【49】望ましくない再会
ゲイル隊の戦闘効率は圧倒的であった。
彼女たちは1回のフライパスで確実に1か所のレーダーサイトを潰していき、非常に手際良く任務を進めていた。
「これでラストだ! ゲイル1、ファイア!」
雪雲を隠れ蓑にする戦法を使っていたセシルも3基目のレーダーサイトを捕捉し、これまでのように雲を抜ける寸前にロケット弾を斉射することで陣地を一掃する。
「命中! レーダーサイト10基目の沈黙を確認!」
蒼いMFの一斉射撃が終わった時、AWACS"ソルシエール"のレーダー画面上に地上目標は一つも残っていなかった。
「予想よりも120秒早かったな。全機、よくやった」
2分も早く作戦を完遂したゲイル及びブフェーラ隊の働きぶりを称賛するソルシエール。
もしもNATO軍の航空部隊が同じ任務に従事していた場合、時間短縮どころか作戦成功さえ怪しかったことだろう。
「こちらが航空戦力を片付ける前に終わらせたか……流石だね」
「防衛目標を失ったUAV(無人戦闘機)は対空戦闘モードに切り替わると思われます。隊長、纏わりつかれる前に撤退しましょう」
リリス率いるブフェーラ隊が敵航空戦力を一掃する前に作戦目標が達成されたため、ローゼルは迅速な撤退を提案する。
「彼女はこう言っているぞ、中隊長殿?」
「ソルシエール、NATO軍の上層部が出した報酬分は働いたぞ。残念ながら時間外労働をするつもりは無い」
「天気も荒れそうだしな。こういう空域には長居したくない」
リリス、セシル、そしてアヤネルは口々にローゼルの提案を支持する姿勢を示す。
「……作戦終了。全機帰還せよ」
ソルシエールとしても定時で上がれるならそれに越したことは無い。
彼は皆の望み通り作戦終了を宣言し、全機に作戦エリアからの離脱を命じる。
「――待ってくれ! くそッ、レーダーにアンノウン捕捉! 機数2!」
しかしその時、レーダー画面上に新たな機影を確認したヴァイルが叫ぶ。
「ウソでしょ? 今更増援を呼んだの?」
何となく"悪い予感"がしたスレイは肩を竦めつつも対空戦闘の準備に取り掛かるのだった。
「全機、アンノウンの解析が完了した! 速度500……速いぞ!」
所属不明機の解析を行ったソルシエールはまず移動速度を算出する。
各種データから導き出された計算結果は500ノット(=時速925キロ)。
機影が小さいことから飛翔体であると見て間違いない。
「機体照合は!?」
「MFであること以外の詳細は不明! ただしIFF(敵味方識別装置)への応答は無い!」
報告を聞いたセシルは過去に交戦した機種か否かの照合を求めるが、早期警戒管制機E-787の機上レーダーではまだ判別できなかった。
そのため、ソルシエールは現時点で確定している情報――アンノウンが2機のMFで、尚且つIFFに応答しないことを伝える。
「だったら敵機だろ!」
「アンノウンは敵機と判断する! 各機迎撃態勢に移行せよ!」
アヤネルの指摘とほぼ同時にソルシエールは作戦目標を変更。
敵性航空機の迎撃を命じる。
「いや、このまま針路を維持すれば離脱の方が早い! 部下たちだけでも先に撤退させてやってくれ!」
「ブフェーラ1の言う通りだ! 新手は彼女と私で迎え撃って時間を稼ぐ! ついでにデータの一つや二つも取ってきてやる!」
しかし、リリスとセシルはAWACSの方針に異議を唱える。
彼女たちは2機もいれば戦力は十分だと主張し、僚機には撤退を優先させるよう進言する。
「隊長ッ! セシル姉さまッ!」
「……世界最強ゆえの自信か」
ローゼルは不服と不安が入り混じった声を上げているが、一回り年下とはいえ自軍で最も階級が高いセシル上級大佐(=准将相当)の意向にソルシエールは逆らうことができない。
彼は喉から出そうになった"傲慢"という言葉を飲み込み、コンソールパネルの気象レーダー画面で今後の天気予報を確認する。
「分かった! ただし、天候が完全に悪化するまでだ!」
気象レーダー画面にはタイムラプスにより数時間前までの雲の動きを遡ったり、逆にシミュレーションに基づく予測結果を表示する機能がある。
それによると遅くとも10分以内に戦闘エリアを乱層雲が覆い尽くし、ほぼ全域で暴風を伴う激しい降雪になる可能性が高い。
ソルシエールは安全マージンの確保も踏まえた結果、二次作戦には8分というタイムリミットを設定した。
「むしろ相手がそれまで持ち堪えられるか見物だがな……行くぞ、リリス!」
「ああ! 今更ノコノコと出てきたことを後悔させてやろう!」
セシルとリリスの"ゴールデンコンビ"は自らの強さに絶対的な自信を持っていた。
自分たちを同時に相手取って8分も粘れるのは、敵対する可能性が極めて低いスターライガチームのトップエースだけだ――と。
「――全く、実地演習の帰りに実戦とはとんだ災難だな」
雲という名の海を水上オートバイのような飛行支援メカに乗って走る2機のMF――。
そのうち小型機の方を駆る青年は緊急任務の発生をオリエント語で愚痴っていた。
中性的な声をしている彼はやはりオリエント人男性のようだ。
「上層部め、すぐに駆け付けられるのが俺たちだけだからって人使いが荒いぜ」
一般的にオリエント人男性は穏やかな気性で非常に大人しいと云われているが、この男は若干激しそうな気性のように見受けられる。
未知の新型MFを操る彼の愚痴は止まりそうにない。
「(しかも、MFに乗り始めて1年も経ってないヤツのお守りをしながら――だ)」
彼――シン・スクナは元オリエント国防空軍所属のMFドライバーであり、操縦技術・実戦経験共に申し分無いモノを持つ。
問題は彼がお目付け役をしているルーキー同然の僚機の方だ。
「……大丈夫か?」
「あ、ああ……」
ルーキーながら専用機を与えられるほどの有望株とはいえ、彼女は操縦資格を取得できるギリギリの飛行時間と片手で数えられるほどの出撃回数しか持っていない。
シンは気持ちをしっかりと切り替え、未だ実戦特有の緊張感に悩まされている相方のことを気遣う。
「お前の腕前なら何とでもなるはずだ。さすがに人殺しには慣れてきただろ?」
シンがレヴォリューショナミー加入後にルーキーの操縦指南役に任命されたのは、彼女がシミュレーターを使った本格的な訓練カリキュラムに入ってからのことだ。
別の職種からコンバートしてきたという異色の経歴の持ち主ながら、その操縦センスは初めから光るモノがあった。
ただ……命を奪い合う対人戦の経験値だけはシミュレーター訓練では得ることができず、それが更なるステップアップの阻害要因となっていた。
「返事は必要無い。どちらにせよ、返り血を浴びることには慣れてもらわないと困る」
今は実戦慣れしたシンも昔はそうだった。
しかし、だからこそ彼は相方の言い訳や弱音を認めない。
戦場に立っていいのは自らの手を血染めにする覚悟がある者だけだ。
「俺はお前の操縦指南役だ。お前をそれなりに戦えるMFドライバーに育てることが俺の仕事でもある」
「正直に言ってくれるね。まるで"彼女"のようだ」
お前には一人前になってもらわないと俺が困る――。
シンの本音を聞いたルーキードライバーの女は似たようなことを言いそうな知り合いの声を思い出し、自嘲気味に笑う。
その知り合いは自身がMFドライバーになったことを知ったら物凄い剣幕で詰め寄ってくるかもしれない。
「セシル・アリアンロッド――3年前、お前が整備管理した機体で圧倒的な戦果を挙げ続けた世界最強クラスのエースドライバーか」
ルーキードライバーの女はオリエント連邦が生んだ怪物、セシル・アリアンロッドの友人であった。
しかも、3年前のルナサリアン戦争時はセシル機の整備作業を管理する専属チーフエンジニアを務めていたという。
元々オリエント国防空軍に所属していたシンはさすがに組織内部の情報には詳しかった。
「ミキ、お前の本質は技術職だろう? なぜ畑違いのMFドライバーにジョブチェンジすることを決めた?」
レヴォリューショナミーでは主要メンバーは情報秘匿のためコードネームで呼び合うことが定められている。
だが、その規則を知ったうえでシンはあえて相方を本名で呼び、完全に専門外ではないが前職とは別物の分野に足を踏み入れた理由を改めて問う。
「お前がロサノヴァ・コンチェルトになれるとは思えないがな」
技術者とMFドライバーで二足の草鞋を履く先駆者をシンは知っている。
ただし、その人物――現在スターライガチームに所属しているロサノヴァ・コンチェルトは天より二物を与えられた天才だ。
現にロサノヴァ以外で有名な兼業者は見たことも聞いたことも無かった。
「技術者としてロサノヴァ氏は確かに尊敬しているけど、彼女になりたいわけじゃない」
無論、ミキ――ミキ・ライコネンは自身の才能を弁えられる程度には大人であった。
「ただ、セシルと再会した時に私自身の意志を示したいだけよ」
それでも彼女はMF戦の求道者たる旧友と再会するためには、同じ土俵に立って力を示すしかないと考えていた。
「……まあ、この広い世界ではそうそう無いことだと思うけどね」
とはいえ、ルナサリアン戦争を機に人類の活動範囲は38万キロ先の月まで広がっている。
二つの星を行き来することも珍しくなくなった今の世界で、一個人と偶然出くわす可能性は低い―。
不穏な胸騒ぎを抑えるようにミキはらしくない楽観論を述べていたが……。
【ロサノヴァ・コンチェルト】
かつてオリエント国防空軍で活躍し、現在は軍人時代の同僚が率いるスターライガに所属しているサニーズ・コンチェルトの娘。
元々は技術者として大手MFメーカーからスターライガに転職し数々の名機を開発した一方、父親から才能を受け継いだのかMFドライバーとしても開花。
本職のテストドライバー顔負けのフィードバック能力を機体開発に活かすだけでなく、実戦においても父のウィングマン(僚機)を務めつつ少なくない戦果を挙げている。
レヴォリューショナミーが武力行使を続けた場合、必ずロサノヴァと交戦する機会が訪れることだろう。




