【51】KANE HEKILI
灰色の雪雲の中へ飛び込むことをセシルは躊躇わない。
彼女はあまりにも技量が高すぎるため、極めて不利なコンディションでもその能力を削がれることは無いのだ。
「雲の中に逃げるつもりか!? くッ、視界不良でも飛べる程度の実力があるか見せてもらおう!」
雲の中に逃げ込んだ桜色のステルスMFを追いかけるように自らも高度を下げるセシルのオーディールM3。
灰色の世界では激しい乱気流で機体が揺さ振られそうになるが、電子制御と彼女自身の正確無比な操縦により蒼いMFはバランスを保ち続けている。
「赤いのはどうする?」
「放って置け! あの程度の技量では雲の中までは追って来れまい!」
親友と同じく雲の中に入ったリリスからの質問に食い気味に答えるセシル。
目下の脅威は桜色のステルスMF――常に捕捉しておかないと見逃しやすいトーメリーサであり、逆に自分たちに追従できていない赤い大型MFは脅威になり得ないと考えていた。
「(私は眼中に無いってことなの……セシル!)」
一方、蒼いMFたちの行動を見ただけで自分が相手にされていないことを感じ取ったミキは苛立ちを抱く。
「(自信は無いけど……やるしかない! 彼女に私の存在を――革命の意志を示すためにはッ!)」
歴戦の猛者たちに比べれば一歩どころか二歩以上劣っているのは自分でも分かる。
だが、ここで怖気付けば永遠に見下されることになる。
そして何より、自分が足を引っ張っていたらシンを危険に晒してしまう。
「しつこい連中だ! 雲隠れしてもお見通しってワケかよ!」
そのシンは雲の中で鋭い機動を描き続けて粘っているが、どこかのタイミングで一息入れなければ体力的に厳しいだろう。
「(アレさえ撃墜できればもう片方は何とでもなる……!)」
そして、その瞬間をスタミナで勝るセシルは明らかに待っていた。
「私の声を聴けッ! 私の姿を見ろッ! セシル・アリアンロッドッ!!」
非力な己に対するフラストレーションが限界に達したミキは、何を思ったのか無線をオープンチャンネルに切り替えて声を張り上げる。
「ッ……!?」
しかし、予想外の状況で親友の声が聞こえたことでセシルは集中力を途切れさせてしまうのだった。
「ミキ……!? なぜお前がここにいる……!?」
あまりの衝撃にこれ以外の質問が思いつかないセシル。
「……レヴォリューショナミーの一員として宣戦布告するためよ」
その質問に対して極めて簡潔な答えを返すミキ。
「あんたが生きてたことが分かったのは嬉しいけど……でも、テロリスト集団に加担していることだけは擁護できないね」
彼女とそれなりに親しかったリリスは元気な姿を見せてくれたことに安堵する反面、最悪の可能性の一つとしてあえて考えないようにしていた"レヴォリューショナミーへの鞍替え"については明確に非難する。
如何なる理由であれ――たとえ友人であったとしても、テロリズムという手段に訴える行為を認めることはできなかった。
「(ミキの奴、"蒼い悪魔"と顔見知りなのは情報通りだったな)」
他方、オープンチャンネルでのやり取りを傍受していたシンは特に驚いた様子は見せない。
彼は独自の"信頼できる情報筋"から相方の人間関係に関する資料を予め入手していたらしい。
「(感動の再会に横槍を入れるのも野暮ってモンだ。どうなるか見てみよう)」
この場では完全な部外者と化すシンは状況を静観する。
ただし、交渉決裂の場合に備えていつでも攻撃態勢に入れるよう準備だけはしておく。
余計なお節介はむしろ信頼度を失うだけだ。
「ミキ……革命ごっこなんか止めて戻って来い。今ならまだ引き返せる」
セシルは乗機オーディールを人型のノーマル形態に変形させると、矛を一旦収めて親友の説得を試みる。
普段は敵対者ならば問答無用で叩き潰すので、こういうやり方には慣れていなかったが……。
「職権を振りかざすのはあまり好きではないが、今の私なら上層部を説得することぐらいは――」
セシル・アリアンロッド――オリエント連邦有数の名門貴族アリアンロッド家の令嬢にして、オリエント国防軍内部においてはその名を知らぬ者などいない実力者。
ネームバリューと権力をフル活用すれば軍上層部を懐柔し、無許可離隊といった罪状の一部を軽減したうえで原隊に復帰させることができるかもしれない。
この時、恵まれた出自の恩恵を受けてきたセシルは生まれて初めて"自らの意志"で特権を振るおうとしていた。
「私は……私は戻らないッ!」
親友からの説得に対してミキは左操縦桿のトリガーを引いて答える。
すなわち、彼女は説得を拒否したのであった。
「なッ……!」
次の瞬間、空中でホバリングしていたセシルのオーディールの真横をロケット弾が掠めていく。
もしもミキが本気で照準を合わせていたら、フライトリフターから発射されたロケット弾は蒼いMFに直撃していたかもしれない。
「撃ったのか……!?」
「私は革命を成就させるため、祖国や家族――そして友人と袂を分かつことを決めた」
一連の行動に少なからずショックを受けているリリスをよそに、レヴォリューショナミーへ身を投じるために"自らの意志"で過去と決別したことを明かすミキ。
「最後の後顧の憂いは……セシル、あんたの存在その物だ!」
彼女は自身の決意を揺るがし、組織にとっても最大級の脅威となり得るセシルを討つ覚悟を固めていた。
"蒼い悪魔"を倒したという勲章が今更欲しいわけではない。
親友との縁を自らの手で断ち切ることが、自分自身に対するケジメとなるからだ。
「……絶交を告げるためにわざわざMFに乗ってきたのか?」
一方的に絶縁を突き付けられたセシルは少しだけ表情を曇らせた後、怒りと悲しみが込められた黒い瞳で赤い大型MFを睨みつける。
「無礼るなよ」
セシルは長年に亘り最前線で戦ってきたエースドライバー。
つい最近MFに乗り始めたばかりの"アマチュア"に後れを取るつもりは無かった。
たとえ、対戦相手が本当は戦いたくない親友だとしても――だ。
「セシル……! ミキ……!」
両者の間に広がるプレッシャーを感じ取ったリリスは不安げに親友たちの名前を呟く。
「(これが"友情の終わり"ってヤツか……)」
同じく不可視のプレッシャーを感じたシンはこれを友情崩壊の瞬間だと解釈していた。
「交渉決裂だな……援護するぞ」
友人同士が互いを否定し合ったことで戦闘の早期終了は不可能となった。
"蒼い悪魔"との一騎討ちでは絶対に勝てない相方を手助けするべく、シンは予定通り素早く攻撃態勢に入るのだった。
天候悪化までのタイムリミットは残り5分――。
アルプス山脈は灰色の雪雲に覆われ、至る所で激しい風雪が吹き荒れ始めた。
「リリス、あいつの相手は私がやる! お前はもう片方のMFを引き付けてくれ!」
セシルは当然のようにターゲットを赤い大型MF――ミキの搭乗機に定め、"本物の親友"たるリリスにはもう片方のMF――シンのトーメリーサの相手を任せる。
「くそッ! 本当にやるんだな……!?」
「あちらは容赦無く攻撃してくるぞ! この状況で説得を続けるのは無理だ!」
リリスの最終確認にもかかわらずセシルの決意は固い。
相手が攻撃を仕掛けてくる以上、非暴力主義者のように棒立ちというわけにはいかなかった。
「……なぜ話を聞いてくれないんだ! なぜ私の声が届かないんだ……ミキ!」
それでも旧友と本気で殺し合うことには躊躇いがあるのか、セシルのオーディールの機動にはいつものキレが見られない。
「それはお前が本当に傲慢だからだ!」
「くッ……女同士の間に入るなッ!」
シンのトーメリーサがフライトリフター側の固定武装であるロケット弾で攻撃を仕掛けても、セシルは悪態を吐きながら回避運動するだけで精一杯だった。
今の彼女は明らかに集中力に欠けていた。
「慣れないやり方で相手を説得しようというのが傲慢なのさ! これまでのように圧倒的な力で捻じ伏せ、無理矢理言う事を聞かせた方が早いんじゃないのか?」
「貴様らテロリストと同じ手口などッ……!」
一方、"蒼い悪魔"のメンタル不調という千載一遇のチャンスをモノにするべくシンは心理戦を展開。
苛烈な攻撃と言葉巧みな嫌味でセシルの精神力を徹底的に消耗させていく。
「セシル……あんたと私はどちらも筆頭貴族の人間だったよね」
「筆頭貴族は財力や権力を振りかざすための特権階級ではない! それはライコネン家の令嬢たるお前がよく知っているはずだ!」
ミキの言葉に若干焦り気味な反論を返すセシル。
筆頭貴族とはオリエント連邦において特に格式高いとされる家のこと。
セシルの実家アリアンロッド家は優秀な軍人を輩出してきた一族として名を馳せ、ミキの実家ライコネン家もまた政治家や学者を多く送り出しているインテリの名門である。
「ノブレス・オブリージュの信念に基づき、人々の模範に相応しい行動を求められる上級国民――あんたの言っていることは正しいよ」
当然、貴族令嬢として教育されてきたミキは身分相応の心構えぐらいは学んできたつもりだ。
そのため、同じ上流階級に属するセシルの"貴族論"はミキにとっても納得のいく言葉だったが……。
天候悪化までのタイムリミットは残り4分――。
「だけど、それは理想論だ! 人は強大な力を恐れ、それに逆らわないように生きている! それが現代社会だ!」
良くも悪くも理想主義的な一面がある親友の信念をミキはあえて否定する。
大衆は曖昧で抽象的な概念は理解できず、やがてそれに対する関心を失う。
具体的な拠り所が無くとも生きていけるのは、"自らの意志"による選択を苦にしないセシルのような強者だけだ。
この世界の大部分を占める臆病で矮小な存在は、心のどこかで自己判断というリスクを放棄することを望んでいる。
「だから……世界の摂理に則り、既存の国家権力を超えるチカラを見せることで大衆を従わせるつもりか!?」
"列強諸国による不当な占領政策への抵抗"という名目で前時代的な行き詰まった世界秩序を一掃し、その跡地に自分たちにとって好都合な新秩序を形成する――。
レヴォリューショナミーの目的の一端を察したリリスは激怒した。
「『いずれ人は知恵を持ち、強きモノを討つ』という。力による一方的な現状変更など上手くいくものか」
セシルもまたオリエント語の諺を引き合いに出し、親友が下ったレヴォリューショナミーの理念を改めて否定する。
「レヴォリューショナミーは確かに強大な組織かもしれない……だが、お前たちのやり方は間違っている」
宣戦布告から1ヶ月弱で世界規模の電撃戦を展開し、いくつかの地域を占領したことは事実だ。
テロリスト集団ながらそれだけの戦力を有していることをセシルは認めざるを得ない。
しかし、国家と市民を守る軍人として国際法を逸脱した武力行使を許すわけにはいかなかった。
「ミキ! こうなったら力尽くでも連れ戻して、一発ぶん殴ってやる!」
親友と剣を交える意思を固めたセシルのオーディールは両手首からビームソードを抜刀する。
「……迷いはある程度吹っ切れたみたいね。それでこそ私が知っているセシル・アリアンロッドよ」
その姿を見たミキは人知れず笑みを浮かべ、フライトリフターに乗ったまま戦闘を継続する。
「カネヒキリ! お前がアマチュアだと思い込んでいる奴に一泡吹かせてやれ!」
「行けるか!? フェアリアッ!」
もう一機の蒼いMFを引き付けるように援護しているシンから発破を掛けられた次の瞬間、ミキの乗機"XREV-011 タマモートナ"は背部ウェポンコンテナからフェアリア――オールレンジ攻撃端末を複数射出するのであった。
【フェアリア】
元々はオリエント語で妖精や精霊を意味する言葉だが、そこから転じて一部のMFが搭載するオールレンジ攻撃端末もこう呼ばれるようになった。
オリエント人がオールレンジ攻撃端末に抱いている印象がよく分かる表現である。
なお、"フェアリア"は一般名詞であり機体によっては自機の兵装に固有名称(愛称)が付けられている。




