【38】青空に響く鐘の音
ゲイル及びブフェーラ隊が空中で激戦を繰り広げていたのと同じ頃、地上ではイギリス軍の機甲師団が敵防衛拠点を踏み潰しながら快進撃を続けていた。
「進路クリア! 全車、前進開始!」
市街地の死角から攻撃してきたレヴォリューショナミーの戦闘車両を返り討ちにし、イギリス国産戦車"チャレンジャー4"を主力とする地上部隊は移動を再開。
別ルートから進攻中の北欧諸国中心の多国籍軍と合流した後、レイキャヴィーク市内の敵司令部へ一気に攻め込む作戦だ。
「空の敵は昼寝でもしてるのかってぐらい平和だな」
「ああ、そのまま眠っていてもらおう」
戦闘の規模及び頻度はエリアによって異なるが、少なくともここに関しては戦車の搭乗員たちが雑談できる程度には落ち着いていた。
地上部隊にとっては敵航空戦力から狙われていないというのが大きい。
「気を抜くなよ。ここからが正念場だ」
無論、戦場という特殊な環境では何が起こるか分からない。
戦車部隊を率いる隊長車の車長は部下たちに油断しないよう注意を促す。
「ん? 前方に人影――いや、あれは一般市民か!?」
その直後、彼は部隊の進路上に人の群れを確認する。
銃撃されないよう咄嗟に車内へ隠れたが、部隊を止めたのは非武装の一般市民たちであった。
「そこの市民! 今は戦闘中だ! 安全な場所に避難していなさい!」
それにしても少し様子がおかしい。
車長は装備品の拡声器を持ち出して市民たちに退避を求める。
「ここは俺たちの町なんだ! レイキャヴィークをテロリストから取り戻すために我々も戦う!」
彼らに地上部隊を邪魔する意図は無かった。
この男性市民はバールのような物を握り締めており、場合によってはこれで事を構えるつもりらしい。
「検閲を逃れて放送してるラジオで聞いたのよ! 空であの"スターライガ"が戦っているって!」
市民たちが決起するに至った理由は単純明快だ。
中年女性はルナサリアン戦争の英雄集団がいるとされる青い空を指し示す。
「(スターライガ……? あのご婦人が言っているのはおそらく"蒼い悪魔"のことだろう)」
味方の陣容を知っている車長はあえてツッコまなかったが、心の中でこう訂正しておくのだった。
一方その頃、レイキャヴィーク上空での激戦は未だ終わりが見えていなかった。
「アタック!」
「くッ……!」
それでもセシルのオーディールM3の猛攻がナグモのディオスクーロイのMF用実体剣を文字通りへし折るなど、決着の時は着実に近付きつつある。
いくら機体性能で優位と言えど、右腕を失っている後者はパワー勝負では圧倒的不利を被っていた。
「発射!」
「来たか……!」
そこに遅ればせながら双子の姉ツクモのディオスクーロイが駆け付け、V.S.L.C(可変速レーザーキャノン)による牽制射撃でセシルのオーディールを無理矢理引き離す。
2対1の状況に追い込まれたらセシルも慎重にならざるを得ない。
「助かったぜ姉貴!」
明らかにダメージが蓄積しているナグモは撤退を検討しつつも、ここは姉貴の援護に期待し戦場に踏みとどまることにした。
「マズいな、あちらに向かわれたか」
「あんたたちは通さないわよ!」
親友の危機を察したリリスは自ら合流することで数的不利の解消を図るが、単独行動となり調子が戻ったクロエのナイトエンドがそれを阻む。
「"毒"とやらが回らない状況で何ができて?」
先の戦闘でセシルを撃墜寸前まで追い詰めた毒――アンチアビオニクスウイルスは既に対策を打っている。
漆黒の大型可変MFはもはや脅威ではないとローゼルは珍しく不敵な笑みを浮かべる。
「その口の利き方! オリエント人の貴族特有のお嬢様口調、ホントにムカつく!」
ローゼルはオリエント人なので当然ながらオリエント語を話しているが、彼女の話し方は現代では社交界でしか使われないような格式張った話法。
そして、聖ノルキア王国出身のクロエにとってはあまり心地良いものではなかった。
「(全員が全員そういう話し方しているワケじゃないだろ……)」
同僚と同じく貴族階級出身の知り合い――例えばセシルの振る舞いを思い出し、"ローゼルがレアケースなだけでは"と心の中で指摘するヴァイル。
だが、彼女が思わず介入を躊躇うほど2機のMFの罵り合いはヒートアップしていた。
「貴女こそ! 田舎者のノルキア人風情が!」
「言ったわね! この悪役令嬢め!」
連戦でストレスが溜まっているのかもしれないローゼルがかなり差別的な暴言を吐くと、クロエも負けじとノルキア訛りのオリエント語で激しく言い返す。
こんな低レベルな争いを戦闘機動の最中にやっているのだから驚きだ。
「ローゼルッ!」
部下が力を入れ過ぎていると判断したリリスは強い口調で制止を掛けながら一騎討ちに乱入。
ポジショニング中のクロエのナイトエンドの裏を掻き、冷静且つ的確な判断でこれの背後に食らい付く。
「ブフェーラ1、ファイア!」
リリスのオーディールの機体下面に装備されたショットガンの銃口がマズルフラッシュで蒼く光る。
「ぐうッ、被弾した!? スラスター推力低下――これ以上は厳しいわね……」
次の瞬間、背骨が折れるかと思うほどの強い衝撃がクロエの背中を襲う。
コックピットブロックの防弾装備のおかげで大口径弾に貫通されることは免れたが、右脚部スラスターを撃ち抜かれたのは痛い。
「……トドメだ!」
持ち前の機動力を削がれながらもしぶとく耐える漆黒のMFに狙いを定めるヴァイル。
「あんた、また会う時があったら覚えてなさいよ……!」
だが、損傷拡大を覚悟の上でクロエは左操縦桿兼スロットルレバーを前に倒し、出せる限りの推力で離脱を試みる。
「くッ、速い! メインスラスターを損傷した状態であれだけ飛べるとは……!」
ヴァイルが攻撃に少々手間取ったのもあるが、射程外に振り切られるのはあっと言う間だった。
「追撃するぞ! 戦線離脱される前に仕留める!」
黒煙を曳くほどの片肺飛行で戦場に長時間留まるとは考えにくい。
ここで息の根を止めるべくリリスは追撃を命じる。
「了解! ああいう御方には少し痛い目を見てもらう必要がありますわ!」
個人的に気に食わないタイプの相手だからか、ローゼルは明らかに殺る気に満ち溢れていた。
「死に損ないめ……そろそろ死んでもらう!」
セシルのオーディールのレーザーライフルによる精密射撃が白とえんじ色のMF――ナグモのディオスクーロイを掠める。
「英霊たちの所へ逝くにはまだ早いんだよ……発射!」
右腕を失っており格闘戦でハンデを抱えるナグモは間合いを取り、腕部の損傷に関係無く扱えるV.S.L.Cで堅実な抵抗を試みる。
「発射ッ!」
「くそッ……!」
そこにイノセンス能力による以心伝心のコミュニケーションが可能なツクモの援護射撃が加わると、さすがにセシルも攻撃どころではない。
蒼いMFは両腕からビームシールドを展開し防御態勢を取るが、レーザーライフルまではカバーし切れずに流れ弾で破壊されてしまう。
「クロエ!」
「悪いけどあたしはお先に失礼させてもらうわよ。あんたたちに付き合ってたら命がいくつあっても足りないし」
戦闘の最中、同僚の接近を感じ取ったツクモは名前を呼んで加勢を求める。
しかし、彼女の妹と同じくらい乗機の損傷が大きいクロエは支援要請を拒絶。
苦戦気味のヤツヅキ姉妹には構うこと無く戦線から離脱していく。
「くそったれ! オレたちを見捨てるつもりか!?」
「……ナグモ、あの教会の鐘の音が聞こえるかしら?」
薄情な判断だと早とちりして激昂するナグモを窘めるようにあの教会――レイキャヴィークの名所"ハットルグリムス教会"を機体のマニピュレーターで指し示すツクモ。
「ん? ああ、耳障りな音だ。どこのどいつが鳴らしてやがるんだ」
風切り音などで分かりづらいが、低空飛行で教会の近くを通り過ぎると確かに鐘の鳴り響く音が聞こえてくる。
ナグモ個人としてはあまり好きな音ではなかったが……。
「レイキャヴィークの司令部の通信途絶、作戦計画に無い教会の行動――つまりはそういうことなのよね」
戦線離脱中も聞き耳を立てていたのか、まだ通信回線を繋いだままだったクロエはいくつかの情報を基に自分たちレヴォリューショナミーの敗退を示唆する。
司令部の応答は十数分前から返って来なくなり、眼下に広がる市街地では一般市民らしき人の群れがアイスランド国旗を掲げて行進している。
これはレヴォリューショナミーによる統制がもはや機能していないことを意味していた。
「3年前みたいに防衛戦は頑張ったが……ここまでか」
「ええ、私たちにはまだやるべきことが沢山ある。ここは命を捨てる場所ではないわ」
3年前――ルナサリアン戦争の最終決戦でナグモとツクモは本土防衛戦に参加したが、祖国を守り切ることは叶わなかった。
それから3年後、デモンストレーションのために占領した土地とはいえヤツヅキ姉妹は二度も防衛戦の難しさを味わうハメになった。
所々で黒煙が立ち昇るレイキャヴィークの空に静穏が戻る。
「何だ……撤退していく?」
あれほどまでに好戦的だった敵エースたちが急に踵を返し始めたことにセシルは呆気に取られるが、彼女はすぐに状況を理解する。
「セシル姉さま、今ならまだ追い付けますわ! 追撃に向かいましょう!」
「――その必要は無さそうよ。ついさっき地上の友軍から報告があったの」
遅れて合流したローゼルを落ち着かせるように母艦アドミラル・エイトケンのCIC(戦闘指揮所)から指揮を執るカリーヌ少将より通信が入る。
今回、短距離戦術打撃群艦隊は市街地外縁部での作戦支援を中心に動いていたが、その間にも情報収集はしっかりと行っていたらしい。
「……地上部隊は優勢だったんだろう? 敵司令部を制圧できたんだな?」
「ええ……正確には地上部隊が突入した時点で敵は引き払ってたみたいだけど」
姉の話を聞いたセシルは自身が耳にしていた地上の情報を照らし合わせ、当初の作戦目標が達成されたことを確信する。
実際にはカリーヌの言う通りレヴォリューショナミーは敗北を悟り、比較的早い段階でレイキャヴィークの放棄を決定していたようだが……。
「《俺たちは町を……祖国を取り戻した!》」
「《別に何かされたわけじゃないが、これでいちいち検問に止められなくなるから嬉しいぜ》」
「《おそらのへいたいさん、ありがとう!》」
レヴォリューショナミーによる検閲を逃れて放送していたラジオの混線だろうか。
軍用無線にレイキャヴィーク市民たちの喜びの声が混じって聞こえてくる。
「アイスランド語は分からないが……良い歓声だね」
基本的にこの国でしか使われないアイスランド語をリリスは理解できない。
しかし、言葉は分からずとも彼らが祖国解放に舞い上がっていることは十二分に感じ取れた。
「これで一息入れられますね。このタイミングで一旦帰艦し、再出撃の必要性は補給作業中に検討してもいいのではないでしょうか」
「私もそう思う……よし、全機帰艦するぞ!」
敵戦力の大部分は撤退し脅威は全て排除された。
ヴァイルの提案を受け入れたセシルは指揮下の全機に帰艦を命じる。
「こちらCIC、これよりフライトデッキの受け入れ態勢を整えさせる。着艦許可が出るまで艦隊上空で待機せよ」
無論、安全上の理由から各自の判断で勝手に着艦することは認められないため、アドミラル・エイトケンのメルト艦長は手順の遵守を徹底させる。
「……みんな、お疲れ様」
今日はゲイル隊の2機が戦線離脱するなど危うい場面も多かったが、何とか一人の戦死者も出さずに作戦を成功させることができた。
極限の緊張感から解き放たれたメルトは呟くように航空隊の奮戦を労うのであった。
【Tips】
聖ノルキア王国の公用語はオリエント連邦や周辺国と同じくオリエント語であり、オリエント圏出身者同士の意思疎通については何ら問題無い。
ただし、オリエント連邦に一度併合される前の名残として"ノルキア語"という古い民族言語が残っているため、多くのノルキア人は独特の少し訛った話し方をする。




