所に険悪なムードが漂う中、ヴァイルの言葉を露骨に遮ったのは上官のリリスだった。
「彼女が無許可離隊したのは約1年前。それ以前のデータはレヴォリューショナミーに漏洩しているという前提で行動すべきかもしれん。よくよく思い返せば、我々のことを知っていたりピンポイントな対策を打たれたりしていたしな」
暫しの沈黙を破ったのはセシルであった。
彼女はこれまでの戦いを振り返り、その中で遭遇した出来事のいくつかは"情報漏洩"によって説明が付くと指摘する。
「……やはり、あの時殺すべきだった! 私が情けを掛けたばかりに、今後の作戦行動ではリスクを負い続ける結果になってしまった!」
おそらく、ミキは今後も知り得る限りの貴重な情報をレヴォリューショナミーに提供し続けるだろう。
ゲイル隊及びブフェーラ隊の戦闘データは敵対勢力にとって垂涎モノの逸品のはずだ。
「くそッ! お前たちを危険に晒すのは私の責任だ!!」
自分の甘さが極めて重要な情報を垂れ流し続ける結果になってしまった――。
自分自身に対する怒りをぶちまけるかのようにセシルはホワイトボードに拳を叩き付ける。
「落ち着け……らしくないぞ。スレイやローゼルが怯えているじゃないか」
その衝撃で剥がれ落ちたマグネットを拾い上げつつ、リリスは親友の肩を強めに叩いて言動を窘める。
珍しく冷静さを欠いた姿にスレイとローゼルは明らかに驚いていた。
「逆に考えよう。ミキは1年以上前の私たちの戦闘データはよく知っていても、それ以降の私たちのことは把握し切れていないかもしれない」
セシルほど生真面目な人間ではないが、その分考え込まず溜め込まないのがリリスの良い所だ。
確かに情報漏洩は大きな懸念事項とはいえ、戦闘データは戦いの中で常に更新されていくモノだとリリスは述べる。
「彼女のデータベースを――レヴォリューショナミーの想定を上回り続ければいいんだ」
リリスに言わせれば情報漏洩への対抗策はただ一つ。
情報を更新し続けることでレヴォリューショナミーが持つデータを過去のモノにすればいい。
「誰だ?」
今後に向けて決意を新たにする土壌が整ったその時、搭乗員待機所のドアが数回ノックされる。
落ち着きを取り戻したセシルは入室許可を出す前に身分提示を求める。
「私よ。入っていいかしら?」
「カリーヌ姉さんか……ちょうどいい。私からも報告したいことがあった」
来訪者はセシルの実姉にして短距離戦術打撃群参謀のカリーヌだった。
姉の声を聞いたセシルはすぐにドアを開け、"上司"をオフィス用ソファーの空いている場所に案内する。
「報告……? ん、とりあえず先の戦闘に関する話を聞かせてもらおうかしら」
普段とは異なる妹の様子に違和感を抱きつつも、ソファーに座ったカリーヌは作戦内容の報告を促すのであった。
セシルは一度部下たちに話した内容をそのままカリーヌにも伝えた。
「――そう、だからあなたは浮かない顔をしていたのね」
「ハハハ……カリーヌ姉さんには初めからお見通しだったか」
衝撃の事実を聞かされたカリーヌからの指摘に珍しく頭を掻いて苦笑いするセシル。
"堅物で生真面目"という評価が一般的なセシルだが、肉親の前では砕けた態度を見せることもあるらしい。
「しかし少将、我々の過去の戦闘データが漏洩していることは常に不安要素となります」
「ヴァイル――あ、いえ……リッター大尉の指摘には私も同意いたしますわ。今後の作戦行動においては必ず対策が必要になるかと」
情報共有が行われたところでヴァイルとローゼルは自分たちが抱いている懸念を上司に伝える。
情報漏洩している張本人が野放しになっている以上、対策を打つにはこちら側で工夫が必要だろう。
「ええ……ライコネン大尉がレヴォリューショナミーと接触した経緯や、彼女が持ち出した機密情報については調査を進めさせるわ」
それについてカリーヌは徹底的な調査を行わせることを約束する。
「だけど、それは軍内部の調査委員会や連邦情報総局の仕事。私たちは最前線に立つ将兵としてできることを精一杯やりましょう」
オリエント国防軍では既に対レヴォリューショナミー用の各種委員会が設置されているほか、国防省管轄の情報機関である連邦情報総局も本格的に動いているという。
短距離戦術打撃群の情報収集能力には限界があるが、その代わり情報機関単独では扱えない強大な軍事力を動員することができる。
互いに足を引っ張り合うことは避け、持ち味を活かして対テロ戦争に臨むべきだとカリーヌは説く。
「各員、次の作戦に備えて訓練と休養を怠らないように」
高級将校としての仕事が山ほどあるのだろう。
専用タブレット端末に記入したメモを確認し終えたカリーヌはソファーから立ち上がり、ドアハンドルに手を掛ける。
「少将、今後の作戦計画は決まっているのでしょうか?」
「うん、まだ関係各所と調整を進めている段階なんだけどね……ジブラルタル経由でアフリカ大陸へ向かうかもしれない」
彼女はドアを開けて退室しようとしていたが、スレイに呼び止められたことで一旦立ち止まり今後の予定について軽く説明する。
「アフリカ……? そんな辺鄙な場所にもレヴォリューショナミーがいるんですか?」
アフリカ大陸――。
135年前の隕石災害で荒廃し、先進国から事実上見放された不毛地帯に何があるのかとアヤネルは訝しげに上司を見るのだった。
【Tips】
オリエント国防軍と連邦情報総局は命令系統が異なる組織であり、それに加えて組織風土も違うためか犬猿の仲と云われている。
一般的に後者の方が正規軍では出世が難しいとされる非純血オリエント人も積極的に登用する傾向が強いという。




