【42】フライング・ダッチマンは止まらない
"蒼い悪魔"――ブフェーラ隊の参戦により形成は逆転した。
最新鋭機を駆る彼女たちの連携の前に、型落ち機主体のレヴォリューショナミーMF部隊は苦戦を強いられる。
「ファイア! ファイア!」
ズヴァルツの愛機フェルスタッペンは素晴らしい性能を誇る機体だが、そのレーザーライフルによる精密射撃を以ってしても蒼い可変型MFを捉えることはできない。
「(やはり速い! 攻撃を当てることもままならんか……!)」
少しでも命中率を高めるため、偏差射撃を意識しながら攻撃を繰り返すズヴァルツ。
しかし、夜空を翔け抜ける蒼いMF――オーディールM3はそれさえも見越した回避運動で全弾躱していく。
「ラウ! ここは俺たちで押さえる! お前はその間に戦術換装を!」
このまま膠着状態に陥るかと思われたその時、辛抱強く戦い続けているズヴァルツの部下がフェーズ移行の前倒しを提案する。
「頼めるか?」
「時間稼ぎぐらいはできるさ」
仲間の負担が大きくなる方針転換をズヴァルツは懸念するが、言い出しっぺの部下の返答に不安や恐怖は感じられなかった。
「あまり無理はするなよ……!」
ルナサリアン戦争以前からの付き合いである部下たちの実力を信用し、ズヴァルツは混戦に紛れて一時後退を図る。
「エース機が下がる? いや、逃がさない!」
「悪魔め! 地獄に堕ちやがれ!」
珊瑚色とティールブルーのMFを追い掛けるように前進するリリス。
だが、それを阻むようにレヴォリューショナミーMF部隊も素早く防衛線を展開。
蒼いMFがノーマークにならないように部隊全体で動く。
「くッ……単機での突破は難しいか」
結局、分厚い壁に弾き返される前にリリスは強行突破を断念。
自身の僚機との合流を優先することにした。
「(俺が手際良く動けばあいつらを死なせずに済む。あいつらをレヴォリューショナミーに連れてきた責任がある以上、俺がやるんだ!)」
ズヴァルツ指揮下のMF部隊の大半は、彼が以前所属していた民間軍事会社の生き残りだ。
彼には自分自身の人望に対する責任があった。
戦線後方の敵味方が少ない空域まで後退するズヴァルツのフェルスタッペン。
「プラウス! これより戦術換装を行う! ボンバードユニットの準備を!」
他のレヴォリューショナミー主要メンバーと同じく、ズヴァルツにも専属の副官としてバイオロイドが宛がわれている。
彼自身のコードネーム"ナインチェ(小ウサギ)"に連なる名前を与えられたバイオロイドNo.333"プラウス"は基本的にはMFには搭乗せず、後方から主を支援することが役目だ。
「了解、ボンバードユニット射出」
デン・ハーグ近郊の平原に展開するプラウスはフェルスタッペン用の各種装備を搭載した専用車両を操作し、対地攻撃用バックパック"ボンバードユニット"を荷台のカタパルトから射出させる。
「制御モードをコンバットコンバートに設定!」
新たなバックパックの位置をレーダーで確認したズヴァルツは進路上に機体を移動させ、戦術換装のシークエンスを開始する。
「(シミュレーターと実践演習で繰り返し訓練してきた……いつも通りやればいい)」
"戦闘中の間隙を縫って装備を変えられる"という触れ込みの戦術換装だが、実戦で敢行するのは今回が初めてだ。
あらゆる困難な状況を想定した訓練での成功体験を思い出し、ズヴァルツは心を落ち着かせる。
「距離1000」
「マックスユニット、 パージ!」
プラウスのバイオロイドらしい無機質な話し方で平常心を保ち、冷静に現在装着中のバックパック外装を切り離すズヴァルツ。
「距離500、マックスユニット離脱確認」
戦術換装のシークエンスは大部分を自動化できているが、それでも要所要所ではバイオロイド自身によるチェックが欠かせない。
「戦場のど真ん中で何をするつもりか知らないけど……!」
一方、僚機の力を借りて包囲網を突破していたリリスは珊瑚色とティールブルーのMFに奇妙な行動を許さないよう、早めに攻勢へ打って出る。
「250! ガイドレーザー照射!」
蒼い可変型MFが接近してくる中、ズヴァルツのフェルスタッペンはユニット未装着のバックパックから低出力レーザーを発振する。
自律航行能力を持つ同機の追加ユニットの連結器にはレーザー受信装置が内蔵されており、残り100メートル付近からは不可視のレーザーを捉えて正確な終末誘導を行う。
「コース適正、コンディションオールグリーン」
「ポジションキープ!」
各種パラメーターは全て正常というプラウスからの報告に従い、ズヴァルツは無駄な動きを避けボンバードユニット側から近付いて来るのを待つ。
「ッ! ファイアッ!」
それを視認したリリスのオーディールは有効射程に入るや否やすぐにレーザーライフルを発射。
相手の動きが止まっている隙に一撃必殺を狙う。
「ッ……!」
対するズヴァルツのフェルスタッペンは合体シークエンス中は回避運動を取ることができない。
彼にできるのは両腕から咄嗟にビームシールドを展開することだけだった。
「やったか!? ……ミサイルアラート!?」
自機が放ったレーザーライフルの一撃が命中するところまでは確認できたリリス。
しかしその直後、突然ミサイルアラートが鳴り響いたことで彼女のオーディールは回避運動を余儀無くされる。
周囲の状況から見てマイクロミサイルを発射してきた機体は"奴"以外にあり得ない。
「ドッキングコンプリート……! 悪いがお前と遊んでいる暇は無い!」
斯くして、ズヴァルツのフェルスタッペンによる史上初の戦闘中換装は無事成功した。
先程のミサイル攻撃の正体は同機とドッキングしたボンバードユニットに装備されているマイクロミサイルコンテナから発射された物であった。
その名の通り爆撃を主任務とするボンバードユニットは運動性と引き換えに兵器搭載量を確保しているため、いくら後方発射可能な自衛用マイクロミサイルを装備しているといえど対MF戦には向かない。
任務遂行を優先するズヴァルツはスロットルペダルを踏み込み、鈍重な愛機をできる限り素早く加速させる。
「ブフェーラ各機、敵エースが動くぞ! 押さえろ!」
「ナインチェより各機、当機の針路を確保しろ! これより攻撃位置へ急行する!」
珊瑚色とティールブルーのMFを牽制するべく僚機に指示を飛ばすリリス。
"蒼い悪魔"たちに行く手を阻まれる前に同じく僚機を動かし、攻撃位置へ向かうためのルートを確保させるズヴァルツ。
この二人はどちらも高い指揮能力を持つMFドライバーであり、小隊規模の戦闘で優位に立つことに主眼を移し始めていた。
「鈍重そうな機体ですわね……ある程度接近さえできれば!」
ローゼル含むブフェーラ隊が運用するオーディールは機動力に優れる機体。
それを活かして一気に接近さえできれば、勝負を決められる可能性は高い。
「さーて、悪魔祓いを始めるか!」
だが、優秀な指揮官の下で動くレヴォリューショナミーMF部隊は非常に手強く、分厚いディフェンスラインを展開することで"蒼い悪魔"の接近を許さない。
「くそッ! こちらの動きを的確にマークしてくる!」
ヴァイルは一撃離脱による一点突破を図ろうとしたが、その技量を以ってしても包囲網を抉じ開けることは叶わなかった。
「ダッチマンの皆様は援護して下さいまし!」
「そうしたいのはやまやまだが……下手に加勢すると足を引っ張りそうだ」
ローゼルの支援要請は至極真っ当な要求とはいえ、常に二手三手先を読み合うようなハイレベルな戦いにオランダ空軍の男たちは率直な懸念を述べる。
「(奴の攻撃目標は確かビネンホフ地区だったはずだ。ならば、私がそこに先回りして迎撃の真似事をした方が効率的だな)」
"奴"の進撃を巡る攻防が続く中、ヴァイルは出所不明の裏情報を頼りに勘を働かせて行動を起こす。
「ブフェーラ3、何をしている?」
「敵機の攻撃目標を予想して先回りします。隊長、敵エースの狙いはおそらく……」
指示に無い独断専行をリリスに咎められると、今後のことも考慮しヴァイルは裏情報を上官へリークするのであった。
「(敵部隊の迎撃行動が確かに鈍化している! これならば強行突破できるかもしれん!)」
ズヴァルツが感じていた通り、彼の僚機たちのおかげで敵部隊――ブフェーラ隊及びオランダ空軍は理想的な動きができていなかった。
「行けッ! 俺たちで押さえているうちに――うおッ!?」
レヴォリューショナミーMF部隊は最高とは言い難い機体でよくやっていたが、性能的にはオランダ空軍のスパイラルB型にも後れを取っており損害が増えていく。
「くッ……お前たちの献身、無駄にはしないからな」
民間軍事会社時代からの長い付き合いである戦友たちが撃墜されていく姿からはあえて目を逸らし、乱戦の隙間を最小限の動きで縫うように通過していくズヴァルツ。
彼の人望は世界の名立たるMFドライバーたちが持つとされる"強み"の一種である反面、彼自身を縛る責任感という名の鎖でもあった。
「あの機体、味方を犠牲にしてでも前進するつもりですわ!」
珊瑚色とティールブルーのMFの前進気勢を見抜いたローゼルは自身も乗機オーディールを加速させ、敵部隊を振り切りながら追撃態勢に入る。
後ろから追い付くのは大変だが、機動力に関しては巡航用のファイター形態に変形できるオーディールの方が明らかに優れていた。
「進行方向を塞ぐように展開! 1機だけなら俺たちでも止められるはずだ!」
それに呼応するようにオランダ空軍のMF部隊もフォーメーションを切り替え、サッカーの如きディフェンスラインを構築しようとしたが……。
「Sta niet in de weg!(邪魔をするなッ!)」
母国語で捲くし立てながらズヴァルツはボンバードユニット左上部に装備されている16連装ロケット弾ポッドを斉射。
自機の進行方向に集まろうとしていた複数のスパイラルを蹴散らし、文字通り進路を自力で切り拓いて見せる。
「つ、突っ込んで来るぞ! カミカゼだ!」
「その程度で怯むなッ!」
高火力にモノを言わせながら突撃してくるMFにオランダ空軍のドライバーたちは思わず怯んでしまうが、ズヴァルツ機を後方から追跡していたリリスは並のドライバーには不可能な無茶振りを要求する。
「もう一度言うぞ! 俺の"フェルスタッペン"は止められない!」
結局、速き者の名を冠する珊瑚色とティールブルーのMFを止められる者はいなかった。
ブフェーラ隊ならおそらく止められるが、今回は段取りが甘かったようだ。
「くそッ! ぶつけるつもりで止めろよ……!」
「隊長……私がやってやりますよ。臆病者のダッチマンにはできない戦い方を」
友軍のビビり散らかした戦い方に苛立ちを隠さないリリスに対し、ヴァイルは"自分ならば上官の理想通りの戦いができる"と意気込みを示すのだった。
【Tips】
ズヴァルツ指揮下のレヴォリューショナミーMF部隊が運用するトーチャーは、アメリカ製MFを基にホワイトウォーターUSAが独自開発したとされる機体。
運用開始当時は同クラスのMFと比べても見劣りしない機体だったが、WUSAの壊滅やそれに伴う部品供給の停止により改良はおろか維持管理自体が困難になっているという。
そのため、ズヴァルツ指揮下の部隊ではトーチャーに代わる機体への機種転換が進められている。




